私が行っていた3ヶ月、向こうにいると何も変わってないように感じていまたけど、やっぱり少しづつ変わっていっていて、
仮設店舗も増えて、まだまだ作っていたり「あそこに出来るらしいよ」っていう話しだったり
仮設住宅も女川の2階3階建て等を省き、最後まで残っていたのは色々な事情を抱えていた方のようです
仮設の寒さ対策の補修工事や、車椅子のスロープの付足し等も早い所ではすっかり終えていました
福島や岩手では割りと早い段階で着手していたのですが、宮城はそういった事が本当に遅く完成は12月中だと発表されていました
とても間に合わないように感じます
早いとか遅いというのははその自治体がどんな所かというので明暗を分けてる気がする、というか分かれ過ぎています
悲しいくらい。
そう思うと一番心配なのは石巻だと感じています
それも中心地ではなく、市町村合併により吸収された地区
元々都会で範囲も広すぎて“対応仕切れない”という感じで、市も見て見ぬふり感が拭い切れません
暖房に関してもどうするつもりかと思っていましたが、国の方針で仮説全戸配布が決定し、岩手では仮設に向け既に配布も始まっていました
みなし仮設についても12月を目標に配布が決定したそうです
宮城については分かりません。
いつかは配布するのかもしれないのですが、仮設の補修工事しかりきっと後手後手で冬真っ盛りな頃に配布になるのではと思っています
夏場は「扇風機」と値段的に手が出し易かったせいか、多くの方々が扇風機支援に奔走されていました
そのせいか同じ所にいくつも届く事もあり、一家族で5台集まったという話しも聞いています
暖房器具には電気ストーブ・こたつ・ホットカーペット・電気毛布と様々なので、同じ物が幾つもということにはならないかもしれません
それに暖房器具というのはそれなりに値が張る物も多いので、扇風機のように数を集める事は大変に難しい事だと思います
現在でもいくつかの団体・個人が仮設等に向けて配布を行っていると聞きます
向こうにいるとなんとなくそう言うのを感じる事ができましたが、もうインターネットでしか分かりません
国経由で配布される暖房器具、最終的には国に返すそうです
仮設に備え付けられているエアコンやガスコンロ、実はこれらは退去時6点セットの様に持って出る事は出来ません
お金の出所が違うと言う事でしょうか、これと同じ扱いという事だそうです
え?って笑ってしまうような話しですが事実です
配布の際に「返却下さい」という手紙が入っているそうです
今回建つ仮設の予定総数は約52,000戸
余剰分もあるので入居されない所もあるのでしょうが、調べた中にはそのように発表されていました
全ての方が退去されたとして、それに等しく出る返して下さい的な物
最終的には災害時の為の備蓄品かそれとも民間に売却なのでしょうか
52,000のエアコン52,000のガスコンロ・暖房器具、管理出来るのでしょうか
公的に暖房器具の配布が決定したといっても、最終的には民間から贈られた物の方が助かるのが現実です
それに加え仮設に釘を打ってはいけないという事
人が2年住めばそれなりに傷みも出ます
リースにせよなににせよ、無傷のまま返せというのは余りにも無情な気がします
仮設は約2人に四畳半1部屋の割合で割り当てられていて、本当に狭いです
多くの場合が2人~4人で2DK1棟、5人~は2DKが2棟という計算です
部屋の中にテレビとテーブルがあるだけでも、かなりの圧迫感を感じます
家族の少ない世帯はまだいいでしょうが、4人にもなると物を収納する事すら困難を極めます
仮設は仮設であって住みやすさは念頭に入っていません
押し入れの2段目は無駄に天井が高く、物を積み上げる事しかできない状態です
各世帯、創意工夫されている所もありますし、なすがままの所もあります
きちんとそのお達しを守っている所は、元あった釘を少し出してそこに物引っ掛けるなどしています
本当にそこまでしなきゃいけないのでしょうか?
