俳優養成所明治座アカデミーに入所したのが、18歳。殺陣の講師として、菅原俊夫さんとお会いしました。

 養成所卒業後、明治座初舞台の殺陣師が菅原さん。 ほぼ毎年菅原さんがいらっしゃる現場にご一緒させていただきました。

 アカデミー卒業生として可愛がっていただき、お側にいさせていただきました。

 明治座で「瞼の母」で主役をやらせていただいた際に殺陣をつけて下さったり、夫婦で京都までご挨拶に伺わせていただいたり、想い出は尽きません。 


菅原さんに認めてもらう。


僕の役者としての目標でした。 

現場にいらっしゃれば、ピリッと緊張感が生まれ、座長や演出家が菅原さんに決定権を委ねる場面もあるほど、信頼され、信用された方でした。


最後にお電話したのは、僕が役者業を辞めたご報告をさせていただいた時です。


本当にありがとうございました。御冥福をお祈りいたします。


お亡くなりになったことにより、菅原さんに関する様々な記事がでております。


昭和・平成の名時代劇を手がけた殺陣師「菅原俊夫」さん 人生を変えた「美空ひばり」の一言(デイリー新潮) https://news.yahoo.co.jp/articles/3678385c8376abf2624ca2f432445baaf0a560bb昭和・平成の名時代劇を手がけた殺陣師「菅原俊夫」さん 人生を変えた「美空ひばり」の一言(デイリー新潮) https://news.yahoo.co.jp/articles/3678385c8376abf2624ca2f432445baaf0a560bb


この記事は菅原さんの生涯、仕事感の一部を書いてあります。

役者全員これを読め