責任と聞くと

ちょっと重いし面倒な感じ。

 

 

 

 

 

 

それでも、やっぱり

社会で生きていくには

何処かで責任を背負っている。

 

 

 

 

 

 

仕事、家庭、地域のこと、子供のこと

趣味においても

何かイベントをするとなれば

そこに責任が発生する。

 

 

 

 

 

 

一度足を踏み入れると

想定外のことは起こる。

こんなはずじゃなかった

こんな大変と思わなかった

色々あるけれど

 

 

 

 

 

 

ま、、、仕方ないわな

それが社会というもんだ。

 

 

 

 

 

 

私はズルいのかもしれないが

自分のキャパオーバーに

なることは絶対背負わない。

だって、絶対出来ないことが出る。

 

 

 

 

 

 

そう思って生きているせいか

キャパに応じたことだけがやって来る。

だから、やり過ごせているんかな、、、

 

 

 

 

 

 

色々出来る人

一つか二つくらいしか

出来ない人、色々だけど

そんなのは人によって違う。

 

 

 

 

 

 

色々手出ししてるからと言って

それが充実してる人なのか?

素敵な人なのか?と言えば

それは違う。

 

 

 

 

 

 

色々手出ししても

キャパオーバー、

ゲームオーバーで

目茶苦茶だったら

充実どころか

素敵どころか

周りが迷惑だわ爆  笑

 

 

 

 

 

 

自分がどこまで出来るのか?

どこまでチャレンジ可能なのか?

自分の状況はどうなのか?

 

 

 

 

 

 

それを踏まえた上で

レッツゴーとするのは

自分の責任でゴーだ。

そのかわり、ちゃんと

責任持たないとカッコ悪いよ。

 

 

 

 

 

 

責任放棄する人を

責めてもどうにもならず

仕方ないのかもしれないけれど

その姿は美しくないと思う。

 

 

 

 

 

 

子供なんだ。

大人の年齢を持った子供だ。

 

 

 

 

 

 

10代の子でも

大人の責任感を持っている子は

カッコいいし、美しい。

 

 

 

 

 

 

キャパの狭い私が

偉そうに言えることではないけれど

チャレンジャーって

キャパとか考えずに

ゴーするから叶うのかも

しれないけれど、、、

 

 

 

 

 

 

何かを放置したまま蓋をして

そのまま逃げてしまうなら

あまりにも子供だ。

あまりにも美しくない。

 

 

 

 

 

 

そんなんで夢を叶えたとて

カッコ悪いし

後々色々バレてくるもんだ、、、

 

 

 

 

 

 

あっちもズルズル

こっちもズルズル

行く先はゲームオーバーだ爆  笑

そして、同情を得るどころか

信頼を失うことになる。

 

 

 

 

 

 

結果、

自分を苦しめることになる悲しい

 

 

 

 

 

 

美しい大人であるために

 

 

 

 

 

 

責任を持とう!

責任を果たそう!

 

 

 

 

 

 

それは大人の美しさだ音譜音譜

 

 

 

 

 

 

ではではまた!!

最後までお読みいただき

ありがとうございました(^^)

 

 

 

 

 

 

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私はポンコツだ(笑)

どれだけ気を付けても

丁寧にやっているつもりでも

抜け落ちることがある。

 

 

 

 

 

 

ミス、、、なんてレベルじゃない

堕ちるだけ

堕ちたことだってある。

その時は

頭が真っ白になったけれど

私の正気を保ってくれたのが娘の存在。

 

 

 

 

 

 

堕ち込みたくても

『お母さん、お腹空いた~』

といつも通り接してきていた。

(随分昔のことだけど)

 

 

 

 

 

 

❝あ、、、そうやんね

ご飯食べさせないと❞

と、ハッと我に返る。

 

 

 

 

 

 

凄く凄く不思議な瞬間だった。

そんな日常のことが

私を救ってくれた。

 

 

 

 

 

 

そして、自分が堕ちているときこそ

人の本質みたいなものが

よ~く見えて

よ~く分かるんだ。

 

 

 

 

 

 

中立的な立場で

思うことを冷静に伝えてくれる人。

そういう人は、厳しいながらも

愛という土台がある。

 

 

 

 

 

 

そうかと思えば

傷口に塩を塗りつけてくるような

ことを言ってくる人も居る。

 

 

 

 

 

 

言われてしまうのは

仕方ないよな、、、とは思うけれど

同じ言うにしても

 

 

 

 

 

 

厳しさの中に愛の土台があり

それでも大切なことだから伝える。

というのと、ここぞとばかりに

攻め立てるのとは違う。

 

 

 

 

 

 

❝そんなにアナタは完璧なのかい?❞

 

 

 

 

 

 

とも思うし

これまでに、イタイ経験をしたことがない

薄っぺらい人生やったんかな?

