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 この季節になるとつい口ずさんでしまう歌がある。
「空を押し上げて 手を伸ばす君 
 五月のこと どうか来てほしい 
 水際まで来てほしい 
 つぼみをあげよう 庭のハナミズキ」

 家の庭にも水仙、木蓮、チューリップ、イベリスそして、ハナミズキが可憐な花を咲かせてくれている。春から新緑にかけてのこの風薫る季節が、一年で一番心地良い。

 今週の初め、元数学教師の妻と標高800メートルにある桜を見にいってきた。そこは、2001年に桜プロジェクトという企画があり桜を植えた場所である。何年も見ないうちに立派に成長していた。すっかり太くなった幹にそっと触れてみた。少し苔の生えたごつごつした木肌からは、柔らかな木の温もりを感じることができた…。思えばこの25年、様々なことがあった。辛く悲しみに暮れたときも、新しい生命の誕生に心躍ったときも、かけがえのない一日一日をコツコツと何とか積み重ねてくることができた…。幸せなことである。妻、子どもたちそして、多くの周囲の人たちのおかげである。そして何より、この環境に生きることができているこの奇跡に感謝なのだと感じる。



 ある日の朝刊の1面に、月を巡ってきた宇宙船オリオンの記事とその一方には、大国が起こした戦争の記事そしてその隣には、我が国の沖縄基地問題と冤罪に関わる再審見直しの記事が載っていた。それぞれの問題に関わる当事者には、同じ今の時間を生きる日常がある。歓喜に震える人たちの一方、もがき苦しむ人たちも大勢いる。地上波のテレビのニュースからは、事件報道や不安や恐怖を煽る内容ばかり流れている。その画面に映った人たちにも今、現在を生きている日常がある。




「ハナミズキ」の歌詞の意味には、平和への願いが込められているような気がする。
 幸せとは、誰もが支えあい助け合いそして、身も心も健康で心穏やかに安心して過ごせることなのではないか。自分が今置かれているこの環境が当たり前なのではく、ほんの偶然に過ぎないのだと謙虚に日々の暮らしを精一杯生きること。そのことと共に、少しでも社会に目を向け、私たちにとって、何が真理で、何が正しく生きていく方向なのかを、直ぐには行動を起こすことが出来なくても模索し続け思考を止めないことが、今を生きる私たちにとって大切なことなのかもしれない。
 
 10年近く一行日記をつけている。そのノートに数年前新たにつけ加えたページがある。「良いことだけを拾う」というページである。一日を振り返り、わが身に起こった良いことだけを探して、一行書き留める。毎日何かしら良いことがあるもので、無かった日は今まで一度もない。それこそ、道端に転がっているどれも同じように見えているけど、みな違う石ころからお好みの一つを拾うようなものである。そのことが何だか、日々の感謝に繋がるような気がするのである。