積水化学工業の男性元社員(45)が自社技術の機密情報を中国企業に漏らしたとして、大阪府警が不正競争防止法違反(営業秘密の領得、開示)容疑で書類送検した。中国企業はSNS(交流サイト)で接触を図り、「社内評価を高めたい」という元社員の功名心につけ込んだとみられる。社員が勤務先から機密情報を持ち出す事例は後を絶たず、企業のリスク管理が改めて問われている。

 

 

元社員の送検容疑は研究職に在籍していた2018年8月~19年1月、スマートフォンの画面に使われる材料「導電性微粒子」の製造工程に関する積水化学の機密情報をメールで送信した疑い。

積水化学によると、導電性微粒子は液晶画面の内部の基板の間に電気を通し、指で画面を操作できるようにする電子材料。同社は世界有数のシェアを持つ。

捜査関係者によると、中国企業は広東省に本社を置く通信機器部品メーカー「潮州三環グループ」。元社員と潮州を結びつけたのはビジネス向けのSNS「リンクトイン」だった。

「あなたが研究している技術について教えてほしい」。18年、元社員のリンクトインにこんなメッセージが寄せられた。元社員は自身の仕事内容を同サイトで公開しており、潮州はこれに着目したとみられる。その後、国際電話やメールなどでやりとりを深め、元社員は潮州の招きに応じて複数回訪中。交通費や滞在費は潮州が費用を負担していた。

「我が社の技術と御社の技術について情報交換をしないか」。訪中時に潮州から持ちかけられた元社員は帰国後、積水化学のサーバーにアクセスして導電性微粒子の情報を自身のUSBメモリーにコピーするなどし、私用パソコンで潮州の社員に2回メールで送信したという。

今後の捜査では、情報を持ち出した詳細な動機の解明がカギになる。府警によると、元社員は情報漏洩は違法と認識していたが、「潮州の技術は積水化学にはなく、自分が情報を得ることができれば社内での評価が高まる」などと任意の事情聴取に説明したという。結果的に元社員は潮州の情報は得られず、一方的に情報を吸い上げられたまま、社内調査で不正が発覚。19年5月に懲戒解雇された。

今回の積水化学の事件では、幅広く普及したSNSにも技術流出のリスクが潜んでいることが浮かび上がった。一般的な情報漏洩事件では接待を繰り返したり、多額の謝礼を支払ったりして協力を求めることが多いが、積水化学の元社員に漏洩の対価としての金銭の授受はなかった。

府警は元社員が任意の事情聴取に応じていることなどを踏まえ、強制捜査を見送った。ただ情報漏洩を促した潮州側には日本の警察の捜査権が及ばず、事件の全容解明のハードルは高い。

大阪府警の捜査幹部は「漏洩を持ちかける側は『教えを請いたい』などと謙虚な姿勢で、情報を持つ側の警戒心を巧妙にほぐし、功名心につけこむ。改めて日本企業は社員らに漏洩への危機意識を浸透させる必要がある」と指摘する。

積水化学は今回の事件について「関係者に迷惑と心配をかけたことについておわび申し上げる。再発防止のため情報管理や従業員教育の強化を継続する」と話している。

企業情報の海外流出、後を絶たず

 日本企業で社員が機密情報を海外に流出させる事件は約10年前から目立ち始め、国は15年に不正競争防止法を改正。海外への流出防止を重視し、個人が機密情報を流した場合、相手が国内企業なら2千万円以下、外国企業なら3千万円以下の罰金を科せるようにした。
 だが機密情報の海外への流出は後を絶たない。京都府警は19年6月に電子部品メーカー「NISSHA」の機密情報を持ち出したとして、元社員の男を逮捕。男は転職先の中国企業に情報を流したとみられる。今年1月に警視庁に逮捕された元ソフトバンク社員の男はロシアの外交官の求めに応じ、社内の機密情報をコピーした媒体を手渡していたとされる。
 三菱UFJリサーチ&コンサルティングの肥塚直人主任研究員によると、米国ではジョブディスクリプション(職務記述書)を通じて、エンジニアが関わる具体的なプロジェクトや業務上接することができる機密情報が個別に決められていることが多い。
 肥塚氏は「こうした仕組みを活用して情報漏洩が起きにくい体制を整え、どの情報が営業秘密に当たるかを従業員に明確に説明すべきだ」と指摘。「エンジニアが気持ちよく働けるような環境づくりや、処遇を改善する努力も欠かせない」としている。