ラジオ 文化放送【くにまるワイド ごぜんさま】 ♪今週の邦流♪のコーナー
9/20~9/24 のゲストは野口五郎さんでした!
5日間にわたって五郎さんが出演し、これまでの ~我が青春・我が人生・野口五郎~ を語った。
第1日目と第2日目は
音楽に明け暮れた少年時代
ヒット前の苦労・ヒット後の困惑 
2歳で初めて 地元ののど自慢大会に出演して、小学校1年生で本格的にギターを始めた。というお話
この頃からすでに抜群の歌唱力
小学生でバンドに・・・。
歌手を目指して岐阜県から上京!めでたく歌手デビューを果たすも・・・デビュー曲の「博多みれん」は売れず
キャンペーンまわりでは、酔ったお客に頭から
お酒をかけられたことも。
GORO 「その時は、辛いとかたいへんだとは思わなかったですネ。それが当たり前のことだと思っていました。」
「辛いというよりも・・・お酒で汚れてしまった衣装を、洗って、ドライヤーで乾かすことに必死でしたね。」
しかーし!2曲目にリリースした「青いリンゴ」が大ヒットして、一躍スターの仲間入り

それからの野口五郎は、忙しすぎて・・・記憶喪失になっている部分もあるくらいだとか
GORO 「あの頃は、1日で北海道から九州へ日本を縦断することなど、珍しくなかった。だから いつも遅刻を
して、あやまってばかりいました。(笑)」
「そして、裏口からホテルに入れば そこからはずっと缶詰状態でした。」
※ ここで GOROのギャグが入ります
くにまるさん 「ホテルに缶詰状態のときは、何を食べていたんですか?」
GORO 「缶詰です
」 出た!キャハッ
食事はルームサービスをたのんでいいよ!と言われたけれど・・・まだ15歳の少年は、気を遣って
リーズナブルなピラフばかりを注文していたんだって! たまに、チョットだけぜいたくをして
オニオンスープをつけることも・・・あったんだって。
第3日目は
新御三家時代 
スター
となった五郎少年は、1972年「
めぐり逢う青春」で、その年のNHK紅白歌合戦に初出場
当時の【最年少初出場】の記録をつくり
トップアイドル
の仲間入りをする。
その後デビューした、西城秀樹 郷ひろみとともに・・・3人で新御三家と呼ばれるようになる。
~ 新御三家~
くにまるさん 「今のアイドルとはくらべものにはならないほどの・・・とーーーんでもない人気でしたよね~!」
GORO 「でも、3人とも、歌の方向性も全然違ったし、考え方もそれぞれ違っていたので、意識したことは
ありませんでしたよ。」 うん・・・たしかに、3人それぞれ 個性的すぎる。
くにまるさん 「以前 秀樹さんが【GOROとは仲が良かったですよ!】って言ってましたよ」 ん。やっぱりそう か~
ここで チョットおまけ・・・・先日のTBSフレンドパークでの
その新御三家の仲間の衝撃的な
映像です
He is Hiromi Go!!
おっと
本題に戻って・・・・
Q :女性アイドルとの交流は?
