どーこだw うまーくさがしてねw
今日は、ドレミの日
1024年のこの日、
イタリアの僧侶ギドー・ダレッツオが
ドレミの音階を定めた。
この日に開かれる「洗礼者ヨハネの祭」の日の為に、
ギドーが合唱隊に「聖ヨハネ賛歌」を指導し、
その曲の各小節の最初の音がドレミの音階が
できる元になった。
ドレミの発明の発端?
グレゴリオ聖歌ってなに?
グレゴリオ聖歌は、9~10世紀に
ヨーロッパのキリスト教会で歌われていた聖歌を集め、
編纂したものです。
ローマ教皇グレゴリウス1世が編纂したと
伝えられてきましたが、
現代ではその説は否定されています。
記録によると、4世紀ごろの初期キリスト教でも
礼拝などで聖歌が歌われていたようですが、
記譜という形で音楽の姿が伝わっているのは
「グレゴリオ聖歌」が最古です。
グレゴリオ聖歌の最大の特徴は、
その全てが「無伴奏・単旋律」であることです。
楽譜も現代の五線譜の前身である「ネウマ譜」という
四線譜によって表記されますが、
これは「音の高さの表記」に特化してるため、
五線譜のように音の長さは表記されません。
また、グレゴリオ聖歌の歌詞が現代では死語となっている
ラテン語で書かれていることも大きな特徴です。
後述しますが、歌詞がラテン語であったことが
「ドレミ」の誕生に大きな影響を与えています。
ドレミの由来はこの曲!ヨハネ賛歌
「ドレミ」=階名の元となった曲は、
グレゴリオ聖歌の中の「ヨハネ賛歌」だと言われています。
ラテン語による6節の原文と日本語訳をご紹介します。
Ut queant laxis
resonare fibris,
Mira gestorum
famuli tuorum,
Solve polluti
labii reatum,
Sancte Ioannes.
≪汝のしもべが、弦をかきなでて、
汝の妙なるわざをたたえ得るように、
このけがれある唇の罪をのぞかせたまえ、
聖ヨハネよ。≫
詩を書いたのはある修道士で、
急に声が枯れてしまった修道士が
「声がまた出るように」という祈りを込めて
書かれたと言われています。
そこには次のような宗教上のエピソードが隠されています。
洗礼者ヨハネの父ザカリアのもとに
天使ガブリエルが現れ、
ヨハネの誕生と生涯を予言しました。
しかしザカリアはその予言信じなかったため、
罰としてヨハネが誕生するまで声を
出せなくされてしまった。というもので、
これにちなんだ祈りの歌なのです。
「ドレミファソラシド」の由来となったこの曲は、
各節の1音目
「Ut-Re-Mi-Fa-Sol-La(ウト・レ・ミ・ファ・ソ・ラ)」が
音名の「ドレミファソラ」と対応しています。
「シ」に関しては音も歌詞も対応していませんが、
後世に「シ」に相当する音階音として
「Sancte Ioannes」の頭文字「Si」を追加し、
発音しやすさのために「Ut」が「Do」に変更されて、
7音の音階と階名「ドレミファソラシ」が完成した
と言われています。
また、英語版の「ドレミの歌」では「
シ」を「ティ」と発音していますが、
これは単純に言語による誤差といえます。
イタリア語読みでは「スィ」に近い発音をしますが、
日本語では「シ」と発音するのと同じ感覚です。
ドレミを発案した偉い人「グイード・ダレッツォ」
実は前述の「ヨハネ賛歌」は、
ある音楽教師が教会の新人聖歌隊の
音楽教育のために作ったという説があります。
グレゴリオ聖歌の編纂より前の時代、
全ての聖歌や賛美歌は口伝で伝えられてきました。
つまり”耳コピ”です。
日本でも多くの伝統芸能がそうでした。
そのため書かれた音符に触れることは無く、
音の名前すら必要なかったのですが、
聖歌隊の中には曲を覚えるのが苦手な
歌手も相当数いたことから、
教師の記憶力も含めて、
正確な伝承が極めて難しかったことが
うかがい知れます。
グレゴリオ聖歌の編纂が行われたころには
前述の四線譜「ネウマ譜」が用いられましたが、
その中心がネウマ譜の発祥とされる
東ローマ帝国だったこと、
さらに地域ごとに記譜法が少しずつ
異なっていたこともあり、
西ヨーロッパの教会などの実践の現場では
まだ口伝による伝承がメインだったようです。
また、当時の教会には楽器が置かれていないことが多く、
それも聖歌の正確な伝承をより困難にした要因で
あると考えられます。
現在でも、当時のスタイルを継承している
「正教会」系のチャペルには、オルガンなどの
楽器は置かれていません。
イタリアの音楽教師ダレッツォは、
「このような状況から脱するには読譜を
含めた音楽の基礎教育が必要不可欠である」
と考えました。
そこで考案したのが、
「音階の構成音に名前を付ける」ということ。
「ヨハネ賛歌」の各節のはじめの言葉に注目し、
音階の構成音を順番に対応させることで、
「Ut Re Mi Fa Sol La」と名づけました。
曲を思い出せば階名と音程を正しく思い出せる、
という仕組みです。
この音楽教育法は「ソルミゼーション」と呼ばれ、
現代の音楽大学などで行われている音楽
の基礎教育「ソルフェージュ」へとつながっていく非常に
先進的な発明でした。
ダレッツォは階名の他にも、
「ハンドサイン」と呼ばれる「音程と
指導者の手の動きを紐づけする」という方法など、
画期的な基礎教育法を考案しました。
これらをまとめた音楽教育法の本は
多くの写本が作られるなど、
高い評価を受けたようです。
先進的すぎるゆえに地方の修道士たちからの
反対もあったようですが、
その優れたメソッドは音楽教師の間でたちまち評判となり、
後に時のローマ教皇ヨハネス19世の御前で
実践してみせるまでになりました。
時代が下るにつれてUtをDoに変えたりSiを追加したり、
さらには音階そのものも姿をかえながらも、
音名は約1000年に渡り使われ続けています。
前述のハンドサインも、
形を変えて合唱王国ハンガリーで受け継がれています。
ドレミは1000年前の大発明だった!
私たちが何気なく使っている「ドレミファソラシ」には、
1000年以上の長い歴史と、
さらに長い時間の音楽教師たちの試行錯誤が
詰まっているんです。
ダレッツォが「ドレミ」を発明していなかったら、
バッハもモーツァルトも、ロックやポピュラー音楽も、
もちろん「ドレミの歌」だって生まれていませんでした。
グレゴリオ聖歌を集めた音源もたくさんあります。
ダレッツォの発明によって、
私たちは1000年前の音楽を今も聴くことが出来るのです。
ダレッツォたちの苦労に感謝をしつつ、
この機会にグレゴリオ聖歌を聴かれてみてはいかがでしょうか。
きゃはw分かったような分からない様なでしゅw
兎に角、1000年前の偉人の努力で、
今の音楽が出来てる処は、しゅごいでしゅねw
偉人に感謝しながら音楽を楽しみましゅw


