明けましておめでとうございます。

 

ブログの更新は滞っていますが...ピグでは9回目の年越しとなりました。

いつも楽しく遊んでくれて、ありがとう。今年もよろしくお願いします。

 

年末年始も娘と2人旅。行先は関西方面です。

 

交通手段をいろいろ検討しましたが、丸3日間たっぷり遊べ、経済的な節約も出来るため、私の車で行く事にしました。

 

29日の夕方から2時間ほど仮眠して、お風呂に入ってから、23時ころ出発。

夜間の高速道路は、スピード怖いのと、変わらぬ景色が眠気を誘うので却下。下道のみで移動です。

 

娘は後部座席に布団を敷いて、爆睡。(笑)

私は、途中仮眠して、朝8時には奈良公園に到着しました。

 

春日大社近くで鹿せんべいを買ったところ、鹿の大群(20頭ほど)に襲われ、娘はバッグから学校の宿題プリントを引きずり出され、食べられようとしたところを、側にいたおじさまが取り返してくれました。あせる

襲われ号泣してた男の子もいたw 朝の鹿は空腹で危険ですね汗

 

春日大社・東大寺・興福寺を歩き回り、平等院へと車移動。

娘は10円玉と見比べてましたw   参道で茶そばいただきました。

 

伏見稲荷は無料駐車場が閉鎖中で、近隣の駐車場も満車ダウン

なので諦めて、一気に嵐山まで移動。嵐山駅の抹茶ソフト音譜

 

竹林散策の間に日も暮れ、ほのかに明かりの灯る渡月橋を往復しました。

嵐山近くに宿泊。500㎞以上運転して、19000歩歩いた1日終了。

 

 

2日目。まずは、朝の金閣寺へ。

やっぱり美しいですね・・・見とれてしまいます。

 

祇園近くに車を停め、花見小路・高台寺・二年坂・三年坂から清水寺へ。

50年に一度の大改修中と情報があったので、今回はコースから外そうかと思いましたが、逆に改修中を見れるのは今しかないと、娘と同意見になり参拝。

足場もみんな木組みされていて、この高さでこの足場で作業している、宮大工さんたちには関心するばかり。

 

ピグでもお馴染みの音羽の滝では、全部のお水を飲んでる方が・・・欲深いとみなされ、ご利益無くなる事を知らない様子でした。汗

 

そのまま徒歩で、三十三間堂へ。千手観音坐像と千体千手観音立像は圧巻。ですが、娘は足の疲れと、仏像の数多さに早く帰りたい様子でしたw

 

2日目の宿泊は新大阪です。

宿泊先での、クイズやビンゴゲーム、五重奏のコンサート、年越しそばの振る舞いのあと、クラッカーを渡されてのカウントダウンなどイベントで、楽しい年越しを迎えることが出来ました。

 

 

3日目は6時起きで、USJへ。

 

元旦ですが、USJはまだクリスマスイベント中。

場内は、装飾や曲、パレードもクリスマス、大きなツリー・・・

数時間で「もう今日はクリスマスなんじゃないか」と錯覚するようになってましたw

 

朝のホグワーツ城

 

日が暮れるとこんな感じに・・・ 朝・夕、2回も行ったw

お借りしたプロジェクションマッピング動画です。

 

私も娘も、ハリーポッター全作品を本でも2回は読んだし、映画も観ているので、感動の連続。(バタービールは甘すぎて、娘に任せましたw)

 

アトラクションやショーなど、7種類くらい楽しんで、お土産も買って、19時ころUSJを後にしました。

 

奈良の日帰り温泉で、1日の疲れと、冷えた体を温めましたが、さすがにUSJで1日歩いたり立って過ごした後なので、途中眠気に何度も襲われ仮眠を3回ほどとりながら、2日の10時ころ帰宅。5夜3日の旅は無事終了しました。

 

明日は仕事始め。気持ちを切り替えていかないとね。

 

昨日娘といつもの神社へ初詣し、おみくじを引くと、「中吉:大勢の人のまとめ役を担う立場。突っ走るのではなく、足元を見直し目的を明確化する。公私混同・情実にとらわれなければ、必ず成功を手にすることができる。」とありました。

