元ブログ記事No.30 羽生結弦選手 感動の2013年世界フィギュアフリー演技! | 君の見ている風景 〜羽生結弦選手応援ブログ〜

君の見ている風景 〜羽生結弦選手応援ブログ〜

魅了されたきっかけは2011年GPFの悲愴&ロミオ。
何年経っても変わらない羽生結弦選手のスケートに対する情熱に今も惹かれ続け、心から応援中。

いよいよ長きに渡り振り返ってきた2012〜2013シーズンの最終章、2013年ロンドンワールドフリーです


久しぶりに自分の目で見た、あの日の結弦くんとあの日の自分


大切に拾い上げてきました


残しておいて、本当に良かった...


拙い6年前の私の文章ですが、少しでも想いのカケラが伝わるなら嬉しいです





羽生選手 感動の2013年世界フィギュアフリー演技!
2013-03-17 16:50:20



言葉は必要ないって、こういうことなんですね


もう、ただただ涙です...




最終結果は4位ですが、金メダルをあげたいくらいの気迫の演技


自分でソチの枠を確保しましたね‼︎


ゆづくん立派すぎるよ


本当に本当に良かった…


ノートルダムを完成させることは叶わなかったけれど、ゆづくんの全身全霊かけて演技する姿は、これ以上ない感動を私に与えてくれました



今日もライブでは見ることが出来ず、後から動画でフリーを確認


本当は今日のフリーが来るのが、すごくすごく怖かった...


お願いだから、これ以上足の痛みが悪化しないで


ゆづくんをどうか守ってと...


冒頭の2つのクワドを降りた瞬間に、もう涙腺崩壊


痛みにこらえながら、足に負担がかかってもクワドを降りたゆづくんの姿


それだけで、私には充分だった...


なのに、ジャンプを全部決めてフリーの技術点1位なんて…


ゆづくんの凄さに、ただただ驚愕しました



後から知ったことですが、左膝だけではなく右足も痛めていたゆづくん...


それでもあれだけの演技が出来る姿、持つ全てを全力で出す姿を見せつけられたら、ライバルスケーター達もやっぱり怖い存在だって思ったでしょうね


枠取りのプレッシャー


体調万全で世界選手権に臨めなかった負い目


どんなに辛い自分との戦いだったか


フィニッシュした瞬間、崩れるようにリンクに手を着いたゆづくん


痛めた膝と足にありがとうって


リンクにもいつものように感謝して


そんなゆづくんに贈られた、観客の皆さんのスタオベ


すごく暖かくて...また涙しました


あまりに苦しかった日だけど、ソチへの道を明るく照らしだす、とても意味ある日になったと思います


ゆづくんが達成感を感じることが出来て、これ以上嬉しいことはありません




ゆづくんのノートルダムを舞う姿、いつもよりも何十倍、何百倍も大きく見えたよ


18歳なんて思えないくらい、男らしかった


どこまでみんなを泣かせるんでしょうね…
いくら泣いても足らない…


きっとこれからも一緒に笑って、一緒に泣いて


ゆづくんを応援する以上、心配がいくつあっても足らないのは覚悟の上


望むところです


ゆづくん、本当にお疲れ様


ソチへとはばたくその羽を、しっかり休めていたわってあげてね



試合が終わってもまだ胸が苦しいです… 


この痛みは前にも経験したことのある痛み


スケアメの時の痛みと同じ



またゆづくんに恋しました











FS動画





元記事は消えているので、保存していた記事を貼ります


読売新聞より

【フィギュア】羽生4位、大輔6位もソチ五輪枠「3」確保

 羽生結弦「とにかく気合だった。どれだけ膝、足首が痛かろうが、最後に倒れてもいいからやり切ろうと思った。達成感はすごくある。練習って大事なんだなと思った」

 ブライアン・オーサー・コーチ「(羽生)結弦を誇りに思う。左膝痛で苦しんでいたが、練習は裏切らないと伝えて送り出した。(不安だった)4回転サルコーへの挑戦は賭けだった」




報知新聞より

【フィギュア】羽生「やりきった」4位!2大会連続の3枠確保

 今季から指導するブライアン・オーサー・コーチは「練習は裏切らないと伝えて送り出した。誇りに思う」と目を細めた。

 2位となった2月の四大陸選手権後にインフルエンザに感染し、高熱で10日間も寝込んだ。練習再開後は左ひざを痛めて7日間休養。6日から練習に戻ったが「痛くて1時間も練習できない日もあった。4回転もほとんど跳べなかった」と明かした。さらに、この日朝の公式練習では1年前に故障した右足首痛が再発。「満身創痍(そうい)だった」が、足の感覚を戻すために痛み止めを減らしてリンクに立った。

