4年前  9月12日 午前10時30分



ドアの向こうに、サワサワと人の気配。何かを指示している男の人の声に合わせる様に、ゴトリと重い音が聞こえる。


月架はそっと振り返る。ベッドに腰掛けた京夜の俯いた横顔に、声を掛けようとして…直前で飲み込む。
掛ける言葉など、自分には無いじゃないか。優しさや悔しさや悲しさ、そこにどんな意味を持たせたとしても、私にはその資格すらない。だって、守ってあげられなかった。愛しい弟を。事は起きていたのに、どうして気付いてあげられなかったのか。あの夜からずっと、堂々巡りの自問自答ばっかりして、助けを求めて泣く京夜の震えた身体を抱き締めていただけ。私は楯になれていたのか?もっと方法はあったのではないか?


ふっ、と小さく息を吐き、京夜の隣に静かに腰をおろす。強く握りしめた両の拳に視線を落としたまま、身動ぎもしない弟。その横顔から、夥しい葛藤と闘っているのがわかる。わかっているから…その手に自分の手を重ねた。相変わらず視線は動かないままだが、京夜の身体から少しだけ力が抜けた。言葉を持たないから、掌から想いが伝わるように願った。

これから先も、私が君を守るよ。何があったって、私たちは双子の姉弟。揺るぎない繋がりは変わらない。私は、君を守る為に生きていくよ。



廊下から話し声が聞こえる。さっきの男の人の声と、久しぶりに聞く父の声。打ち合わせのような事務的な話し方の後に、

「よろしくお願いします」

と、冷静な声色が耳に残った。



暫くの間、ベッドに座ったままでいた。京夜の手に重ねた自分の左手が、効きすぎたエアコンの風で少し冷たくなっている。掌から伝わる京夜の体温は、いつもより少し低い。


コンコン…と、ドアを控えめにノックする音。京夜に目をやるが、俯いたままで表情も変わらない。重ねた手に少し力を入れて、大丈夫だよと伝える。


ドアを細く開けると、懐かしい顔が見えた。

「月架ちゃん…」

伯母の由子はそう言ったきり、黙ってしまった。月架の表情を窺うように視線を動かす。

「泣いてないよ。大丈夫」



そうだよ。泣いてないよ。


泣かないと決めたんだから。

京夜が泣いているのに、私が泣く訳にはいかない。

涙はあの夜、あの瞬間に置き去りにした。私は泣けない。泣いてはいけない。

だって、守ってあげられなかったんだから…。