 

多職種のまとめ役をしつつ、利用者様やご家族に満足していただける様に努めて参りたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピグを始めた時は幼稚園年中さんだった娘も、この春から中学生

 

入学後の実力テストは4教科90点以上ですが、課題提出が出来ていなくて、担任から「内申書にはペーパーより大事なものがある」と、家庭訪問で指導されました汗

 

今月を振り返って・・・

 

卒業旅行は娘の希望で横浜二人旅へ

イベント開催中で、どこも植物で彩られていました

 

 

 

中華街でお腹いっぱいになった後は娘の希望で観覧車ですが、

高所恐怖症の私・・・

綺麗な夜景と怖さとの間で、高い処ではシートにも座れず、足元に膝を抱えて座り込み、娘になだめられて耐えました汗

なので、乗車中は写真も撮れず降りてからの撮影

 

母と娘と桜の名所巡りもしました。

畑の中の塚に聳える1本桜

曇天に急に日が射して来た処です

 

車で移動して樹齢2000年以上の桜の元へ

幹の状態が年月を感じさせられます

餅粒入り桜ソフトクリーム美味しかったです♡

 

立地が悪い観光地の中、腰が曲がり杖歩行の母に対して、行き交う方々が「慌てなくていいですよ」「ゆっくりどうぞ」と声をかけてくださり、思い遣りに感謝する機会でもありました。

 

 

 

今の仕事3年目となりました。

介護が必要な本人ご家族を、30世帯担当しています。

 

各々関わる病院、市や社協、利用する通所リハやデイサービス、訪問看護、ヘルパー、訪問リハビリ、訪問入浴等々

 

私が意見を照会し、課題を分析してプランを立て、会議で検討して承認を得て、介護保険のサービスが動いていきます。

 

難しいケースもありますが、躊躇なく相談できたり、守ってくれる上司やチームに支えられてます。


世間一般の皆様はお盆休暇中でしょうか?

私は今、交通事故で両足の股間骨折他たくさん骨折した、認知症で病院中徘徊してしまう方の退院後の生活をどうしようかと、市や入院病院や通う通所介護施設とのやり取りや・・・

腰の骨折と認知症の母親を介護する、50代の息子さんが10日午後、脳梗塞で入院し、息子さん右半身全く麻痺で(右腕右足動かせなくて感覚もない)、退院後車椅子生活となる予想なので、本人様(おばあちゃん)の受け入れ先探しです。

今はショートステイで緊急対応して受け入れていただいていますが、今後在宅介護は難しいかも・・・ 本人様が在宅を望むなら、その意向を叶えてあげたいと思うけれども、そのご家族の仕事や家庭に対する負担を考慮すると、ご家族の意向が優先となってしまう葛藤もあります。

その他にも家財を火事で全部消失した認知症の方の、サービス付き高齢者住宅の、新規受け入れ準備もしています。

土曜日は母や娘と一緒に、私の大好きだった3年前に亡くなったおばあちゃんの、お墓参りとご焼香しに叔母の家に行き、日曜日は娘の夏休みの思い出に、運転を計5時間して、静岡の水族館や温泉施設でゆったりと過ごしました。

先週も今週も、土日祝日以外はお仕事です。

介護で困って「すがれるのはふわりさんしかいない」と頼ってくれている方々に、「お盆休暇中で対応できるのは17日以降になります」とは言えません。

仕事もしつつ、明日の夜は近隣で花火大会があるので、仕事帰りに娘連れて、行こうと思っています。


昨年の花火大会。

芝生に寝転がって、頭上の花火を見知らぬ隣の方と共有し、一緒に歓声を上げました。

お隣の女性は私よりも年配で、お一人で花火を楽しまれにいらしてました。

「この花火は〇〇よね?」

「風が強くなって来ましたね」

などの会話を楽しんで、21時でお祭りは終了
「楽しかったありがとう」とお互いに挨拶してのお別れ。

明日も花火とそんな出会いがあることを、楽しみに・・・


*昨夜記事をアップした時に、だいぶ酔っていたようで、タイトル入れずに投稿したみたいです。寝たの4時半過ぎていたのね・・・ ちゃんと7時に起きて仕事行きましたw










金曜日は職場の歓送迎会でした。

人事異動が多くて、お世話になった方が去ることが淋しく、配属された方々の不安とか志とか聞いて、去年は私が迎えられる側で、スピーチで「血液型は?」とか「彼氏はいますか?」とかの質問責めにあった事を思い出しましたw

