ねこずき70928のブログ

ねこずき70928のブログ

日々の生活や思った事など

Amebaでブログを始めよう!

defytime cream 3月に発売するから4月限定発売になったり、紆余曲折を経てやっと発売されるそうです。値段は194400円もするけれど、これでしわが外科手術をしなくてもキレイになるのなら、安い・・・・のかな~と思います。


買う人は多分、女優さんとか、セレブと呼ばれる方達なのかしらなんて思っています。


約20万円は高いけど、全く手が届かないと言う金額でもないし、エステや美容外科へ行く余裕がある方達なら問題ない・・・・金額だろうな~と思います。




大川ミサオさんが117歳で亡くなって、誕生日を迎えたばかりなのに、と少しぼーっとしてしまいました。 大還暦までいけるんじゃないかな~なんて誕生日の記事を読んで思っていたので、大川さんの訃報は残念です。


大川さんの次に最高年齢の女性は東京都に住む115歳の女性で家族の希望で名前や住所など未公表なわけですが、115歳と言う事は子供ももう80代から90代なわけですから、マスコミやメディアに騒がれたくないだろうな~と思います。


私の住む県の最高年齢の方も家族の意向で個人が特定されないように配慮されていて、世話をしている家族も高齢者なわけですから、ムリないよな、と思います。


私の祖父は90過ぎてから癒着した胃の手術をしたのですが、カルテを見せてもらったら超高齢と書かれてあって、90過ぎたら、超高齢なんだな~と実感しました。


胃の癒着の原因は30年以上前に行った胃の手術のためで、その当時のカルテなんて多分ないし、家族も昔の事で詳しくは覚えていなくて、あたふたしてしまってました。


病院側も超高齢患者の開腹手術なんてしたくなかったようですが、まさか病院から放り出すわけにもいかず、渋々手術してくれました(同意書や訴えませんと言う誓約書を沢山書きましたが)。


祖父も生きていたら98歳なんだな~と思います。


大川さんは100歳過ぎても17年間生きてこられてお疲れ様だったと思います。そして家族の方も本当にお疲れ様だった、と思います。



魔法で女の子が変身してアイドルになったり、大人の女性として社会の中で活躍したり、そういうアニメを観ていましたが、大人になって、魔法と同じイメージが強いのが私にとっては美容整形です。


ある女性小説家がTクリニックの院長先生のお蔭で魔法のように若返る、キレイになる本(2006年11月出版)を読みましたが、これは現代の魔法だな~と思いました。


女性小説家が週刊Bで連載されていたエッセイを楽しく読んで、書籍も購入したのですが、同じ作家の原田氏との対談の写真を見て、今さらながら思うのですが、整形なんて必要なかった、食生活に気を付けて、太らないようにして、スキンケアも丁寧にしておくだけで十分だったんじゃないか、と思います。







金住さんは現在70代で、女性弁護士さんとして働いていて、女性問題についても大変造詣の深い方だと思います。


女性問題、子供の問題、貧困問題と根がそれぞれつながっていて読んでいてまるで絵本を読んでいるように分かりやすい、大変分かりやすいです。


子供の頃に絵本を読んでその内容と自分が一体となる感覚と言うものがあったのですが、久しぶりに金住さんの著書から、そういう一体感、納得感と言うものを感じる事が出来た事は私にとっては大変久しぶりな事でした。


心筋梗塞で60歳で亡くなった母親の事や、継父が日常的に母親に暴力を振るっていた事、継子である典子さんにはさすがに継父が暴力を振るう事はなかったようですが、暴言や意地悪はしょっちゅう継父から受けていたようです。


典子さんが今現在、女性弁護士として実績を積み、女性としても人間としても豊かな生を(母親とは違い)生きる事ができた事は、典子さん自身の努力とか、そういうのも、もちろんあるわけですが、偶然が重なって、と言う部分もあり、暴力を振るわれる側、原爆で殺された人達や被爆した人達の側の都合や努力を無視して、暴力は振るわれるし、原爆は落とされる。暴力を振るう側、原爆を落とす側の都合で死ぬ側、生きる側と強制的に区切られるように、典子さんも、継父が典子さんが弁護士になって自分の仕事の手伝いをして欲しくて、継父の強力な後押しにより典子さんの中央大学法学部への進学へとつながるわけです。


