こんにちは。ブログの最後に書いた記事からもう8年近く経っているようなので、誰かが気づくこともないかもしれません。このサイトの存在を知ったうえに本人のアカウントで入れてしまったので、遅くなりましたがご報告をさせていただきたいと思います。
私はこのアカウントで活動をしていた者ではありません。私は記事に度々登場していた(らしい)娘です。
母は2021年の夏頃に亡くなりました。心筋性アミロイドーシスという難病であったと診断されましたが、症例が極めて少なく治療は難しかったようです。最後に病室であった日には、一部の皮膚の色も変色し、足を切断しなければならないというお話もお医者様からされていました。気丈に振る舞っていましたが、母自身はもう悟っていたのかもしれません。その日の深夜に容態が急変し、帰らぬ人に…。
当時高校2年生であった私は、大学入試も見据える時期に入り、将来のことに向き合っていた矢先に心の拠り所を失ってしまいました。女手一つでずっと私のことを育ててくれたお母さん。恩返しもたくさんしたかったのにどうして。悲しみと理不尽への憤りと何もできない自分への情けなさで、私は精神がぐちゃぐちゃになってしまいました。父方に連絡を取って暫くそちらで過ごしたりしましたが、まともに学校にすら行けなくなってしまい、まわりの人に心配や迷惑をかけるばかり。今でも適応障害と戦う日々で、もうあの頃には戻れないんだという悲しみは薄れることがありません。
母はほんとうに素敵な人でした。いつも不真面目な私のことを叱ってくれ、仕事やら祖父母の介護やらで忙しかったはずなのに毎日家事もやって、私の学校生活のことも気にかけてくれました。年齢を全く感じさせない活力が母にはありました。成人した姿を見せて、喜ばせたかった。一緒にお酒なんか飲んじゃったりして、あの時はどうだったのと思い出を語り合いたかったな。
母の死から数年が経って、ふと母がブログのようなものを書いていたことを思い出し、記憶を頼りにここまでたどり着きました。他にもたぶんサイトがあったんだろうけど自力で見つけられたのはここだけです。母がいつもどんな気持ちで生きていたのか、当時何を思っていたのか。ずっと気になっていたことが少しだけ、綴られていた記事でわかったような気がして涙が出てきてしまいました。
ネットで母と関わってくださった皆様。温かい言葉で支えてくださった皆様。ほんとうにありがとうございました。これ以上、私の気持ちばかり書き連ねても母の積み上げてきたものを踏みにじってしまうような気がするので、これで最後にします。どうか、皆様が幸せな日々を送れますよう、祈っています。
















寝たの4時半過ぎていたのね・・・ ちゃんと7時に起きて仕事行きましたw