とも過ぎったな、、、

 

 

 

 

 

 

やらかしたのは、こっちだから

❝何も言えねぇ~泣き笑い

状態なのは事実だったんだけど

 

 

 

 

 

なんか人柄というか

それぞれの人格みたいなものが

如実に表れた出来事だったな。

ま、、、それも貴重な経験だけど。

 

 

 

 

 

 

ハプニング的なこと

イレギュラーなことが

起ったときほど

人間性みたいなものが

出るのは確かなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

そして、こうも思う。

そういうときに

怒ったり、取り乱したり

攻め立てる人ほど

心に傷を持っている人。

 

 

 

 

 

 

いや、、、傷なんて

誰でも持っているんだよ。

 

 

 

 

 

 

自分の心の傷を

こちらで起こっている現象に

重ねてきて、八つ当たりしていたり

自分のせいにされるのを

恐れているのか

吠えまくってきたり

(誰もそんなこと言ってないのに)

 

 

 

 

 

 

反論したり

分かってもらおうとすると逆効果。

きっと、ぶつかり合って

お互いエネルギーの無駄遣い。

 

 

 

 

 

 

負けるが勝ちならぬ

黙るが勝ちってことがある。

(勝負でもないけどね)

 

 

 

 

 

 

モヤモヤするけど

相手が興奮状態のときは

まともに話せないから

黙っておいた方が賢明なんだ。

 

 

 

 

 

 

心の傷が怒りに変わってしまう時。

それは、やっぱり自分のことしか

見えていなんじゃないかと思う。

 

 

 

 

 

 

誰だってトラウマくらいあるし

触れられると

心が敏感に反応することくらいある。

だからと言って、そうなったとき

感情剥き出しにして

八つ当たりまがいな態度を取るのは

大人気ない。

 

 

 

 

 

 

私も沢山傷付いてきたし

傷付けてきた。

毎日、お詫びしてる。

自分が記憶していないことだって

きっときっと、いっぱいある。

 

 

 

 

 

 

どんな人でも

傷付いてきているし

傷付けたこともあるはず。

 

 

 

 

 

 

 

人間って勝手だから

自分が傷付けられたことは

詳細に覚えているけれど

傷付けたことは

案外忘れているんじゃないかな、、、

 

 

 

 

 

 

というか

気付いていないパターン

大いにアリ!!

 

 

 

 

 

 

そんなもんだよ、きっと。

 

 

 

 

 

 

それでも復讐されることもなく

今日も無事に生きている照れ

 

 

 

 

 

 

知らん間に

許されて生きているんだ。

怒り爆発しそうになったら

ちょっと落ち着いてみよう。

 

 

 

 

 

 

自分も多分、どっかで

やらかして来てるで、、、!?とな知らんぷり

 

 

 

 

 

 

大事なことは、ちゃんと

伝えないといけないけど

ガミガミ攻め立てるのは

ちょっと違うかもね、、、

 

 

 

 

 

 

ではではまた!!

最後までお読みいただき

ありがとうございました(^^)

 

 

 

 

 

 

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優しさ

 

 

 

 

 

 

優しさは

使い方を間違えてしまうと

とんでもない武器となってしまう

 

 

 

 

 

 

人を深く傷つけてしまう

道具と化す

 

 

 

 

 

 

優しくしてくれたその人は

本当に自分にとって

必要な優しい人なんだろうか?

 

 

 

 

 

 

その優しい人は

その人の大切な人も

ちゃんと大切にしているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

優しさは

間違って使ってしまうと

大切な人を

傷付けてしまうことがある

 

 

 

 

 

 

寂しいとき

誰かに優しくされると

嬉しいんだ

 

 

 

 

 

 

つまらないと感じているとき

誰かに楽しませてもらえると

心が躍るんだ

 

 

 

 

 

 

だけどさ、、、

 

 

 

 

 

 

寂しい、とか

つまらない、とか

本当なのかな?

 

 

 

 

 

 

大切な何かに

気付けていないだけかも、、、

 

 

 

 

 

 

人は、舞い上がると

大切なことが見えなくなる

周りも見えなくなる

 

 

 

 

 

 

❝類は友を呼ぶ❞

 

 

 

 

 

 

凄い人!

イケてる人!

自慢の知り合い!

 

 

 

 

 

 

自分がイメージしているその人も

もしかすると

自分と同じ何かを

抱えているだけかもしれない、、、

 

 

 

 

 

 

特別な人ではなく

自分と釣り合っている人

類友なだけなのかもしれない、、、

 

 

 

 

 

 

自分は、どんな類友と

一緒にいたいんだろう?

 

 

 

 

 

 

自分は、どんな人で

いたいんだろう?