GORO 「僕はいつも楽屋で、ヘッドフォンをつけてギターをひいていたので、しゃべることはなかったですよ。
いわゆる(クソまじめ)です。だから結婚が遅くなったのかなぁ~、って・・・ほっといてくださいよ!」
と、大爆笑の二人でした。
1975年に各音楽賞を総なめにした スタンダードナンバー
私鉄沿線について・・・
GORO 「いつも 今日はどう歌おうか?と 今でも 迷う曲です。兄貴は、僕に
一生の課題曲を作ってくれたな、と思いますネ。」 お兄ちゃん!さすがだね
ここで GOROが考える改札口での待ち方を語りまーーーす。
当時18歳のGORO・・・腕を組んでタバコをすいながらひたすら待ち続ける
現在54歳のGORO・・・足を組んで 雑誌でも読みながらコーヒーを飲んで待つ こんな感じなんだそう。
そして、話題は 野口五郎を語るうえで、忘れちゃいけない番組 【カックラキン大放送】へとつながります。
最初は 「岐阜なまり」をかくそうとして ダジャレを言い始めたのだそうで・・・この番組で笑いの【間】を勉強して、
【アイドル・野口五郎はおもしろい人】 というイメージがつき、タレント性を視聴者にアピールできたのだという。
GOROの笑いの3原則 1 媚びない 2 2回言わない 3 自分で笑わない
さらりと、こんなことを言う五郎さんに・・・ガラスの向こうのスタッフも盛り上がったスタジオでした。 そして・・・・・
GORO 「気づかれなくても それでいいと思ってます。だいたい3~4割は、気づかなかった
ディレクターに
編集でカットされてますね! 僕のレベルに ついてこれないんだなぁと思います。
」
第4日目は
ギタリスト・プロデューサー 野口五郎 
ギタリストとしても大活躍の五郎さん。数々のミュージシャンの楽曲にも参加している。
1975年以降は 自身のレコーディングの
ギターのほとんどは GOROが弾いているそうです。
プロデューサーとしては、ものまねCDを発売! もともとは、「嫌いだったものまねを好きになるため」に
考えついたものだそうで・・・・・アノ曲をアノ人が歌ったら?というシリーズで 出来た曲は 300曲くらい。
くにまるさん 「以前 水前寺清子さんが 【本当に歌が上手い歌手は 布施明さんと野口五郎さん】って
言ってましたよ。」
へぇ~、尊敬する布施さんと一緒に選ばれるなんて・・・光栄
なことですね!
GORO 「歌を
歌うときの感情表現は、相反するものなんですよね。 悲しい歌を哀しい表情で歌っちゃ
だめ。 逆に、喜びをかべにしながら哀しみを表現して 感動
してもらうことが 歌い手の力量
なんだと思います。」 ふ~ん・・・さすが五郎。奥深いなぁ~
こんな話を 芸能界の兄貴と慕う 布施さんと よく語り合う という五郎さん。でも・・・
GORO 「布施さん 話が長いんですよ~。最近は歳のせいか よけい長くなりましたね~
」とポツリ。 ほんとに 仲がいいんですネ! 布施さんっっ どんだけ 話 長いんですかぁ~
第5日目は
夫として・父として 
結婚まで、数々の熱愛報道があった五郎さん。もちろん真実もあったが ほとんどがうそばかりだったという。
GORO 「いつか聞いたことがあるんです。どうして僕ばかりいじめるんですか?って。」
「そしたらネ 【野口五郎さんというのは 改札口で待ってるイメージなんですよ。それが裏では
遊んでる。っていうのは 僕らにとっては最高のネタなんですよーーー!】ってい言われました。」
ん~ なるほどねー
って・・・納得しちゃだめだめーーー!何じゃそりゃ??
まっ
「イイ男は辛いなぁ」ってことですね!五郎さん!
それから・・・・
2001年に 三井ゆりさんと結婚し、今では2児のお父さん
二人のお子さんたちのことを 「かわいいです~」と照れる五郎さん とっても幸せそうです。
GORO 「子供たちには 自分とは違う夢をもってほしいんです。」
Q: どうしてですか?
GORO 「これまでにいたるまでの苦労をさせたくないんです。
それに、この世界はずーっとたいへんですからね。」と・・・
しみじみと話す五郎さん。 40年間のいろんな想いが浮かんだのだろうなぁ と思うと
じーんときます。
奥様にも 「本当によくやってくれていると思います。ありがたいな~ぁって、感謝しています。」と。
う・うらやましいなぁ~。 ゆりちゃんは、旦那様が野口五郎。
そのうえ その野口五郎が、「感謝している」・・・なんて言ってくれる!いーなー
続いては 先日 発売されたCD
「GORO Prize Years, Prize Songs ~五郎と生きた昭和の歌たち~」 の話題に。
カラオケボックスに行って選曲したこと。
布施さんに こころよくひきうけてもらえたこと。
すべての曲が、自分なりに印象にのこっていること。などなど・・・楽しく盛り上がり
くにまるさん 「今週のゲストは野口五郎さんでしたー。」 でおしまいおしまい。
文化放送 くにまるワイド ごぜんさま~ 8:30~11:30
2010年 9月20日~24日 放送 より
先週末から ライヴやディナーショーが続き・・・今後もハードスケジュールの五郎さん。
ラジオから聴こえてくる声は なんて優しくて穏やかなんでしょう。午前中のこのひととき・・・
ステキ
な時間をすごせました。