押し入れはなんとか釘を使わずに3段目を作る事もできます
しかし更に有効的に空きスペースを活用するには、釘は打たざる追えません
仮に釘を打たずに収納場所を確保する方法があるとしても、それは普通の人にはなかなか思いつくことは出来ないですし、技術もありません
また市販の収納用品を買えば対処出来ることかもしれませんが、更にお金が掛かるばかりです
大工さんやそういった知識や技術を持った方、是非ボランティアで棚等を作って欲しいですし、コンテナの物置を団地内に設置して欲しいと思います。
それならいつか引っ越しても利用出来るし喜ばれるのではないかと思います。
例えば阪神の時、仮設解体後実際どうだったのかリース会社はどう再利用するつもりなのか、本当に釘は打っていけないのか、より快適な暮らしを送る為にも柔軟な対応を望みます
仮設にも格差があって、メジャー級の仮説(主に立地)には物がまわってくるのですが、被害を受けていない隣の市や山奥にある所や戸数の少ない所には"支援団体"はあまり行きません
そしてこれはもうずっと言われている事ですが、真っ先に自立した人達。
それはお金があるからとかそういった問題でなく、例えば障害があったりとか、介護が必要だったりとか、小さい子供がいていずらかったりだとか、あといい意味での意地だったり。
また、みなし仮設(借り上げ住宅)というのがあって、プレハブの仮設ではないけれどお上が家賃を払ってくれるという制度です
そこへも一応6点セットは配られたのですが、そういった人達はどこにいるか見えにくく仮設のように何だかんだと物資がまわってくることはあまりというか、ほとんどというか、全くありません。
それにそういった方々は避難所にいる期間が短い、もしくはほとんどいなかったんだと思います
だから避難所時代に先を考えて物資をためておく事も出来ませんでした。
最初の頃に物等をもらいに行ってももらえなかったり、嫌な事を言われたりして…
物資に関してだけでなく、嫌な思いをした人は本当に多いです。
いざアパートに住んでみたはいいけど、古いアパートしか残っていなかったり、地震で壊れていても実費で直さなければいけなかったり、宮城は払ってくれるはずの家賃すら払われていなかったりと、さんざんな目にあっている人もいます。
6点セット、これは本当は大規模半壊のお宅にも届けるべきだったんだと思います
全壊でなくても仮設に入れることはできて、その間に家の修理をしている方もいます
そして家に戻る事ができるようになった時、6点持って出る事ができます
仮設が出来始めた頃、入居後すぐに6点持って出て行く人がいる。という話はよく聞きました
道徳的にどうなのか、というだけでいけないことではありません
詳細はあまり知らないのですが応急修理制度というものがあって、52万円の支給を受けるかわりに仮設に入る事は出来なくなります
でもそれと家電をもらえないのとは別問題で、家を放棄しなければ6点もらえないのでしょうか?
本当は支援団体もそういった所にこそ届けたいと思ってはいます
でも在宅避難者の人達はどこにいるのか見えにくく、人は住んでいないのかと思ったら夜にポツンと明かりが灯っていて驚いた事もありました
役所も把握しきれていない事を、2泊3日でやって来る人達が分かるわけないんです
だから私は、「仮設には物が行くけどここには何も来ない」なんてつぶやくんじゃなく、きちんと組織を作らないとだめだと思うんです
物が欲しいと勘違いされるのが嫌なのかもしれません
でも、よりよい生活環境を作る為にも誰が動かなければいけないと思います
実際支援団体は、仮設でも自治会があったり区長さんがいる所は行きやすいから行くんです
ある人が1階部分が被害にあったお家を「1階がスケルトンになった」という表現をしていました
表現方法としてはいささかどうかとも思いますが、そう言う事なんですよね
窓も玄関も壊れ、家の中がぐちゃぐちゃになったものをきれいにしたら、向こう側がすっかり見渡せるようになってしまった
生活の基盤はだいたいが1階にあり、台所もお風呂もトイレも全て直さなければならない
保険金や義援金といった物ももらえるかもしれません
被害の程度によっても違うでしょうが、失った物に比べれば到底それだけで補える額ではないのです
仮設1棟に掛かる500万円の事を考えたら、2階に住んでくれた方が本当は助かるはずで、その代償が52万円というのもどうかと思います
2階に住めるんだったら大した事ないわけでなく、未だに窓の無い家も、床板の無い家も沢山あります
業者が来てくれるのを待っている状態のお宅もありますし、金銭的な事情で修理できないお宅もあります
だったら仮設に入ればいいのにって思われるかもしれませんが、誰だって、自分の家に住みたいんです
ボランティア。
最初の頃は何でもいいから、とにかく見るだけでもいいから!と思っていましたが、今は少し違います
