気づけば、生活の基準は川になっていた。鮎に振り回され、季節に振り回され、それでも週末が近づくと気持ちは軽くなる。やめる理由は見つからない。どうやら一生モノらしい。
彦根の清凉寺。井伊家の菩提寺で、毎月第3日曜に行われている坐禅体験に参加している。静かな本堂で背筋を伸ばし、呼吸を整える。日常から少し離れて、心を空っぽにする時間。……のはずだった。目を閉じると、なぜか思い浮かぶのは去年立ち込んだ川。石の位置、水の押し、流れのヨレ。オトリをどこに送り込むか、頭の中で何度もなぞっている。坐禅で整えるはずの心が、気づけば川の流れをなぞっている。どうやら自分にとっての修行は、座ることより、立ち込むことらしい。
全ては鮎解禁のため。この言葉を免罪符に、ジム通いが始まった。健康のため?いや違う。美容?論外。川でヨロけないため。ここまで来ると、趣味なのか、修行なのか、自分でもよく分からない。