キョーコがローリィの屋敷を辞した後、ローリィはセバスチャンに、「最上君の身辺調査を頼む。それから、今から社と蓮を事務所の社長室に連れて来てくれ。何もかも、それからだ。」と命じた。
「畏まりました。」と言って、部屋を出て行こうとするセバスチャンに向かって、
ローリィは、「蓮の奴が暴れて手におえない様だったら、どんな手段を使ってもいいからな。」と言い添えた。
~回想③~
それから数時間後。
ローリィの邸を辞したキョーコは、松乃園の近くのバス停留所で佇んでいた。
強く決心してきたはずなのに、いざ、ここまで来ると、足がすくんで動けなくなってしまったのだ。
(勢い込んで、ここまで来たのはいいけど。ショータローに唆されたとはいえ、女将さんや板長を裏切るような真似をしてしまって、いったいどんな顔をして会えばいいのかしら。)
と、悶々と考えていると、後ろから声がした。
「キョーコちゃん?そこに居てるんは、キョーコちゃんやないの?」それは、懐かしい、でも、顔を合わせづらい女性の声だった。
「・・・・・女将さん、ご無沙汰してます。そ・・」全部を言わせたは貰えなかった。なぜなら、その人物に強く抱きしめられたのだ。
「何も気にせんで、ええんよ。キョーコちゃんが元気なら。ほら、ウチにその顔をよお~く見せておくれやす。」と、キョーコの頬を両手で挟むと、キョーコの顔を覗き込んだ。
「元気そうで、何よりやわあ。ウチのヒトもキョーコちゃんのこと、気にしとったんよ。こんなとこで立ち話もあれやから、家へいらっしゃい。ちょうど松太郎も帰ってきてるんよ。」
その言葉に、キョーコの顔が一瞬強張ったのを女将は見逃さなかったが、何食わぬ顔でキョーコを案内した。
敷居が高すぎて、躊躇しているキョーコにはお構いなしに、女将は「ここは、キョーコちゃんの家でもあるんやから。」と、強引にキョーコの手を引き、旅館の玄関からではなく、裏口から家に入った。
「アンタ、アンタ、キョーコちゃんが帰ってきたで。」と、女将が部屋の奥に呼びかけると、
「おう、キョーコちゃん。エライ別嬪さんになって。よう帰って来たなあ。」と、厳しい顔つきの男性がうれしそうな表情を浮かべながら、部屋の奥から顔を出した。
「黙って、いなくなったりして、申し訳ございませんでした。」キョーコは、かつて黙っていなくなった事を、謝罪した。
それをしなければ、前に進めないと思ったからなのだが。
「そんなもん、気にせんでええ。キョーコちゃんが元気やったら、それで何も言うことはないんや。」と、ポンポンとキョーコの頭を優しく叩いた。
「お茶でも淹れるから、キョーコちゃんのこと色々聞かせておくれやす。」と言って、女将はそそくさと台所に行ってしまった。
客間に通されたキョーコは、ショータローの父親と向かい合わせに座りながら、(どうやって、切り出そう。)と悩んでいた。
キョーコにとって、育ての親であるのだ。その親に逆らうことなど、真面目なキョーコには心苦しかった。だが、それ以上に、望まない相手(しかもショータロー)との結婚だなんて、天と地がひっくり返っても御免だった。
お茶とお茶請けのお菓子を載せた盆を持った女将が、静々と客間に入ってきた。
しばしの間3人はお茶を飲んでいたのだが、女将が何食わぬ顔で「キョーコちゃん、暫く家に泊まっていき。松太郎も喜ぶわ、きっと。」と切り出した。
「その、女将さん、板長そのこ」
「そうそう。部屋は松太郎と一緒でかまわへんな。来月には夫婦(めおと)になるんやさかいに。うち、ずっと、ずっと、キョーコちゃんが本当の娘になってくれるんを夢見てたんよ。」と、嬉しそうに両手を合わせる女将に、キョーコは何も言えなくなってしまったのだった。
《つづく》
京都弁、と言うより和歌山弁になってしまってる・・・・かもヽ(;´Д`)ノ