生き方の練習が旅の中にあった。生存への行進`90それから~

 のどかな漁村風景のなかを歩いてゆくと、国道から左へ入る道があり原発ゲートの前へ続いていました。           

 

地元の脱原発グループの方々といっしょに反対の意思表示をします。

この日の泊原発は1号機2号機ともに動いていないせいか私たちが近づいてもゲートは開けたままで作業車が出入りしています。

思い思いにそれぞれが意思表示をしました。出発準備しながら地元な方々とはなしていると

「夜、原発側の海を漁船で走っていると、ドラム缶から灰のようなものを海に捨てているのを何人もの漁師が目撃しています。

こっそりカメラを積んで出るとやらない。証拠が掴めなくてくやしいです。たぶん施設内の低レベルの作業着などを勝手に燃やして灰を捨ててるらしい。原発はできてしまえば何をしてるかわからない。立ててはいけないものなんです」。

「このことを歩く先で話してください」。

準備ができてさあ!出発だ~かっこ良く立ち去ろうとした時。

リヤカーがパンクした。

なんともカッコ悪いパンク修理になりました。

こんどこそ地元の方々に挨拶して出発。

私たちはこれから一歩一歩この原発から離れたしまい明日にはちがう街を歩いています。

この土地で生活いているこの人たちは今日の明日も毎日この原発とともに生きてゆく。

私はゲートを離れる時うっかり「おじゃましました~」。と言ってしまった。

じゃまなのは原発のほうなのに。