1572年10月、武田信玄が上洛を始めた、これに反応し、「信玄なら信長を倒せるかも!」と思った反信長勢力が次々と挙兵し始めた、
「第二次信長包囲網」である、
しかし、1573年、信玄は病没、これにより、武田軍が撤退したことによって第二次信長包囲網は崩壊した、、、
これが正しい歴史であるが、もし武田が病没してなければどうなっていただろう?
まず、信長包囲網は崩壊せず、勢いを増していった、
それにより、信長は自害、信長包囲網は、反信長勢力の勝利で終わった、
これにより、織田に地位を落とされていた足利家は信長の自害により一安心、、、と、思いきや!
武田に加え、反信長勢力の者(浅井、朝倉、北条など)が挙兵してきたのだ!
この、第二次信長包囲網後の時代を、「4大勢力時代」という、
続く!