典子さん自身、自分の進路については漠然としていて、こうだと断言すべきイメージは持っていなかった事や母親が女の子だから短大でいいじゃない、4年生大学なんて入ったら生意気になると言いだし、典子さんが今現在弁護士として働くと言う事が出来なかった可能性、と言うものはいくつかあったわけです。


大学進学後もいろいろと苦労があり、1年休学して夜間に転部したり、弁護士になるまでに7年以上家族に会わなかったり学生結婚したりと、典子さんの人生の軌跡と言うものは、途中からは自主的なものに変わるわけですが、そこまで行き着く事が出来た少数の女性のひとりだと思っていいと思います。

施設にいる祖母(96歳)に明治スポーツミルク(常温保存)を持っていきました。飲んでくれるでしょうか?。施設の食事が足りないようです。職員さんに量を増やしてもらうよう頼むからと言ったら、みんなより自分のだけ量が多いのは恥ずかしいから止めてと言われてしまいました。女心と言うやつでしょうか?。とりあえず、飴とかクッキーとかチョコとかモナカとかマシュマロとか、日持ちするお菓子を置いています。


私の祖父母は夫婦仲があまり良くなくて90過ぎてからは別居状態だったわけですが、祖父母を見ていると、今現在夫婦仲がイマイチな人は、別居した方がいいんじゃないの?、と思います。90過ぎると抑えが効かなくなって些細な夫婦喧嘩が傷害事件へと簡単につながる、そういう印象を受けます。


金住典子(ふみこ)著 鬼に勝つ と言う本の中でまなざしについて書かれてあるのですが、典子さんは広島の原爆で父親と弟を失い、終戦後しばらくは亡父の実家で母親とお世話になっていたそうですが、あの時、叔父や従兄弟たちから厄介者と言うような冷たいまなざしの中にいたら今の私はいなかったのではないか、と言う話に大変感動してしまいました。


金住さんはまなざしの暴力と言っていましたが、高齢者や小さい子供を厄介者扱い、邪魔者扱いするまなざし、と言うものは確かにあると思います。広島の被爆者たちに向けられた世間の目と言うものについても、原爆乙女の方達の手記にも書かれてあって、金住さんの著書を読んで、まなざしについて、自分なりにいろいろ考えたり反省する部分は大変多いです。


祖母の認知症がかなり進んだ時期、父(息子)の祖母(母親)へのまなざしは決して暖かいものではなく、冬、祖母の住む家が大変寒いと言う事もあり施設に一時的ですが入れる事が出来た事は祖母にとっても父にとってもありがたい事だったと思います。


子供に対しても優しい暖かいまなざしを向けれる母親と言うものは大変少ないのではないか、と金住さんは著書の中で危惧しているわけですが、それじゃあどうすればいいの?、と言う典子(ふみこ)さんなりの見解が大変素晴らしく、もし興味がある方は図書館などで典子(ふみこ)さんの著書を借りて読んで欲しい、と思います。



今日は2月8日、日曜日で、雪が降ってから1週間はたっているのですが、建物の陰の方にはかなり少なくなりましたがまだ雪が残っています。


雪自体よりも、雪が降って溶けて又気温が下がってスケートリンク状態になった所に雪が降る、これが一番やっかいだな、と思います。


北海道在住の藤堂志津子さんのエッセイで雪かきの大変さや道路を歩く時、かなり気を使って歩く話など、かなり共感できる部分があって、沖縄や九州など暖かい地域に住んでいる人が羨ましくて仕方がありません。


北国の良さと言うものは、年を取るとかなり目減りしてしまうような気がします。


家の中と外の温度差の違いと言うものは心臓の悪い高齢者にはかなりの負担で、老後は沖縄に移住したい話をしていた人がいたので、それも有りだよな~と思います。


ネットの掲示板で寒いのが嫌で沖縄に移住した若い女性の話を読んだ事があって、人によって苦手なもの、我慢できないものに、寒さ、気候も含まれて、仕方がないもの、と思わずに、自分にとって好ましい状況を選択する事も大切なんだ、と思います。

空気が乾燥しているので、祖母にリップクリームを持っていきました。ホントは赤い口紅も合わせて持って行きたいのですが父がうるさいので。


西川勢津子さんの本の中で、口紅をもらったおばあさんが生き生きとして、口紅ひとつが残りの人生を積極的に生きるきっかけのひとつになった話を読んだので、この優しい色合いを含んだリップクリームのひとつが祖母の生きるはりになればいいな~なんて思っています。