新しい職種に就いて1年。

肉体的には断然楽になったけれど、介護が必要になった本人・家族や、関わるサービス事業者や行政や医療機関とのやり取りと、PCでの膨大な記録に追われて、1か月が足りないと思いつつ、1年経ってしまったという感じかな。w

今の職場は、働きやすく、家庭の事情も考慮していただけるし、人間関係が良いのです。

実家への支援がこれ以上必要になれば、今の仕事は辞めて、日中両親・弟の介護・支援しつつ、夜間の仕事に就くことになるのかもしれません。

色々な方法について日々検討してますが、先を見つつ、・・・

今やる事を、先延ばしにせずにこなさないとねw









今日は職員健診で20年以上ぶりに胃カメラを呑んだの。

自分の所属する病院の健診だから、顔見知りで、ファイバーが上手だと評判のDr.だったけど、吐き気は我慢できなくて辛かったよー

胃も十二指腸も問題ないって言われて、アル中気味の私としては一安心だったのだけどねw

前に胃カメラ検査したのは結婚前の22歳の時。

子宮外妊娠で、卵管破裂してショック状態(血液の3分の2が内臓にあふれてた)で緊急開腹手術をして・・・

「今夜が峠です」とのことで、私の身内や元夫の両親も呼ばれ初顔合わせの日だったの。

その夜に、元夫は友人とスナックで飲みながら(術後面会したし状況は把握していた)、虎〇竜の「ロード」を私を想って熱唱してたんだって・・・急死した彼女を想う歌だよね

私はこのままお腹からカテーテルで抜いてる出血が止まらないと死んじゃうんだ・・・って恐怖と
気づかないまま子供を失った悲しみで・・・眠れず過ごした夜だったのにね。

生死の峠を越えた翌日、元夫が来て、そのカラオケの報告と一緒に「俺は数年前に原因不明で40度超える熱が数日続いて子種がない身体だと思っていたのに、そうじゃないと分かって安心した」と言ったの。

そして子供は失っても、妊娠の事実が両家や職場に明らかになった以上、「このまま仕事を辞めて結婚しろ」と言われた。

「仕事は続けたい」と言っても納得してもらえず病床で責められたんだった。

強烈な胃の痛みと吐き気で、すぐ胃カメラ検査され、先生の腕を抑えるほどつらくて、真っ赤なびらんが3つ確認されて、ストレスが原因と診断された・・・

記憶力が良すぎると数十年前の動画も再生できちゃうから困る。

こんなきっかけで誘発されちゃうなんてね・・・

頭の中の消しゴムがあったらいいのに





























表出しない様に

澱を揺さぶらない様に





新しい職場、新しい職種。

3カ月が経ちました。

会議・研修・訪問のスケジュールに追われあっという間です。

上司や同僚にとても恵まれた環境で、本当にみんな志が高く、理知に深く、それなのにそれを分け与える事に時間を惜しまず、丁寧に教えてもらえます。

仕事内容は、法令に縛られ振り回されている感じで、資格を取るための勉強すべてが、現場で必要な知識の一部だったのだなと、参考書をひっくり返すたびに再認識してます。

うちの事業所は、医療関係からの信頼が高く、他の病院からも依頼が来ます。

半年前まで普通に生活していた60代の父親が脳梗塞で失語症(言葉が発せない)、食べ物が飲み込めず胃ろう(胃に穴をあけそこから栄養注入)、心臓には装置が埋め込まれた状態で、退院となるので、後の事をお願いします・・・