 

 

 

 

 

 

そんな風に自分を

見つめるって

大切だと思う

 

 

 

 

 

 

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歌うことも

楽器を弾くことも

音楽以外の仕事でも

子育てでも

 

 

 

 

 

 

不安になって

落ち着かなかったり

ドキドキしたり

ちょっと病んだり(笑)

したときの状態は

❝知らない❞ことの

渦中にいるときでした。

 

 

 

 

 

 

❝知らない❞が不安を呼ぶ。

だけど、やっていく内に

経験していく内に

段々と慣れてきたり

理解してきて、不安がなくなる。

 

 

 

 

 

 

書き残せることであるならば

そうした方が尚良いウインク

頭の中に残しておかなくて

良いから楽なのだニコニコ

 

 

 

 

 

 

仕事等で

誰かに教えないといけないこと

伝えていかないといけないことなら

尚更なのだ。

 

 

 

 

 

 

ものごと全部❝書いておく❞

なんてことは出来ないけれど

(ワタクシ、育児日記なんぞ

付けたことございません爆  笑爆  笑)

 

 

 

 

 

 

育児日記とか書ける人は

尊敬するし、楽しく続けられる人は

とても素敵な記録になると思うニコニコ

 

 

 

 

 

 

育児日記はさておき

何でもそうだけど

経験していないことは不安だし

自分が初めてすることで

何のお手本もないと

そりゃ怖いし不安で当たり前。

 

 

 

 

 

 

ファーストペンギンで

誰もやったことないことに

チャレンジする!!

という話もおいておいて

 

 

 

 

 

 

未経験のことは

ある程度慣れるまで

理解するまで

不安になって当然だし

 

 

 

 

 

 

書き残してあるものがあれば

舐めるように見る!!

 

 

 

 

 

 

逆に自分が伝える立場に

立つ時のことも考えると

書けるものは書いておくと

教わる方も、教える方も

❝楽❞なのだ照れ

 

 

 

 

 

 

人生は❝知らない❞ことだらけで

新しいことを経験する度

❝知らない❞ことの繰り返し。

 

 

 

 

 

 

それは不安の繰り返しに

なってしまう可能性アリ。

これは私自身に言えることなんだけど

人生が❝不安の繰り返し❞に

なってしまわないよう

 

 

 

 

 

 

最初は不安で当たり前で

知らないことは

知っていく作業をしていけばいいウインク

 

 

 

 

 

 

調べられることは調べる。

聞けることは、分かる人に聞く。

モヤモヤ不安になっているより

やってしまった方が早くて

案外、簡単に分かってしまうこともある。

 

 

 

 

 

 

これをモチベーションだの

やる気だのに頼ってしまうと

乗っている時は良いのだけど

そうでないと、嫌になってしまう。

淡々と積み重ねていくしかないのだ。

感情を抜きにして❝作業❞なのだ。

 

 

 

 

 

 

そうこうしている内に

いつの間にか理解出来ている人に

なっていて、不安が消えていたりする。

そこの土台が出来上がると

面白くなってくるのかと思う。

 

 

 

 

 

 

私自身に言えること。

人生を❝不安❞の繰り返しに

してしまわないよう

❝知っていくこと❞を面白がろう!!

 

 

 

 

 

 

ではではまた!!

最後までお読みいただき

ありがとうございました(^^)

 

 

 

 

 

 

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美味しいところだけが欲しい。

面倒なところは

取りたくない。

 

 

 

 

 

 

美味しいところだけ欲すると

きっと、何回かは上手く行くんだ。

楽しいんだ。

現実を忘れられるんだ。

 

 

 

 

 

 

だけど、やっぱり軽いのよ。

上澄みだけを持っていくから

深みがないのよ。

築いていないから

形にならないのよ。

 

 

 

 

 

 

だから壊れるのも早いのよ。

 

 

 

 

 

 

軽いことが悪いわけじゃない。

軽く関わっておくだけで

オッケーなことだってある。

 

 

 

 

 

 

面倒なことはしたくない

だけど、いい思いはしたいから

美味しいところは味わいたい。

 

 

 

 

 

 

それはバレているし

長くは続かない。

 

 

 

 

 

 

上澄みだけを持っていっても

薄っぺらいまま。

本当の充実感は得られないし

積み上げられたものもない。

 

 

 

 

 

 

もし、何かから

逃げるために

他へ美味しいところだけを

求めているとしたら?

 

 

 

 

 

 

振り出しに戻るんじゃないかな。

目を逸らしていたことは

見ないといけなくなるし

臭いものに蓋をしていたら

蓋は外さなくちゃいけない。

 

 

 

 

 

 

そんな流れになっているようだ。

 

 

 

 

 

 

ターゲットを変えても

きっと、結果は同じ。

 

 

 

 

 

 

美味しくないところも

引き受ける覚悟が出来たとき

引き受け続けたとき

深みが出たり

信頼を得る。

 

 

 

 

 

 

そして築き上げたものは

そう簡単に崩れない。

 

 

 

 

 

 

気合いは要りますけどねニコニコ

 

 

 

 

 

 

ではではまた!!

最後までお読みいただき

ありがとうございました(^^)

 

 

 

 

 

 

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