 五輪の枠取りには貢献したが、「体力がない」と課題を痛感した。3歳からぜん息があり、今も毎日朝晩と薬を服用。この時期は、花粉症も重なって極端に体力が落ちるという。神経が繊細なため寝付きが悪い日もあり、食も細い。優勝したチャンのような安定感のある滑りを理想に掲げ、「五輪に向けて一から体作りしたい」と鍛え直す。




ニッカンより

羽生死守 日本ソチ3枠/フィギュア

 痛み止めの注射を打ち、薬も服用。指圧師が寝ずの治療をしてくれたが、回復具合は30~40%。追い打ちをかけるように、朝の練習で右足首も捻挫…。この半月まともに練習できず体力の不安もあるなか、「痛みよりも感覚を取りました」。痛み止めの量を抑え、激痛にむしばまれていた。

 演技後、思った。

 羽生 1年間やってきたことは1カ月くらいじゃなくならないんだな。

 故郷仙台を離れ、10年バンクーバー五輪金メダルの金妍児を育てたオーサー・コーチに師事するため、カナダのトロントに渡ったのは昨年5月だった。
 アパートで母と2人暮らし。地下鉄を乗り継ぎ練習場へ通う日々は戸惑いもあった。幼少期からぜんそくを抱える。ハウスダストなど呼吸器への影響を避けるマスクは日本では欠かせなかった。だが、カナダでは文化がなく「変な人に見られる」。冷たい視線も浴びた。通学は出来ず、通信教育。休みでも遠出はせず、練習と勉強に没頭した。悩めば、帰宅後も「家族会議」で母と映像を見て改善点を探した。時は過ぎていま、第2の故郷で積んだ1年間は、裏切らなかった。





こうして振り返ってみるほど、結弦くんの精神力、アスリートとしての資質の高さに驚かされます...


ワールド前に結弦くんを襲ったインフルエンザ、その焦りは足の怪我を招いてしまった


それでも、その自分に負けまいと


何としても自分の手で、ソチの三枠を持ち帰ると


その責任感、闘争心...


そういう姿に何度も出会うたび、この人を応援しなければと


もう、この人以上に応援出来る人はいないんだと思い知らされます


結弦くんの足の状態も、枠がかかっていることも知っているから、この時の演技が始まる前の声援がとっても温かくて、大きくて...


それにもまた私は涙して...


結弦くんもきっと嬉しかったと思います


そして、オーサーコーチの「練習は裏切らない」という言葉が、どれほど結弦くんの心を根底から支えていたか


1番側で結弦くんを見守り、信じてくれた人


その人の心と、結弦くん自身が育んできた自分が積み上げてきたものへの信じる心が、大事な三枠への原動力に繋がっていった


そして、5年後の平昌でも...


オーサーコーチの魔法の言葉を思い出したに違いありません


動画で結弦くんがリンクに膝をついた瞬間に零れ落ちた自分の涙を、きっと一生私は忘れないと思います



そしてこの時はまだ、私は結弦くんに恋をしていました


この瞬間にまたその気持ちが強くなって...


この後しばらくその状態が何年か続いて、ブログにもその想いをちょくちょく書いていましたね


今は結弦くんのことはアスリートとして応援しています


ブログに書くのも、結弦くんを応援する気持ちだけ


そう思うようになるまで、長く年月がかかりました


そう自分の気持ちが変わっていったのも、結弦くんのスケートに対する真っ直ぐな生き方がそこにあったから   


結弦くんが、私の応援への意識を変えました


今ここにある結弦くんが変えてくれた気持ちが、私が1番大事にしたい気持ちです


このことは書き始めると長くなってしまいそうなので、お時間のある時にでもまたお話ししたいと思います




この記事で2012〜2013シーズンの振り返りは終了です


お読み下さった皆様、お疲れ様でしたw
お付き合い下さって本当にありがとうございました(*´꒳`*)


この後はこのシーズンのまとめの感想の記事を書けたらいいなと思っています


そしてその後は、2013〜2014のソチシーズンなんですけど...
みなさん需要...ありますかね??w


でもやっぱり思い入れのある記事がここにないのは寂しいから、少しづつ戻していけたらと思います


過去の結弦くんと過去の自分が、大事な何かを教えてくれているような気がしているので、現在の記事と平行しながら少し続けてみようと思います



よろしければまたご覧下さいね


















今日もご覧下さってありがとうございました









ランキングに参加させていただいています!