そんな依頼を受けて、自宅へ戻ってからの生活を、本人の状況、家屋の状況、家族の状況などの情報を集めて、課題分析して必要なサービスを抽出してそれぞれ手配していきます。

ご家族はその状態で、どう介護していいのか、今後の生活がどうなってしまうのか不安で一杯なので、受け入れ出来るよう相談援助も行います。

退院カンファレンスでは、本人・家族に加え、入院病院のソーシャルワーカー・病棟師長・理学療法士・作業療法士・言語聴覚士からの入院中の情報提供を受け、私が依頼した、訪問看護所長・通所リハビリ師長・福祉用具相談員が質疑応答し、私の立てたプランに沿ってそれぞれの役割等のサービスを確認して行きます。

自宅で使うベッドやお風呂の椅子から始まり、通う施設での服薬や入浴時の注意点、胃ろうの固定水の用意はどこがするのか?まで、話し合われます。

進行は途中まで入院病院側で、途中から私が引継ます。

退院して半年ぶりの家での生活に戻り、本人・ご家族共に私が計画したプランで順調に日々が過ごせている事を確認して一安心。

そんなケースを6月に2件受け持ちました。

でも同時に、順調に在宅生活だった人が、消化管出血で入院して20日後の退院では歩行困難になっていて、病院との連携やプラン変更やサービス調整等もありました。

そして6月後半には担当していた方お2人が他界されました・・・

前のブログで転院した方もその一人です。

病棟で関わるスタッフの方がそういう経験は多いのだろうけど、自宅へ訪問してその人の生き様や身の回りの物を見て聞いて関わる側の私は、うまく気持ちの切り替えが出来無かったりします。

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
     沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす
奢れる者も久しからず ただ春の夜の夢の如し
     猛き人もついには滅びぬ ひとえに風の前の塵に同じ

この仕事をしていると浮かんで来るフレーズ。

私が関わった時点では奢れる者でも猛き人でも有りませんでしたが、盛者であった頃のお話を聴く機会が多々あります。

こんな俯瞰の視点は、退けるべきか、奥に潜めるべきか。

でももう今月もまた別の病院を退院する方含め新規で3名の方(そのご家族)が困っていて、その担当を私が任されたので明日から動きます。








新規でまだ介護認定がおりていないけど、市から相談があった方の担当を、受ける事になりました。

前立腺癌が骨転移してるおじいちゃんで、認知もあり、急にレベルが落ちて自宅で寝たきり状態になったとの事。

6日にその電話があり、8日に訪問、福祉用具を手配して9日に2モーターのベッドと車椅子搬入立会。

通所介護と短期入所の施設担当者への利用依頼と調整をして15日(水)に担当者会議を開く事になりました。

それに当たっての注意事項などを確認したくて、主治医のクリニックに連絡したところ、Dr.が直接お話してくれる事になり、今日の仕事帰りに訪問しました。

癌がかなり進行していていつどうなってもおかしくない状態。

そこのクリニックは入院設備が無く、提携してる病院は利用者宅からかなり遠く、すでに治療手段は無く、緩和ケアしか出来ない状態。

それで、私の所属してる病院で、医療の方も受けてもらえないか?と

紹介状もすぐ用意するので、お願いします・・・と、Dr.の方から頭を下げられてしまって、「上の者と相談してみます」とお返事して失礼しましたが、その際にもまた「よろしくお願いします」と言われ・・・

こちらの方が「お忙しい所すみません、お願いします」の立場で、面倒だなと思われる事を想定して緊張して訪問したのですが、想定外の流れでした。

が・・・

担当した方の余命がいくらも無い事は確実なわけで・・・

奥さんを30年前に無くして
自転車で定年後も仕事に通っていて
毎日近くの温泉に行くのを楽しみにしていて
難病を抱えた長男のお嫁さんに配慮して
私の声かけにもユーモアたっぷりに返してくれる
4月3日までは手押し車で外も歩けたが、今はほとんど寝たきり状態になってしまった

この方は今何を求めているのだろう?ご家族は?

