
昨年の夏、適応障害の悪化によって、
頭痛とめまいがひどくなり、
ほとんど動けなくなりました。
本当に、動けない体が恨めしかったです。
何かしたいけど、
何も出来なくて。
ちょっと、ムリをすると、
手が震え、心臓バクバク。
いつもよりも、集中力も低下しているし、
注意力も明らかに落ちている感じ。
食料品の買い物には、行ってましたが、
その後は、1時間くらい動くことが
出来ませんでした。
でも、思うんです。
もし、夫が仕事の出来る人だったら。
きっと、私は、ヒルナンデスを見ながら、
何となく、モヤモヤしたまま、
一日を過ごしていたのではないかと。
もし、夫が、どんなことをしても、
お金を稼ぐために、働こうとしていたら。
今も、私は、どこかの会社で、
仕事を続けていたことでしょう。
もし、私が、動けなくならなかったら。
以前の生活に、疑問を持つこともなかったし、
自分の想いに気づくこともありませんでした。
だから、これで、良かったんだなって、思います。
おかげで、大切なことに気づくことが出来たから。
私は、福祉施設に勤務していて、
「助け合いが大事」
なんて言っていたりして。
自分が、助ける側になる仕事をしていたのに、
自分は、助けられるのが、すごく苦手だったのです。
そして、一生懸命に心配してくれている人たちのことに、
気づかずにいたのです。
私は、そのことに気づくことが出来ました。
今まで、何度も、多くの人たちに助けられて、
こうして、生きていることが出来ていますが、
実は、親や親せきに、助けてもらったことは、
一度もなかったのです。
そして、そういう存在だと思ったことも、
ありませんでした。
一生懸命に、
「私は、やれるんだ。」
「私は、心配される存在ではない。」
って、意地を張って、頑張り続けていました。
健気な私です。
別にさ。
心配されたって、いいんだね。
出来ないって言っても、いいんだね。
もっと、甘えても、いいんだね。
もっと、頼りにしたって、いいんだね。
一人で生きていけないから、支えあっていこうと
言っている立場にいながら、
一番、出来ていないのは、私でした。
きっと、みんな、こうやって、生きていたのですね。
もっと、早く気づければ、
もっと、ラクに生きられたの。

