去る2月8日未明 祖父、この子たちにとっての曽祖父が天へと旅立ちました。88歳目前の急逝でした。


はじめまして。某自動車メーカーエンジニアの嫁、同じくエンジニアです。


祖父は宮大工一筋ウン十年の、職人堅気、頑固なひとでしたが、自慢のおじいちゃんでした。

家族も大事にし、こと、孫のわたしと3歳上の兄をかわいがってくれ、1年半前に産まれた曾孫であるこの子たちの誕生を心から喜び、成長を楽しみ、生きることを慈しんでくれました。


わたし自身、今このような生業でいられるのも、彼のおかげだと、遅ればせながら感謝の念に耐えません。


4月には、彼の影響を多大に受け、宮大工として、設計士としてひとり立ちした兄(彼が溺愛した孫息子)が、結婚し、米寿をお祝いするつもりだっただけに、惜しまれてまりません。

お別れの式には、みなかけつけ、彼がどれほど皆に愛されていたかを目の当たりにするにつけ、在りし日の元気な姿が脳裏をかすめ、涙がどれだけあっても足りないほどでした。

子どもたちも旅立ちをおりこうにお見送りしました。


人は受け入れがたい"死"に直面し、はじめて本当の意味での"生"・"性"が理解でき、そして生きることへの執着を強めるのだと思います。


落ち着かないこの哀しみの気持ちが、悲しみに変わり、慈しみに変わったとき、一段と強く生きることを意識するだろうと思います。


おじいちゃん、これまで本当にありがとう。安心してゆっくり休んでください。

あなたのDNAはしっかり受け継がれてます。蒼く澄んだ空の彼方から、わたしたちと子どもたちを

見守っていてくださいね。


またどこかで逢える日を楽しみにしています。


ありがとう。


2005年に先進国に二酸化炭素削減を義務付けた京都議定書が発行された日だそうです。



KUNZYが今読んでいる本によると、この効果も疑わしいとの事。

欧州の一部の国を除いて達成事態が危ぶまれていますが。


このまま議定書内容を続けたとして、

21世紀末に温暖化を5年だけ遅らせる程度の効果なんだそうです。


この内容は、本を全部読んだらまた紹介します。

まもなく1歳6ヶ月になろうとするわが双子達。

娘のほうは上手に相槌を打つようになりました。


ご飯を上げているときのことです。


ちなみに我家は私がご飯係です。

テーブルチェアを2つ丁度90度の角度でならべて、

私があっち向いたりこっち向いたりしながら同時にご飯を上げます。


食が進まなくなってきたとき。


「もうご飯いいの?」 「うん」


「バナナは? 食べる?」 「うん」


「そうか。 バナナわかるか?」 「うん」


「えらいな すごいな。 わかるんだ」 「うん」


ちょっと実験と思って、


「日本語なんてわからないもんな?」 「うん」


「適当にやってるんだもんな?」 「うん」


「そうか、 で、 ごはんは食べるか?」 首を振る


わからないなりに見事な返答でした...