その為に必要な事を話し合う会議を明日開いて、本人・家族、通所施設、短期入所施設、福祉用具、それらの担当が集まって、相談していただきます。

明日の会議の各サービス代表は男性が3名ですが、みなさん専門性に長けてて温和な方なので、私も色々学ばせていただいて、自分が何をすればいいのかを探っていきたいと思います。








早く寝なくては・・・と思いつつ、仕事の事が頭から離れなくて、書いて整理してます




新しい仕事に就き、3日間勤務しました。


介護は肉体労働でしたが、ケアマネは対人交渉力・判断力・情報収集メインで、残り半分はPCでの記録力が問われる感じです。

初日はセンター長に案内されながら、病院の外来や各階病棟、併設福祉施設等20箇所程で、Dr.・師長・主任等に挨拶しました。

Dr.だけでも非常勤合わせて20名程、師長・主任・リーダー等関わって行く可能性の高い職員が数十名、事業所内では「○○先生が」「△△師長が」等の会話が頻繁に聞かれ、理解するには早く名前も覚えなくてはと思います。

挨拶回り中に「増員?よかった~これでまたお願いできますね!」と何度か言われ、市役所での挨拶でも同様の反応でした。

面接で「対応しきれず依頼を断っている」と聞きましたが、人気と信頼ある事業所に勤めた実感と、期待に応えなければとのプレッシャーも感じます。

その初日、新規の依頼があり先輩にサポートしてもらう形で担当を任され、翌日訪問して契約とアセスメントを行う手配をしました。

帰宅後は家事をしつつ、翌日の新規契約の流れとか、重要事項の説明内容等を頭に叩き込みながら、就寝。

2日目は持参する書類を用意して、新規利用者居住の老人ホームへ訪問、本人と施設の係長と担当と介護員さんを前に、契約を進めて行くのですが、途中で先輩ケアマネに助けていただきました。

訪問帰りに市役所へ契約書類を提出し、今度は利用を希望する通所施設へお願い出来るか確認に行き、事業所に戻り昼食。

午後は聞き取り内容を、様々な形式の書類に入力し、健康状態や出来る事出来ない事から、課題を浮き上がらせ、総合的な支援方法を導き出す作業の途中で2日目は終了。

3日目は、出来た書類を主任に確認してもらい、何カ所か訂正はあるが「とてもよく出来ていると思います」と評価され心底ホッとしました。

それもつかの間、通所を打診した施設から受入れ可能の連絡が入り、早々私主催で「サービス担当者会議」を開く事になり、各人に都合調整の電話連絡。

午後は、退院して自宅へ戻る男性を受け持つ先輩の会議に同行しました。

ここで看護医学用語でのやり取りがあり、知らない言葉の意味を会議中は聞けず、後で確認する事になり知識不足を実感しました。

戻って、自分の会議の為の資料作成にとりかかった所で、3日目の勤務時間終了となり、帰宅後は家事の後それらの看護医学用語の勉強しつつ就寝。

土日の連休は、食材や娘の新学期準備の買い物、息子のスーツ一式の購入、自治会総区の26年度監査役員として総会に出席して来ました。

月曜日は会議資料(計画書)の作成と、主治医に会議参加か意見提出依頼をしなくては・・・

火曜日の会議は計画書を元にして開催され、参加者は、利用者本人とその入所施設係長、通所リハの看護師長と、私のサポート役の主任ケアマネで、みなさん介護業界での実力者同士で顔見知りですが、私はその面々を前に会議を進行しなければならず冷や汗ものです。

事業所の先輩方は親切で落ち着いていて、ここなら人間関係のトラブルで悩む事は無さそうですが、予想以上に対人スキルと度胸が必要な仕事で、続けて行けるのか不安・・・

でも、3日持ちこたえたので、次は3カ月を目標に頑張ります~


* 私のブログを福祉関係の方が何名か読んで下さっているので、ちょっと細かく書いてます。こんな感じでピグもしばらくは出来ないかもしれません・・・

更新できず、心配して声を掛けてくれた方々ありがとう~
1月末に無事退職しました。

在職中の3カ月に私を含め7人が退職(3年で40人)。

「訴える」とか「その筋の人を使うぞ」等のトラブルにまで発展した人もいましたが、私の場合はケアマネ資格も得たし、今後有益な関係を保つのが得だと判断したのか、円満退職できました。

