以前、深刻な不登校の児童を担任したことがありました。

教師っていうのは、自分が担任になったら、学校に来られるようにさせてみせる!
と4月は意気込んだりするものです。

それが、不登校児には辛いんだ!
という考えもありますが
担任にそのくらいの意気込みやパワーがないのもどうかと思います。
おいでよ!楽しいこと一緒にさがそうよ!


私達担任は、教室でしか、子ども達に生きる楽しさを伝えられないのですから
来てもらわないと、何も始まらない、
というのがその考えの源です。


でも、ものの本を読んでいくと
そういう強制的な感じが、余計子どもにプレッシャーを与えると書いてあるではありませんか。

そうして
いろいろ悩んでいるうちにこんなニュースと出会いました。

中学生のいじめによる自殺の事件です。

どんなことに悩み、どんな想いで登下校をしていたのだろうか。
自殺する前にできることはなかったのか!
いろいろな想像が頭をよぎりました。

と考えたとき、
ふと、死んじゃう前に、学校から逃げればよかったのに!
休めばよかったのに!
という想いが生まれてきました。


つまり、そして同時に

「不登校」という選択をしている子は、ちゃんと自分の命を自分で守っているじゃないか!

という発想が湧き出てきました。
するとなんだか、
自分のクラスの不登校の子が、愛しくてたまらなくなりました。

「辛い」と感じたとき、その場から逃げ出せずに、どんどん心病んで、鬱になってしまう大人はたくさんいます。

そんな中で、
自分で自分を守るという選択をした
みんなと違う道を自ら選んで歩もうとしている


これって、
とっても
積極的な生き方だと思いませんか。



インターネットビジネスがどんどん大きくなる昨今、家にずっといて、誰ともコミュ二ケーションを取らなくても、収入を得ることができる時代となりました。


もちろん、私は教師である以上
いつか学校に来て欲しい
と願い続けます。
だって、だって!
理由はここには書きません。

でも、
何も無理に学校に行かなくてもいいんじゃない⁈
と思うことで、少しでも心を軽くして、
それが、
その子にとって明日への活力となったらいいな、と思います。


これを読んでいる、不登校のお子さんを抱える保護者の方々

どうか、保護者の方も
ご自分を責めないでくださいね。

先生!助けて!
と泣きながら相談にいらした卒業生の保護者の方もいました。
本当に辛いことと思います。


何故辛いのかって、
お子さんを愛しているからです。
その愛があれば大丈夫。


保護者の方も
お子さんと一緒に、少しだけ休息の時間を取ってください。
今まで見えなかった発見があるかもしれません。


余計なお世話ですが
この、時間がたっぷりある期間
お子さんと一緒に家事をして、並列になって話をしてみるのはどうでしょうか。

または、親子で同じ本を読んで、その物語について話をしてみるのはどうでしょう。

どんな効果があるか分かりませんが、
中学生の娘と距離を縮めたいとき
なんか大丈夫かなぁ、と思ったとき
私が使う手段です。
面と向かって話すより、お互い本音が話せる気がします。