中学の頃、全国クラスの部活の練習に耐えきれ
ず部長や同年代のチームキャプテンまでに「勉学
に励みたい」と嘘をつき部活を辞めて遊び呆け、僕は工業高校に入学した。

 正直、高校なんてどこでも良くて受験勉強も周りの忙しさや知り合いの有無を見て工業高校を選んだ。



 知り合いのいない所で新しく没頭できる何かを探したかった。



 元々、自分から話しかけるような性格でもなかったから独りで細々と高校3年間過ごそうと思ってから、もう3年という月日が経った。
 友人なんて必要ないって、いきり立った思いで入学してすぐインフルエンザにかかってクラス内ではもう、そこそこな雰囲気が出来上がっていたのを今でも鮮明に覚えている。


 高校一年の頃、球技大会辺りの行事まではどんな人にも触れず、口も開かずに日々を過ごしていた。
 そんなある日、工業高校特有の授業の日に初めてクラスの人と会話してすぐ打ち解けてしまった。

 そこからは鉄仮面のように日々を過ごすのをやめ、仲のいい男子グループで過ごすようになった。


 僕の卒業した工業高校は学科によってはクラスメイトが変わらない所も存在して、僕らそれだった。
 3年間クラス替えが無いってのは仲の良い人と離れない、良い面あれば、苦手な人と3年過ごすことにもなる。


 僕は1年の頃から他人のことは一切気にならなかったので、さほど影響はなかったが、人間関係は難しく、それをきっかけに中退する人もいた。


 2年になると課題研究が始まり、学科特有の技術をつける人や、好きなことを研究する人達とで別れることになった。
 普通教科の勉強が大嫌いだった僕は、進学の勉強がしたくなかったので学科特有の授業を受けることにした。
 卒業試験にもでる内容を勉強し、その知識で就職ができると聴き、判断は早かった。


 ただその専門授業をとった人は少なく、仲の良い男子は1人も居なかった。話すのが苦手な僕は女子なんて目すらも合わせきれなかった。




 ただ、そこからの2年は早くとても楽しい時間が続いていた、時間が経つと女子と話せるようになり、初めて触ったmacの操作も板についてきた。
 3年になってからは進路活動が始まって必死に就職先を目指して、面接の練習もいっぱいやった。彼女が欲しいと生まれて初めて思ったし、成績の良し悪しも初めて気にした。

 
 いざ卒業となると、これまでの3年間、級友から貰った色々な感情や考え方、関係を考えると終わりたくないという気持ちが溢れてしまいそうだ。
 聞かないような音楽性を教えあったり、みんなでテスト勉強したり、テスト終わって飯を食いに行ったり、独り者になりたかった僕には勿体無いくらいの青春がそこにはあった。


 いずれ2年も経てば成人式で再会するかもしれないけど、この2年間、僕が変わったように人は変わっていく、それは他人が決して自分勝手に干渉してはいけない、新しい環境でみんな生きていく。


 2年後に各々の世界に揉まれて少しでも成長した姿でみんなと会いたいな