例の男性職員は、あの事件でオーナーからも同僚からも信頼を失いました。

私も退職が決まり言いたい事が言える様になり、彼の態度も変わり、それからは普通に接したし、退職後も他の職員含め飲み会等の交流は続いています。


ケアマネ研修は丸2日間の講義の後、7名程のグループに分かれて演習や実習報告を5日間行いました。

グループの纏め役の研修助手を中心に、メンバーは介護福祉士・社会福祉士・保健士・理学療法士・施設相談員・訪問介護サービス提供責任者と、資格も職種も経験年数もバラバラですが、話しやすい面々だったので楽しく研修ができ、LINEグループで研修終了後も情報交換しています。

無事に研修を終え、あとは登録証と専門員証が自宅に届くのを待つばかり♪


研修の最終日に、研修助手さんが、ぜひ自分の組織で働かないかと誘ってくれました。

彼女は総合病院・診療所や福祉施設をいくつも持つ組織内の、1つのセンター長を任されていて、他のケアマネ募集しているセンターを紹介され、先週その総合病院併設のセンターに面接に行ってきました。

センター長は私より少し年上の快活な美人で、元看護師の主任ケアマネ。

やはり研修助手を務め、新人育成は何人も手掛けているし、1人で抱え込まず最初から負担を掛けない様な体勢が、事業所全体に整っていると言う事です。

子供の授業参観や、親の通院での休みや時間休も、自分の仕事のやりくりで遠慮せずとっていいし、それをカバーし合える人員体制も充分。

出来るだけ残業はさせない方針で、仕事が終わったら頭の中を切り替えて、母親として、女として自分の時間を大切にして欲しいとのお話もありました。

甘い話だけでなく、最初は臨時職員としてしか採用できず、仕事を見て正社員へ推薦する形になるが、ぜひ正職を目指して、いずれは主任ケアマネ(5年の経験と試験合格必要)になり研修助手が出来るレベルまで期待したいとも言われました。

普通なら採用の合否は組織の労務部長と相談し1週間後になるそうですが、センター長が「私の独断でふわりさんが良ければ、もう今日決めちゃいたいな。私の見込みは外れた事が無いんだよね~。あ、2人ほど外れたっけw」と言ってくれました。

日曜祝日定休、臨時職員は土曜も休み(出勤したければ半日出てもよい)
夜間呼び出し無し。
8時に自宅を出て、18時には帰宅できる。
健康診断は隣の病院で年2回。インフル予防接種はセンター長が実施。
今までの学歴や経験年数に応じ、組織で決定される給料体系。

等も考慮した上で、採用していただきたいとお返事しました。

女性のトップ達に認められ、一緒に働きたいと思って熱心に誘っていただけたのも嬉しかったです。

そしてその場で事務員さんを呼んで、制服の決定と発注が完了。


ケアマネ職のデスクへ案内され、センター長が「私の独断で採用もう決めちゃった~♪」と言うので慌てて名前を名乗り挨拶しました。

「じゃああそこのデスクかな」「はじっこじゃ可哀そうだから真ん中にしてあげれば?」「席替えしますかw」「私はここから動かんよ~」「爆笑」等の会話が広がり、センター長がみんな優しい人ばかりだと言っていた様に、とても穏やかな雰囲気です。

事務職員や訪問看護師、訪問ヘルパーなどの出入りもあり、常勤・非常勤合わせるとかなりの職員数で、名前を覚えるのが大変かな。


4月から東京の専門学校へ進学する息子が、先月から私の家から自動車教習所に通っています。

子供達の好きな料理を作ったり、お出かけしたり、遅くまで友達とオンラインゲームしている息子の横で、私も飲みながら時々会話して、一緒に長い時間だらだら過ごす事が出来ました。

それも後わずか・・・

4月1日からはまた気持ちを切り替えて、新しい仕事と環境に飛び込みたいと思います。