小学校4年生と2年生の孫(男子)は2人とも

宿題をやらない。

お知らせのプリントもまともに持って帰って来て

母親にみせることもない。


娘はいつもそんな子達に怒っているプンプン


悪い点数のテストは2段ベッドと壁の隙間に捨てていた。

ある日 ベッドの下のゴミを拾ったら、

芋蔓式に、お菓子の包み紙と一緒に

束になって、❌だらけのテストが出てきたびっくり


時々、学校の先生からも電話がくる。


提出期限が過ぎたお知らせの事、

友達との喧嘩の事…。


娘はいつも頭を抱えている💦


私自身が子育て中の時は、

子供達を勉強の事で叱った事はあまりなかった。


娘は本が好きだったので、

読み書きもそこまで苦労せず

自然に覚えていたようだ。


孫達は小学校低学年で既に

高額なゲーム機を買ってもらい、

YouTubeで動画を観ている。


本を買い与えても、目を通すのは最初だけ。

興味があるものにしか熱中しない。


算数の宿題など、じっくり向き合ってやらせると、

理解は出来るのだが、

ゲームやテレビを早くみたくて

殆ど集中しない😩


どうしたものか…😓



母のエッセイより  〜麦踏〜


私が小学校三.四年生の頃、まだ寒い三月初め、母や姉と一緒に麦踏に行った。

麦が四〜五センチ伸びたところで、藁草履を履いて

その青い葉を畝から畝へと優しく踏んで根元の土をしっかり固めていく。

丈夫な麦を作る為である。

朝早くまだ寒さが残る時なので、皆チャンチャンコ(綿入れ)、ねじ(綿入れの筒袖の羽織)で身を纏ったものである。


  〜小学校の思い出〜


四年生のときに、大東亜戦争が始まった。

そして、教育勅語の他にもう一つ

長い勅語「太平洋戦争開戦の詔勅」ができた。

″天祐を保有し、万世一系の皇祚を践める大日本帝国天皇は…″     と、毎月曜日、奉安殿より取り出して、校長先生の前で、長い長い勅語を読み上げるのである。朝は八時、照りつける日差しを受けて、その長時間に毎回 日射病で倒れる生徒がいた。