東インド会社は、胡椒など香辛料の交易がほぼ唯一の事業でしたが、現代の会社が利益を得るための事業は、もちろん胡椒貿易だけに留まりません。


あらゆる地域で、あらゆるモノやサービスが生み出され取引され、それらが各会社の事業となっています。



事業に選択肢が増えたのと同様に、投資家からの資金調達の手段も多様化しました。株式による出資だけではなく、会社自体が借り入れという形で資金調達をする手段が生まれ、さらに特殊な形の株式、特殊な借り入れが生み出され活用されています。



しかし、どんなに事業や資金調達手段が多様化しても、事業を担う能力とやる気をもつ経営者が、その事業を実現するために投資家の資金を必要とし、一方、投資家は自身の資金を事業によって増やしてくれる能力とやる気を持つ経営者を必要としているという本質は東インド会社となんら変わるところがありません。



したがって経営者や投資家の悩みというは1602年の当時とまったく変わるところはないのです。



コーポレートファイナンスは、企業活動を3つのステップで捉えています。


1. 投資家から資金を調達する

2. その資金を事業に投資する

3. 投資で得た利益を1の投資家に還元する

4. 資金が足りなければ1、足りていれば2に戻り再投資する





それでは、株式会社の特徴をまとめておきましょう。




1. 実はオランダ東インド会社とあまり変わっていない

2. 変わったところは次の通り

a. 会社が多様化した

b. 事業が多様化した

c. 資金調達手段が多様化した

3. という訳で、やっぱり投資家、事業家の悩みはあまり変わっていない



経営者の使命は、この3つの「経営のサイクル」を廻し続けながら、会社の価値を最大化するよう努力することです。では、廻し続けるには、そして、会社の価値を最大化するにはどうすればよいのでしょうか。それを考えるためには、まず会社の価値を最大化するということの意味を理解する必要があります。



さて、コーポレートファイナンスの示唆する会社の価値を最大化する方法を理解するため、企業活動を順番に見ていきましょう。

コーポレートファイナンスのイメージを掴む近道は、株式会社の成り立ちを知ることです。まずは、世界で最初の株式会社が設立される、ほんのちょっとだけ前から話を始めましょう。



時は大航海時代の時は1600年。場所はイギリス。



未知の世界インドへの探検と胡椒での一攫千金を夢見る冒険家は、技術とやる気があってもお金がありません。



一方、国王や貴族は有り余るお金を持っていますし、お金を儲けたい気持ちもあるのですが、自らが航海してインドまで行くだけの能力とやる気がありません。



そこで、始まったのが「イギリス東インド会社」でした。イギリス東インド会社は、航海ごとに出資を募り、出資し船長や乗組員を雇い、船長がその航海で海賊や嵐を乗り越え運よく胡椒を得て帰ってこられたら、「売上」を出資者で山分けして船団を解散しました。


資金を持たない冒険家と、資金はあるけれど航海に行けない投資家を「イギリス東インド会社」という組織によって恒常的に結びつけたという意味では画期的な仕組みですが、これでは航海に行くたびに出資を募らなければならず、非効率的な仕組みでした。



(1). 基本的な仕組みは次の通り

1. 資金を持つ投資家から航海の出資を募り

2. その資金で航海をして利益を生みだす

3. その売上を分配し、船団を解散。次の航海をする場合は1に戻る

(2). 会社はずっと続くが、出資、利益分配は航海単位







時は流れて1602年。日本ではちょうど桶狭間の合戦を制した徳川家康が征夷大将軍に任官され、江戸幕府の創立(1603年)を直前に迎えた頃のお話です。



現代のオランダ、当時のネーデルラント連邦共和国にてまったく新しい投資の仕組みである「株式会社」、その名も「オランダ東インド会社」が設立されたのです。




この新しい仕組みとは、(1)船団はずっと継続すること、そして、(2)出資者は、「儲け」を分配される(イギリス東インド会社では「売上」の分配でした)こと、(3)出資者は出資した以上の責任は負わなくていい(もし、航海で事故が起きたとしても、出資者はお金が返ってこないだけです。現在の言葉では、責任が出資した額に限られていることを有限責任、また倒産しても出資者には影響がないことを倒産隔離と言います)、(4)この儲けを受け取る権利は譲渡も出来るというルールが整備されました。




イギリス東インド会社と基本的な仕組みは同じですが、永続的な投資を前提とするオランダ東インド会社では、もし航海で得られた売上がすべて分配されてしまうと、次の航海のために船を修理したり、新たな人を雇ったり、航海に必要な食料などを買う資金がなくなってしまいますから、その分だけは除いた上で、「利益」が分配されます。



さらにこの「利益を受け取る権利」自体を売買する場所も作られました。それが世界初の「株式市場」、アムステルダム証券取引所です。



航海でどれほどの利益を稼ぎどれほどが分配されるのか、利益を受け取る権利を、売ってしまった方が得なのか、持ち続けた方が得なのか、あるいは買い増したほうが得なのか投資家は頭を悩ませていたに違いありません。



