私の事を知っている人も知らない人もおばんでございます
今日は8月15日
今年 69回目の終戦記念日です
私は 昭和51年生まれなので
戦争の時の事は全くわかりません
でも 実の母親(もう亡くなっていますが)昭和14年生まれなので 戦争の事は知っています
母親が昔体験したのは
実家はお寺なので 他の家より食べ物に困ると言ったことは少なかったようですが
ある日 母親のお母さん(私からみたらおばあちゃん)が 畑のスイカが大きくなったので
明日 採って食べようねと言ったそうです
でも 次の日に畑に行ってみると
そのスイカがなくなっていました
多分 夜中に近所の人が
盗って行ったのだと思います
おばあちゃんは
せっかくみんなで食べようと思っていたのに
悔しいと言っていたそうです
そして 母親は小さい頃
大きい青いトマトを割って
食べていたそうです
外側は青くても 中は赤くなっているそうです
トマトが赤くならないうちに食べるくらい
食べ物に困っていたのかなぁ
と思います
戦争で家がなくなったとか
空襲がきたという話しはきいたことがないので
本当の戦争のつらさは
母親はなかったようです
8月6日の広島原爆をはじめ
東京の大空襲
長崎の原爆
本当に胸がいたくなります
戦争は
国が勝手に起こした 世界的無差別殺人
ただ 普通に生活をしている日本国民を
いつくるかもわからない 爆弾の恐怖におとしいれ
将来のある若者を戦場に送り込み
死ぬことが 日本国民の誇りと教え
また それを信じて
簡単に命を捨ててしまう
男の子が生まれたら
将来を有望視され
女の子が生まれたら
産んだ女性は非国民
本当の男女差別がまかり通っていた
今の日本が
こんなふうになっていたら…
日本はもう二度と戦争をしないと誓った国ですが
今でも 世界のどこかで
爆弾の恐怖におびえ
食べるものもなく
苦しくつらい思いをしている人がいます
日本では
本当に二度と戦争なんかしないでほしい
それと同時に
世界で戦争をしている国は
戦争なんかやめてほしい
戦争は 誰にも 何も残る事がない
最大の罪なんじゃないかと
思います
第二次世界対戦で亡くなった方のご冥福をお祈りいたします
そして 戦争を知らない私達がこれからも
平和で安心して生活が出来る
戦争のない世の中をつくっていきたいです
奥田直香

今日は8月15日
今年 69回目の終戦記念日です
私は 昭和51年生まれなので
戦争の時の事は全くわかりません
でも 実の母親(もう亡くなっていますが)昭和14年生まれなので 戦争の事は知っています
母親が昔体験したのは
実家はお寺なので 他の家より食べ物に困ると言ったことは少なかったようですが
ある日 母親のお母さん(私からみたらおばあちゃん)が 畑のスイカが大きくなったので
明日 採って食べようねと言ったそうです
でも 次の日に畑に行ってみると
そのスイカがなくなっていました
多分 夜中に近所の人が
盗って行ったのだと思います
おばあちゃんは
せっかくみんなで食べようと思っていたのに
悔しいと言っていたそうです
そして 母親は小さい頃
大きい青いトマトを割って
食べていたそうです
外側は青くても 中は赤くなっているそうです
トマトが赤くならないうちに食べるくらい
食べ物に困っていたのかなぁ
と思います
戦争で家がなくなったとか
空襲がきたという話しはきいたことがないので
本当の戦争のつらさは
母親はなかったようです
8月6日の広島原爆をはじめ
東京の大空襲
長崎の原爆
本当に胸がいたくなります
戦争は
国が勝手に起こした 世界的無差別殺人
ただ 普通に生活をしている日本国民を
いつくるかもわからない 爆弾の恐怖におとしいれ
将来のある若者を戦場に送り込み
死ぬことが 日本国民の誇りと教え
また それを信じて
簡単に命を捨ててしまう
男の子が生まれたら
将来を有望視され
女の子が生まれたら
産んだ女性は非国民
本当の男女差別がまかり通っていた
今の日本が
こんなふうになっていたら…
日本はもう二度と戦争をしないと誓った国ですが
今でも 世界のどこかで
爆弾の恐怖におびえ
食べるものもなく
苦しくつらい思いをしている人がいます
日本では
本当に二度と戦争なんかしないでほしい
それと同時に
世界で戦争をしている国は
戦争なんかやめてほしい
戦争は 誰にも 何も残る事がない
最大の罪なんじゃないかと
思います
第二次世界対戦で亡くなった方のご冥福をお祈りいたします
そして 戦争を知らない私達がこれからも
平和で安心して生活が出来る
戦争のない世の中をつくっていきたいです
奥田直香