まだ全てが撤去されたわけではないですが、今でも建物や船や車もそのままの形で置き去りになっている所もありますが、今の様に仮置き場に山積みになった姿をみて
「8ヶ月経ってもこれだけしか進んでいないのか!大変だ!」って安易に思って欲しくないと感じてしまいます
それでもあれだけの物がここまでになったのです
確かに復旧段階以降は遅いんです
住民の皆様にしてみれば、これからこの街がどうなるのか、高台なのかかさ上げなのか
新たな市街地はどこになるのか、道路
はどうなるのか、駅は港は直せるのか、
復興計画が進まず不安と苛立ちの日々だと思います
でも私はまさかあそこまで早く進むとは思ってもみませんでした
それにブルーシートの窓が本物の窓に変わったりなど、修復されているお家も増えました
解体もされていってます
私は一番最初を見ていませんが、写真や映像を見た限りではあれだけのものがよくぞここまで、と夏頃までは本気で思いました
もちろん片付いてきたというだけで、これからどうするかの話し合いも始まったところですし、やっと始まった。というのが現状です
ボラセンに行っていなかったので正確な事は言えませんが、あの頃の主体は草刈でした
今でも撤去や泥だしをやっている所もあります
床下の泥を出しただけで、床の張られていないお宅も多いです
季節に準じて日に日に変わっていきます
作業は団体が優先的に割り当てられるますし、もしかしたら何時間も何万円もかけて来るには値しないと思う作業もあるかも知れません
もし自分が「こんな事するくらいなら」って思ってしまう様なら、それを受け入れるだけの覚悟がないのなら無理していかなくてもいいと思います、特に初めていくような人は。
実際、「ボランティア不足しています!是非お願いします!」と叫んでる所に行っても何百人って来てたり、
今まで個人を大切にしてこなかったくせに、ボランティアの減少に伴い団体が減り始め、急に個人を集めだしたりとか、
行っても作業ないとか
でも不足しています!ってネットでは叫んでいたりします
たまにすごいことしてるなー、参加したかったなーと思う時もありますし、正直行かなきゃわかりません
合う合わないもあります
ただ拠点の提供がなくなりつつある今、個人であるのなら当初あったような自己完結出来る人が再び求められているんじゃないかと思います
自炊風呂無し車中泊が出来れば問題無いレベルですが
もしくはそれなりの能力者。
落ちつきを取り戻した今だからこそ、ボランティアなのか観光なのか区別がつかない方は論外だと思います
私のごくごく個人的な考えとしては、今無理して時間やお金を使うよりも1年後2年後もう少し落ちついた頃に、
あの場所がこんな風になったんだ。と感じて欲しいな。とも思います
それまで思いを向けて欲しいです
当事者でもない私がこんな勝手な事を言える権利はないのですが、素直にそう感じるから。
今やっとようやく落ちついて、「あーこれ頼みたいなぁ」と思う事があるのも本当だと思うし、未来へ向けての新たな取り組みもあるので"もういらない"といは思っていません
でも特に一般ボランティアって今でもそんなに必要ですか?
「ボランティア全然足りません!」と叫ぶ前に、仮設の方々の中でする事がない…と閉じこもっている人もボランティアとして参加したらどうだろうと思います
冷たい意味ではなく、なんというのか、
ただ作業しに行く一方的な奉仕ではなく、地元の人達と交流ができるボランティアの形がいいなって思うので
半年以上経った今なら可能だと思います
実際、土地の方と一緒にした作業は今でも心に残っています
おばちゃん元気かな。
いかだのみんなは元気かな。
関わったボランティアの人達。
今でも毎週通っている人や、最終的には住み着いている人
長い間掛けて築いたボランティア同士の絆
社会福祉協議会なんかより、ずっと現地の事見てたし考えてる人達もいた
やってる事もさまざまで、
物を配る人
仮設に自治会を作ってる子
泥出し炊出し解体何でも来いな団体
都会で色々考えている人
地元の人に還元しつつお土産作ってる子
仮設でわずかながらでも雇用を生み出そうとしている人達は意外と多いです
海で使う用の重りを入れる袋や、刺しゅうでコースターを作っていたりします
大槌のコースターは飛騨の刺し子の方がお手伝いしている様です
ブログを通じて知り合った方が、悩みながらも活動を続けていて「今度卒園式のお手伝いをする事になったんです!」って電話がきた時は凄く嬉しかったです
また直接面識はありませんが、私がお世話になった地区の方々に養殖に使う"浮玉"を届けている人もいました
その方のブログに知った顔や名前が出て来て嬉しく思う反面、何も出来ていない自分に悲しくなったりもしました
他にも小さな事から大きな事まで沢山
写真。
ごめんなさい悪意があるわけでも上から目線なわけでもないのですが、帰ればいいのに。って思う事も正直ありました
