米国の歴史学者ハーディング博士が本紙の「ヒューマンライツ55」に登場(5、6日付)。
米国の公民権運動と学会の民衆運動との共通点を語り、反響を呼んだ
M・L・キングの盟友である博士は、キングの意向をもとにスピーチ「ベトナムを越えて」の草稿を作成した。
ベトナム戦争反対を表明したこのスピーチは、キング暗殺の引き金になったとされる。
それに関わった者として博士は深い自責の念にかられた。
だが、一つのエピソードが博士を救った。
それは運命のあの日。キングは、労働者の地位向上を訴える行進のためメンフィス地に来ていた。
暗殺計画も囁かれ、仲間は皆、行くことに反対した。だがキングは強要でも無理強いでもなく、自ら望んでその地に行ったのだった。
同様に、戦争反対を訴えたことも、キングにとって命をかけても惜しくない理想そのものだったに違いないと博士は思った。
ならば、その理想を自分は受け継いでいこうと(池田SGI会長との対談「希望の教育 平和の行進」から)
後継の人がいる限り、理想の灯消えない
それどころか、その理想や夢とともに、後を継ぐ人の胸の中で、亡くなった人もまた厳然と生き続ける。
生と死は不二であり、生命の対話永遠である
米国の公民権運動と学会の民衆運動との共通点を語り、反響を呼んだ
M・L・キングの盟友である博士は、キングの意向をもとにスピーチ「ベトナムを越えて」の草稿を作成した。
ベトナム戦争反対を表明したこのスピーチは、キング暗殺の引き金になったとされる。
それに関わった者として博士は深い自責の念にかられた。
だが、一つのエピソードが博士を救った。
それは運命のあの日。キングは、労働者の地位向上を訴える行進のためメンフィス地に来ていた。
暗殺計画も囁かれ、仲間は皆、行くことに反対した。だがキングは強要でも無理強いでもなく、自ら望んでその地に行ったのだった。
同様に、戦争反対を訴えたことも、キングにとって命をかけても惜しくない理想そのものだったに違いないと博士は思った。
ならば、その理想を自分は受け継いでいこうと(池田SGI会長との対談「希望の教育 平和の行進」から)
後継の人がいる限り、理想の灯消えない

それどころか、その理想や夢とともに、後を継ぐ人の胸の中で、亡くなった人もまた厳然と生き続ける。
生と死は不二であり、生命の対話永遠である
