美鈴はいつも道徳的に正しい子だ。
親の教育の甲斐があり、いじめは許さず、弱きを助け、逆境にも負けない。
その美鈴の前で、一番の友達の聡子が死のうとしている。
場所は学校の屋上。下校時刻を過ぎており、屋上には美鈴と聡子しかいない。
「なんで死ぬなんて言うの。自殺するなんて、そんなのおかしいよ。」美鈴は必死に聡子をなだめる。
少しの沈黙の後、聡子は静かな声でこういった。
「今までずっと美鈴の横で生きてきて苦しかった。美鈴はかわいくて、頭もよくて話も上手でポジティブで。佐藤君とも付き合ってる。
対して私は不細工で、希望の大学にも行けなくて、もう生きるのがしんどくなった。私は美鈴みたいになりたいと思って沢山努力してきたけど、そうなれない。だから死んで終わらせたいの。」
美鈴は確信する。「私がこの子を止めなくちゃ。」
美鈴は説明する。美鈴がどれだけ聡子のことを友達として大切に思っているか。聡子の親が聡子の死を知りどう思うか。
今後、聡子にどれだけの可能性があるのか。聡子より大変でも生きている人がどれだけいるか。生きていれば幸せなこともあるという事。
美鈴自身も色々大変なことはあるけど、頑張って生きている事。そして、自殺がどれだけ社会的、道徳的に間違ったことか。
それでも聡子は屋上の端から離れない。
少し笑った後、「じゃあね」と言って足を前に進ませる。
と、その時、空から神様が現れた。
「じゃあ、君たち二人の魂を入れ替えようか。」
神様はきらきら光り、二人の頭上に浮いている。
美鈴はあまりの出来事にに声も出せない。
聡子も足を止め、目を大きくして見上げている。
唖然とする二人に向けて、神様は続ける
「魂を入れ替えたら、君たち二人の意識は入れ替わる。聡子ちゃんの意識は美鈴ちゃんに。美鈴ちゃんの意識は聡子ちゃんに入る。一度入れ替えたらもう戻せない。さあ、どうする?」
「そんなの絶対にダメ!」 聡子が叫ぶ。
しかし、神様は微笑みながら言う。
「聡子ちゃんにデメリットはない。憧れの美鈴ちゃんになれるんだ。あとは、美鈴ちゃんが聡子ちゃんになる事を了承するかどうかだよ。」
美鈴は少し迷った後、答えた。「わかった。入れ替えて。」
私だったら聡子の境遇で死にたいとまでは考えない。魂を入れ替えることで、聡子である"私"が自殺しなくなるなら、そうするべきだ。道徳的に考えて。
聡子が神様を止めようとしているが、神様は耳を貸さない
「じゃあ、魂を交換するね。3・・2・・1・・」
とその瞬間、聡子は屋上から飛び降りた。
「私が自殺するのは間違いじゃない・・・。」
美鈴が駆け寄り手を伸ばす暇もなく、聡子の体は地面に近づき・・・。
目を開けると、天井が見えた。
何があったのか思い出せない。体の節々が痛み、頭もずきずきしている。
周りを見渡す。病室のようだ。病院独特の清潔な臭いが漂っている。
はっきりしない頭で周りを見渡していると、病室のドアが開いた。
「聡子・・・」 母親が立っていた。
生きてて本当に良かった。と言う母親に抱きしめられ涙があふれると同時に、
自分が何をしたか、そして、しきれなかったのかを思い出す。
しばらく無言で抱きしめた後、「先生呼んでくるね。」と言い残し、母親は病室を後にする。
とまた扉が開いた。美鈴が立っている。
・・・いや、"自分"が立っている。
その瞬間、美鈴は思い出す。神様の提案、自分が美鈴であったこと、地面に当たる瞬間に自分が聡子になったこと。
一方で、美鈴であったころの記憶がほとんど思い出せない。自分が美鈴であったことはわかるのに。
そして同時に襲い掛かる、"聡子"としての確かな苦痛。"美鈴"の立場で"死にたいとまでは考えない"と感じていた聡子の苦痛。それもそうだ。なんで気づかなかったのだろう。なぜなら私は今、"聡子の脳"で、"聡子の記憶"を思いだし、"聡子の苦痛"を感じているのだから。
美鈴、いや、聡子が近づく。そして私の手を握り話し出す。
「間に合わなくてごめんね。私の苦しみを美鈴に味合わせたくなかったから、魂を交換するなんて間違っているって思ったから飛び降りたの。でも、間に合わなかった・・・。それに、私が美鈴の人生を奪うようなことしたくなかったの。
でも、今ならわかるよ。自殺なんて絶対にダメだってこと。美鈴、これから辛い事も悲しい事もいっぱいあると思う。それは私自身が感じてきたことだからよくわかる。でも、絶対、自殺なんてしたらダメだからね。私は一生、聡子の友達だから。」
数か月後の夜、私は学校の屋上に立つ。自分が美鈴だったという感触はある。しかし、聡子の脳を持ち、聡子の記憶しか思い出せず、聡子の苦しみを感じている。
誰にも感じれない、私の苦しみ。一番の友達が私の好きな人と付き合ったという、"この"苦しみ。一生の友達が自分より良い大学に行き、自分より良い生活をするだろうという"この"苦しみ。
美鈴だったら言うだろう。「大丈夫。時間が解決するよ!」でも、私は今、耐えられない。
美鈴だったら言うだろう。「ご両親も悲しむよ!」でも、こんな人生なら私は生まれたくなかった。
美鈴だったら言うだろう。「ポジティブに考えて!」でも、聡子の脳が"そうさせない"。
親にも親友にも感じれない"私の苦しみ"。この苦しみを感じる脳を持っているのは私の責任?この苦しみを耐えないといけないのは何故?親が生んでくれたから?親友が悲しむから?でも、この苦しみは誰も引き受けてはくれない私のモノ。この脳と体を持つ私の人生。私の責任。