ホントは祖母のBFになれそうな男性を連れていきたい所なのですが父(息子)が嫌がるので・・・・。


私は祖母のBFに母方の祖父がいいんじゃないかな~と思っているのですが、父が母親が男性に受けがいいのが気に入らないようです。


後、次回は飴やお菓子を持って行かないといけません。施設の中では飴が貨幣替わりになっているような感じがするので。






夫婦のごだごだが年を越しても続いている友達に年賀状の返信はおろか、寒中見舞いも出しませんでした。


去年までは出していたのですが、夫婦の問題に巻き込まれるのはゴメンなので。


独身の私の場合は、かわいそうだけど助けてあげられない状態で、共通の知り合いは友達の夫のグチの聞き役をしていただけで友達の夫から蛇蝎の如く嫌われた上に、私の夫と上手くやれないなら連絡してこないで!と言われちゃった話も聞いて、まさに踏んだり蹴ったり状態を経験してしまったそうです。


夫の文句を言いつつも離婚せず、別居せず、夫にぶつけるべきフラストレーションを関係ない人にぶつける。私は優しくもなく、あまり言い返さないわけでもないので、彼女とはうまく距離を置かないとな~と思います。







叔母(2015年現在 60半ば)がふたりめを出産する際に上の子を誰が看るか?→結論としては祖父が看ました。


最初は実母に頼む→更年期障害で大変辛く、小さい子供(2歳)の世話は出来ない、ゴメンナサイ。


次は夫の両親に頼む→商売をしているからダメ。産前産後は(嫁の)実家で看てもらうのが常識。


姉妹に頼む→ちょうど同じ年に出産する姉妹、他の姉妹は遠方だし子供もまだ小さいから看ることは無理。


最後の最後に実父(祖父)にこういう事情で助けて欲しいと懇願されて実父が渋々高速バスで娘の所へ行き、孫の世話をする。


産後ゆっくり体を休めたくても、いつまでも祖父に看てもらうわけにも行かない→産後の肥立ちが悪く今現在も体の不調に悩まされ里帰りさせてくれなかった実母を恨む気持ちがある(←これは私が叔母から直接聞いた)。


私の両親の世代では誰が子供を看るのか?、押し付け合いと言うか、身内でもかなりシビアな対応をされたお母さんは私の叔母も含めて沢山いたんだろう、と思います。


安心して子供が産めない、第1子を看てくれる人がいない、これが叔母の時代で私の世代はそれ+共稼ぎじゃないとやってられない、と、そりゃぁ少子化にもなるよと思います。


母や叔母たちの世代を見て結婚しても面白い事なんてなんにもないや、と結婚自体しない女性と言うのも多いと思います(私の場合は魅力がなくて・・・・なのですが)。

私の祖父は小学校を中退して定年まで働いた人で、結婚する前は実家にお金を入れていて、結婚してからは妻子(子供5人)を養っていたわけです。


祖父の時代は子供は穀つぶしどころか現金収入を持ってきてくれるありがたい存在で、子供を増やす事は家を栄える事に直結していたわけです。子供を産めば産む程親は得した時代だったと思います。


祖父は祖母の家へ婿に行く際に祖父の実家にかなりのお金を祖母の実家が払っているので、祖父の家にしてみれば祖父の存在はとてもありがたいものだったと思います。


自分自身は小学校中退して働いた人なのに、息子をふたり大学へ、3人の娘たちも高校を卒業してから就職、嫁入り支度も持たせた祖父は、もうこれからは自分のために生きたい、子供達にも人並みの事をしたんだからと娘たちには、孫の世話を頼むとか、産前産後、実家へ戻るとか、そういう事は止めて欲しいような事を言ったようです。


娘達、叔母さん達の世代は中卒で就職する方もけっこういたので、高校卒業させてくれただけでも十分だと言う意識はあったんじゃないかな~と思います。


叔母たちが祖父母に孫を見せに来る事はあっても、祖父母に子守をさせると言う事はなかったようです。


ちょうど祖母の娘達が相次いで出産した頃、祖母はひどい更年期障害で苦しんでいたので、子守を頼まれても出来る状態ではなかったようです。