現代では、この「利益を受け取る権利」を「株式」と呼び、「分け前」を「配当」と呼んでいますが、仕組みの本質は1602年のオランダ東インド会社も、現在の株式会社も本質的になんら変わりません。



おそらく、当時の船長たちや投資家たちもこの新しく出来た「株式会社」という仕組みを前に、胸をわくわくさせながらも、頭をクラクラと悩ませていたに違いありません。



しかし、このような悩みを解決してくれる道具を投資家が得るには、それから約400年の時が必要でした。



その道具こそ、本ブログで学ぶコーポレートファイナンスなのです。




ここで、オランダ東インド会社の重要な特徴をまとめておきます。


1. 基本的な仕組みは次の通り

a. 資金を持つ投資家から出資を募り

b. その資金で航海をして利益を生みだす

c. その利益分配する

d. さらに資金が必要な時はa、足りていればb

2. 会社はずっと続くことが前提であるから、利益のうち投資家に分配されるのは、ずっと続けるための費用を残したもの

3. 投資家は「利益を受け取る権利=株式」を売買することが出来る。値段は、市場の需給で決められた

4. 投資家は、有限責任、かつ倒産隔離



ちなみに、日本での最初の株式会社は、坂本竜馬の海援隊(亀山社中)だという説がありますが、それ以前にも、出資と利益の分配という構造を持つ会社の設立は行われているようです。また商法という枠組みで正式に株式会社として発足した会社が現れるのは、海援隊よりもかなり後になってからであることも付け加えておきましょう。


それでは次に、現代の株式会社の仕組みをみてみましょう。

企業の目的は、株主と約束した短期の利益を達成し、株主価値を最大化すること」

「企業の目的は、永続し、長期に渡って価値を生み続けること」




この二つの主張を聞いて、皆さんはどのようにお感じになるでしょうか。

前者の目的のためには、無駄を徹底的に排除し、投資を進めていく必要があるはずです。いかにも米国流、短期志向、資本主義です。一方、後者のためには、社会に貢献する製品を創りだし、従業員を手厚く保護、育成していく必要があるでしょう。日本的、長期志向、人本主義的という印象でしょうか。



本ブログで取り上げる「コーポレートファイナンス」とは、まさに前者の論理と思われている方も多いと思います。


しかし、それは大きな誤解です。


実は、冒頭に挙げた一見矛盾する二つの会社の目的はどちらも「コーポレートファイナンス」が前提とする重要な企業の目的なのです。


企業の経営者はこの矛盾して見える2つの目的を両立し企業活動を行い、また投資家はこれらを両立した企業へと投資することが経済の健全な成長には不可欠です。



「コーポレートファイナンスは欧米流の考え方で、日本の企業経営にはそぐわない」

「株主重視で高配当を続けるような考え方は、企業を成長させない」


といった、ノー天気なことを言って許される時代は既にとっくに終わっています。



投資家が企業に投資し、企業が事業への投資を行わなければ企業は、そして経済は死んでしまいます。

日本企業では、かつて土地や絵画、証券など「事業以外への投資」を積極的に行い結果としてバブル経済とその崩壊を招きました。そしてその反動から現在では「正しい投資すら行わない」ということが、当たり前のように肯定されているように見受けられます。投資よりも貯蓄する方が良いことだと信じている経営者もいまだに少なくありません



その結果、バブル崩壊以降の約20年で何が起きたでしょう。



圧倒的な強みであったはずの製造業は欧米、アジア各国の猛烈な追い上げを受け、また科学技術の分野でも決して「ナンバーワン」とはいえない状況になりました。

気がつけば、大企業ですら従業員のリストラや給与カットが当たり前になりました。




これは、まさに「経済が死んだ状態」と言っても過言ではありません。このような状況を抜け出すには、企業や投資家が「投資」することの意味、つまり「正しい投資とは何か」を改めて考える必要があります。



そして、それこそがコーポレートファイナンスの考え方なのです



本ブログは、株式会社に企業側、投資家側として関わる人すべて、とりわけ事業会社における事業投資の判断に関わる人たちに向けて、本当の意味でコーポレートファイナンスの理屈を理解して頂くために作成しています。




本当の意味で、と強調するのは、この分野に関して日本では誤解が満ちていて、それが正しい投資の判断をゆがめているケースが少なくないためです。


#「専門家」が書いた本に如何に根本的な間違いが多いことか!頓珍漢なことを言う財務アドバイザーや、コンサルタントが如何に多いことか!こういう間違いや誤解を真に受けてしまうと、すべき投資は行われず、すべきではない投資が行われ、企業活動は歪められ、、、本当に、百害あって一利なしなのです。




本ブログの内容で間違いや、分かりづらい部分があれば、それはひとえに私の無知、無能ゆえです。ブログというメディアの特性を最大限活かし、随時そのような不備は修正していきたいと思っていますので、「おや」と思ったところはご指摘ください。




本ブログが皆様の企業活動、投資活動の一助となれば幸いです。