翌日。
蓮とキョーコは、ホスピスにやって来た。
受付で聞いた病室の前で、キョーコはノックするのをためらっていた。
そんなキョーコの様子を見ていた蓮は、代わりにノックした。
「はい。」
中から聞こえて来た声に、キョーコの全身に緊張感が走ったのを感じ取った蓮は、安心させる様に微笑みかけると、さりげなくキョーコの背中を押して中にも入った。
「お・・母さん・・・」
キョーコは、昨夜ショータローの両親から話を聞いていたとはいえ、記憶にあるよりも痩せ細り、点滴に繋がれベッドに横たわっている冴菜を見て鈍器のような物で殴りつけられたような気がした。
半信半疑だったショータローの両親の言葉が、事実だと思い知らされたからだ。
~回想~
「あのな、キョーコちゃん落ち着いて聞いてや。冴菜はんやけど、末期ガンであと3カ月しか、もたんらしいんや。」
「え?」
それを聞いたときのキョーコの受けたショックは計り知れなかった。冴菜との仲はお世辞にも良かったとは言えないけれど、それでも常にキョーコの心には母親である冴菜を慕う気持ちがあったのも事実だ。
だからこそ、キョーコを見ないどころか邪険にする冴菜に怯え、絶望したのだ。
「それで、自分が死んでしもうた後のキョーコちゃんの事をえらい心配しとってな。」
そんなこと今更言われてもと、キョーコは思ったがずっと自分の手を握ってくれている蓮の手の温かさに励まされるように、とにかく最後まで話を聞こうと思った。
「昔、キョーコちゃん、ウチとこのアホ息子を好いとってくれてたやろ?せやさかい、安直やけど結婚したら、冴菜はんも一安心や言うし。ウチらかて、二人でここを盛り立てていってもらいたい言う下心もあって、ずい分強引に話を進めてもうたんや。」
そこまで言うと、ショータローの両親は土下座をした。
「堪忍やで、キョーコちゃん。ほんまは、キョーコちゃんがずっとそっちのお人の元に帰りたがってたんは知ってたんや。それを知っててウチらは知らんふりしてたんや。ちょっとでも長くここにいて欲しゅうてな。」
「どうか、頭を上げてください。話を聞いてもらえなかったのは確かに悲しかったですけど、今ちゃんと聞いてくださってるじゃないですか。」
キョーコは、二人に何とか頭を上げてもらおうと言った。
しかし、「あかん。これはウチラなりのケジメや。ウチはな、キョーコちゃんみたいに別嬪さんで器量よしで、気配りのできる娘がこのアホと結婚せんでも、ウチの後継いでくれたらって、夢見たかったんや。そやから、ここまで引き伸ばすような真似して堪忍や。」
「お二人の気持ちは分かりました。でも、母がそんなに私の事を心配してたって話は・・・」
「そうやろなあ。冴菜はんが、貴志はんが亡うなってから、キョーコちゃんに冷とうなったんは確かや。でもな、それだけやあらへんのや。弁護する訳やないけど、冴菜はんは冴菜はんなりに、キョーコちゃんを愛して慈しもうという心と貴志はんが死んだ原因はキョーコちゃんや言う気持ちの間で随分揺れ動いとったんや。
そやさかい、キョーコちゃんと距離をおくためにもウチラがキョーコちゃんを預かったんよ。キョーコちゃんには、分からんかって当たり前やけどな。」
そのショータローの母親から聞かされた真実にキョーコは言葉を失った。
自分は、完全に冴菜から嫌われてると随分長い間思っていたのが、そうでないのだと思い知らされたからだ。
~回想終了~
そんなキョーコを横目でチラリと見やると、冴菜は、
「バカな娘。何かと慣れている不破家に嫁げば、老舗旅館なら、この先食べる事にも不自由しないし、嫁姑問題で思い悩む事も無いのに。」
キョーコが何か言う前に、そう口を開き、言われたキョーコは、目を丸くした。
やはり、冴菜は冴菜なりに一人残されるキョーコを案じているらしい。
尤も、一方的すぎて、キョーコの気持ちなど欠片もそこには入っていないけれど。
「だからって、私の意思を無視して一方的に結婚話を進めるのは酷いじゃない。」ようやっとの思いで、キョーコはそれだけを口にした。
それを口にして、キョーコ自身驚いた。なぜなら、子供の頃から母親である冴菜に口答えなどしたことがなかったからだ。
そんな母娘のやり取りを黙って聞いていた蓮が、口を開いた。
《つづく》
蓮さん、第二関門でっせ~( ̄▽+ ̄*)