小寒を迎え、寒さが身体にこたえる。夜トイレに起きるのが辛い季節だ。早朝、廊下のカーテンを開け、そっと庭を覗くと薄っすらと雪が積もっていた。冬枯れで貧相な庭がまるで水墨画のようだと、少し心が落ち着いた。この数日、正月中に録りためたていた番組を観たり、本を読んだりとまったりと過ごしている。新聞の広告に今年は、昭和元年(1926年)から数えて満100年を迎える年と書いてあった。私は昭和、平成、令和と3つの元号を生きてきている。時は、過去から未来へと直線的な感じもするがある一方では、季節が巡るように曲線的な面も持ち合わせている。    

何だか不思議だ。




 最近読んだ本にこんなことが書いてあった。私たちは今、地球号という時速10万キロ(戦闘機の30倍の速さ)という超スピードの惑星に乗って、太陽の周りを公転している。
 太陽と地球は46億年前同じ頃に誕生した。はじめは宇宙にあるガスの集合体だったものが、ある時、宇宙のある場所で太陽が生まれ、次に地球のような星たちが生まれた。つまり、元素の集合体から長い年月をかけて岩の惑星が生まれ、その星に生命が宿り、さらにまた長い年月をかけてその生命体は衰退を繰り返しながら、遠い未来、地球は太陽とともに爆発しいずれふたたび宇宙に還っていくのだと。
 何だかこれもやっぱり不思議な話だ。

 雲ひとつない澄み切った夜空を見上げると、数えきれないほどの星が輝いている。もしこのまま空に向かって100キロ進むことができたら、もうそこは宇宙。バイクで2時間も走ったら着く距離だ。その宇宙に浮かぶ地球号に乗る私たちは、地球から与えられた酸素や炭素、水素、窒素などの材料を集めて生命体をつくり、やがてまた、身体は小さく分解されて地球へ還っていく。「自分」だった微粒子たちは、地球上を別の形であっちこっち行っている。もしかしたら、今の自分の身体の一部は誰かの一部だったのかもしれない。

 時も宇宙も永遠にどこまでも、繋がっている。私たちは、その時と宇宙の壮大なスケールの中にいるほんの僅かな一片のかけらなのかもしれない…。



 冬の長い夜に手作りのキャンドルを灯しながら、掴みどころのない、答えのないことをつらつらと考えてしまった。それでもほんの少しの共感を得たくて、元中学校数学教師の妻に話をしたら、彼女が忙しくしていたこともあってか「だから、何?」と冷たく一蹴されてしまった。それはそうだろうな…(苦笑)
 寒い季節はまだしばらく、続く…。