交通量も多い中、突然車を止めて写真を撮ってる姿を何度も目にしたし、
大型バスとかも集積場のところに入りこみ、わらわらと降りてきて写真を撮っていて、入り口の警備の人も迷惑そうでした
どうせブログやツイッターなんかに「被災地まだまだです!!」とかって載せるのかな…って冷めた目で見ていた
まだまだか…。
あれだけの事があったのに、そんなに簡単に復興なんてしないよ…だからみんな困ってるのに…って。
ただ写真とるなって思ってるわけではないけど、作業そっちのけで撮ってる人もいたりとか勝手にカメラ向けてくる人もいたりして
今の様子からは想像できないかもしれないけど、今あなたが立っているその場所で沢山の人が亡くなったということ、あなたがカメラを向けているその車で誰かが亡くなっていたかもしれないっていうことだけはせめて考えてみて欲しいと思う
どっかの都会の写真家が感傷的に撮った写真集を見る度に何か違和感があった
そこを知る人が、その前もその時もそれからもこれからも、1年5年10年と変わっていく姿を撮ってくれたら、それを見たいな
そして瓦礫処理問題
地元の新聞に載っていた、放射能に汚染されたゴミを持ちこむな!って
京都だけの話かと思っていたら、日本全国で思っているなんて
この事、ほんとうに辛い
感情論ではなく現実的に、高濃度で汚染された物は原発周辺で処置するしかないと思う
でも、東北=放射能だから駄目だ!って言う前に、せめて測定して現実的に処理方法を考えるまではして欲しいと思います
何もしない内からどうしてそんなことを言えてしまうのだろう
福島第一を中心としたら石巻は茨城の水戸、陸前高田は千葉や新潟、宮古に至っては佐渡島や長野ほど離れているというのに
例えば東京や新潟で解体した物だったら受け入れるのだろうか?
被災地だからだめ。そう言っているようにしか聞こえない。
これは感情論?
なんなんだろう、この途方もない虚しさは
もちろん言いたい気持ちも分かる
特に京都は世界的な観光地で敏感にならざるおえないのかもしれません
別に悪い事ではないと思います
だけど、特に理由がない限り京都には行きたくないし行かないと思う
申し訳ないけど、京都の人って聞いたら反応してしまうと思う
そんなこと言っていたら日本中どこにも行けなくなってしまうんだけど、今は感情的にはそう思ってしまう
最終的には燃やしたのだし京都としては何も悪くはないんだけど、これはいわゆる瓦礫処理問題とはまた違うから
自分でも馬鹿みたいだと思うし、なんと子供みたいな..って思われるかもしれないけどそう思ってしまう
内容は違えどこれも風評被害の一つなんだろうね
今まさに西の人が抱いている感情となんら変わらない事
みんな自分の所は大丈夫なんて思っているだろうけど、世界からみたら日本全部汚染されてるって思われてる
それに対して風評被害だって言えるのかな
もしボランティアとか行ってなくて向こうの事知らなかったら、私もみんなのように思ってしまうのかな
そんな自分になるくらいだったら、私はボランティア、行って良かったと思う
これは東北だけの問題じゃない
原発事故さえなければ受け入れてくれたのでしょ
だったら、処理する事が出来なくなったのは、今まで原発について無関心だった全国民の責任
核爆弾を落とされた国が、核の恐ろしさを一番知っているはずの国が、
欲に負けて嘘だと気づいていても面倒な事から目を背け続けて、そうして今があるんでしょ
ここは大丈夫だなんて言って未だに作ってるんだよね
東電や福島だけに押しつける問題ではないはず
その為に税金が上がっても仕方がない、福島が戻るまでの費用は永遠に払い続けるべきだと思う
放射能は目に見えない、でも実際に自分達のお金が徴収されたら本気で原発無くす気になるんじゃないかな
ずっと思い続けてきた
自分達さえよければいいのかって
反核を訴える人、デモする人、とても素晴らしいと思う
でもお願いだから中部の人間だったらせめて、もんじゅや浜岡が廃炉になるまで続けて下さい
そして六ヶ所六ヶ所言わず、その近くで今正に建設されている(中断中)大間を建設中止にして下さい
脱原発を表明するのが目標ではなく、ネットで原発の恐ろしさをつぶやくのが行動ではなく、原発を無くすのが目標にして欲しい
表現が難しいから伝わるかは分からないけどさ
今の様子はどうしても一時的なブームの様に思えてしまう
もちろんそうでない人がいるのも分分かっているけど、ファッションでしかない人がいるのも事実でしょ
デモ以外であなたは何をした?
その知識でがれきを処理する方法を考えて、お願いだから
みんな一言で「瓦礫」って簡単に言ってしまうけど
それは元々街だったり家だったりしたものであって
必死で稼いだお金で建てた家を
代々受け継いできた家を
生まれ育った家を
泣く泣く取り壊したもので
すごく沢山の人の思いでの品だから。
そんな事を、少し思ってみて欲しいです