本を手にしたところで、淳子は我にかえり、周囲を見まわす。午後9時を回り店内の客はまばら。店員はレジを締め始めており、淳子と目を合わせる事はなかった。閉店間近だからではないだろうが、蛍光灯の青白い光までいつもよりも心なしか暗く感じる。
誰も自分を見ていないことを確認してから、あらためて表紙に目を落とした。
『若返りの秘薬』その本の表紙には、真っ青な海を連想させるような背景の真ん中に、一錠の真っ赤な楕円形のカプセルが描かれている。それはまるで血をしみこませたような色をしていて、危険物であること警告しているかのように見える。
深呼吸をひとつしてから、ページをめくる。それは「40歳を過ぎてから後悔しないサプリメント選び」という項目だった。よくある中高年向けのアンチエイヂング本なのか。淳子の瞳に落胆の影が浮かんだ。
若返りの秘薬なんてあるわけがない。そんなことはわかっている。わかっているけれども――。
「――あのう、お客様。」
反射的に顔を上げると、濃紺のエプロンをつけた店員と目が合う。閉店の時間だった。恥ずかしいところを見られたかのように、淳子の頬が赤らんだ。
どうしよう、やめようかな。パタンと本を閉じて裏表紙を見る。値段を確認すると2500円もした。勿体無いからやめよう。淳子は本棚に戻すとその場を離れる。しかしふと思い出したように早足で引き返すと、その本を引き抜き隠すように胸元に抱え、会計を済ませると逃げるように店を出た。
人通りのまばらな薄暗い夜道、青白い街頭に照らされた淳子は笑っていた。