【芸能移籍トラブル】タレントの芸名使用は禁止される?ロマンスの神様はもう歌えない? | 弁護士 河西邦剛のブログ

弁護士 河西邦剛のブログ

日々の弁護士業務から趣味や司法試験受験時代の思出まで幅広い話題に触れていきたいと思います

 広瀬香美さんの所属していた事務所が各メディアに対してFAXを送ったという報道がなされています

 

・『広瀬香美』の芸名を使用した芸能活動の一切の禁止を求める

・加担した第三者に対しても損害賠償請求の対象とする

 

 FAXにはこのようなことが記載されていたようですが芸能事務所の請求が認められるのか検討してみたいと思います

 

 

■ 芸名権とは?

 芸能事務所とタレントとの契約書には「芸名についての権利は芸能事務所がもつこととする」という規定がある場合が過半数です(全体の6~7割であり、残りの4~3割は規定がそもそもない)

 私が今まで見てきた契約書の半数以上にはこのような規定があり「契約終了後は、本人も第三者(移籍先芸能事務所)も芸名について使用することができない」と規定されています

 このように芸名についての権利はあくまで契約書で定められた権利であり、所有権のように法律上明確に規定された権利ではありません

 

■ 芸名差止、損害賠償請求は認められる?

 それでは、芸能事務所が広瀬香美さんに芸名の差止や損害賠償を求め訴訟提起をした場合、この請求は認められるのでしょうか?(なお、芸名の差止を求める場合、通常は仮処分という手続きを用いますが便宜上訴訟提起された場合を想定します)

 

■ 加勢大周さんの裁判では?

 かつて芸能事務所が芸名の差止を求めた訴訟として加勢大周さんの裁判があります(東京地裁 平成3年(ワ)第10522号)

 この裁判の第一審では、事務所側の請求が認められ、タレントは加勢大周という芸名を使用して芸能活動を提供することができないと判断されました

 

■ 広瀬香美さんも芸名使用できないのか?

 それでは広瀬さんの場合も芸名の継続使用ができないのでしょうか?

 結論としては、芸能事務所の差止請求が認められる可能性はかなり低いといえます

 まず、加勢大周さんの裁判の第一審では、芸能事務所を権利者として芸名について商標登録されていると認定(あくまで裁判上の認定されているということ)されており、商標出願がされていない本件とは異なります。なお、第二審においては事務所の請求が棄却されており第一審と逆の判決になっています

 

 また、タレントの芸名の継続使用が話題になる昨今の時代背景もあり、独占禁止法を所管する公正取引委員会が芸能契約と独占禁止法についての適用関係について見解を示す報告書が公開されました

 そして、公取委の報告書には芸名について事務所が独占し、それを根拠にタレントの移籍や活動を制限することは独占禁止法に抵触する旨が規定されています

 

 そすると、結局、契約書に芸名は芸能事務所が持つとされていたとしても、契約書の規定が無効と判断される可能性があることになります

 

■ 事務所の請求が独禁法違反になりうる!?

 タレントに対して優位である芸能事務所がタレントに対して芸名の継続使用を求め、それを根拠に移籍を制限することや芸能活動を制限させる行為は独占禁止法の規制する優越的地位濫用行為に該当する可能性があります

 

 優越的地位濫用に該当すると判断された場合には課徴金支払の対象となり、また公正取引委員会の立入り調査を受ける可能さえあるとえいます。

 

■ 事務所はこれから商標出願できるのか?

 それでは、芸能事務所がこれから「広瀬香美」という芸名を商標出願した場合はどうでしょうか?

 そもそも商標出願されてから登録されるまでは数か月かかるのですが、登録前でも特許庁のJ-PLATというウェブサイトで出願中の商標を確認することがでいます

 

 J-PLATで検索すると広瀬香美は出願されていないようです

 

 もっとも、今後、芸能事務所が出願しても登録されない可能性が高いといえます

 確かに商標法4条1項8号ただし書には、許諾を得ている場合には第三者である事務所も登録できる旨が規定されています

 しかし、タレントの芸名についてトラブルが増える昨今の時代背景もあり、最近の特許庁の運用としては、出願後に改めてタレントの承諾を明記した書面を提出するよう求める傾向にありますので、契約時の契約書に「事務所が芸名を商標出願できる」と明記されていたとしても登録されない可能性が高いといえます

 

■ 商標登録されたら広瀬さんは使えない?

 そんなことはなく、従前から広瀬さんが芸名を使用いていることは有名な事実ですから先使用権(商標法32条)が認められ、芸能事務所の許可なく無償使用が可能となります

 

■ 事務所は第三者に対しても損害賠償を示唆しているが

 

事務所のFAXには

「今後、「広瀬香美」の芸名を使用した芸能活動を行った場合は、これに加担した第三者に対しても、損害賠償請求の対象」とする旨記載されています

 

 事務所が、このような表現を用いて移籍制限をしているといえる場合には、このような行為も独占禁止法の規制する不公正取引(一般制定14号等)に該当する可能性があるといえます

 

■ ロマンスの神様はもう歌えない?

 事務所とのトラブルになってしまい「もう広瀬さんは代表曲であるロマンスの神様について歌えないのかな?」と思われるかもしれませんが、そんなことは一切ありません

 

ロマンスの神様という楽曲については

①歌詞の著作権

②曲の著作権

 

が発生するのですがJASRACのウェブサイトで検索すると、①②の著作権は日音という音楽出版社に譲渡されており、日音からJASRACに信託されています。

 なので、芸能事務所は詞と曲について何らの権利を有しておらず、そもそも「歌うな!」と請求する根拠がありません

 

 よって広瀬さんが歌番組で歌うこともコンサートで歌うことも、一般の方がカラオケで歌うことも問題なく可能です

 

■ 印税はどうなる?

 著作権使用料である印税はJASRACから日音、日音から広瀬さんの口座に振込まれることになります

 なお、これはあくまで一般論ですが、印税の入金先の銀行口座の通帳や印鑑、キャッシュカードを事務所が預かり、著作権印税を事務所が管理しているケースがあります。仮に事務所が返還しない場合には刑事上・民事上重大な法的問題に発展する可能性があります

 

■ 店頭のCDはどうなる?

 ロマンスの神様が収録されたCDはどうなるのでしょうか?

 CDについてはいわゆる原盤権という著作隣接権が発生するのですが、原盤権はレコード会社がもつことになります。なので、芸能事務所が販売の差止を請求できるわけではありません。

 もっとも、トラブルに巻き込まれることを懸念した、レコード会社や販売を自主的に中止することはあるかもしれません。

 

■ 広瀬さんは今までとおり芸能活動できる!?

 法的には何らの規制なく芸能活動が継続できることなる可能性が高いとえます。

 もっとも、トラブルに巻き込まれることを懸念したテレビ局や様々なメディアが広瀬さんへのオファーを自粛するということはあるかもしれません。

 これはいわゆる忖度の問題となりますが、これは法律論ではなく、業界の慣習的なものなってくることになります。