脳動静脈奇形 | kumisatoのブログ

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2013年、年明け早々、息子サトが脳動脈奇形で脳出血を起こし開頭手術。二ヶ月後退院。その一月後、旦那の膵臓ガンが発見され、2014年年末に亡くなりました。
家族は、娘ミサ。息子サト。そんな母の呟きブログ。


院内学級、良かれと入学させたが、サトシには、会わなかった‥

院内学級、手続きが面倒だった。市内の中学校の分校扱いになるため、転校手続きが必要だった。短期間なのに‥

しかも、先生が常に(授業以外、不在)居るわけでもなく、こちらから連絡したくても、捕まらない。親的には、超不便。

サトシも、超嫌いなタイプの先生だった‥>_< 先生の年齢は少し年取った感じの、定年前後ぐらいにお見受けする。少しでも早く、さを理解しようと、根掘り葉掘り聞いて来る。しかも、久しぶりの中学生らしく、張り切っているようだ。
サトシ、ここは難しい年頃、色々聞かれるのが、嫌だった。
サトシ「あの先生、超うぜぃ⤵あんまり、喋るから時々、無視する」
私「その気持ち、解る。でもさぁ、アンタが勉強したいって言うから、お願いしたの。少しは、我慢して。大人に、なってくれ」

暫くして、小児科から同級生の男の子が入学してきた。2人になって、先生の注目も半部になり、文句も減った。
卓球も出来るようになり、院内学級も楽しくなりだした。一週間ほどで、また1人増えた。今度は、ミサと同級生、しかもソフトテニス部だ。(ミサもソフトテニス部)卓球も上手し、性格もミサと似ていて、明るく、声が大きいし、良く笑う女の子の子で他人とは、思えないと言っていた。

院内学級、楽しくなって、ひと安心。

そんな頃、まちに待った外泊許可が出た♥。始めは、一泊。何食べたい?
サトシ「唐揚げかなぁ‥お母さんの作ったのが、食べたい。」
く~っ、泣かせるね。市販の粉を振りかけて作っても、母の唐揚げがいいなんて(;_;)

久しぶりに会う、ミサとの会話も、院内学級の友達の話で盛り上がっていた。


(続く)