にゃんこ先生の母親は私を若くして産んだ。


が、とにかくヒステリックだった。
怒ったら止まらない辞められない。


何か私に非があったら、とにかく非をしつこく責めて怒ってきた。
だいたい2日〜3日にわたって何十回も何百回も同じことをヒステリックに怒ってきた。
寝てるときもわざわざ私を起こして怒ってきた。
とことん無視されたこともあった。
一週間くらい口を聞いてもらえなかった。寂しかった。


母の怒りの頂点に達したとき、私の顔を布団で覆って、息をできないようにさせた。ときには手で口と鼻を塞がれたこともあった。


それが本当に苦しくて怖くて怖くて。
その行為は幼稚園から小学生高学年まで何度も何度も続いた。
布団で眠ることが怖くなった。


母は自分が勉強が出来ないくせに、教育ママだった。
夜の7時から寝るまでずっと勉強。
キーキー怒られながら勉強をさせられた。テストで悪い点を取ると、例の苦しい行為をされた。勉強でわからないことがあると例の苦しい行為をされた。授業参観のとき、発表しないと例の苦しい行為をされた。


夏休みは地獄だった。母の監視下で勉強三昧。
母が私の夏休みの宿題をやって大きな賞も取った。私の実力じゃない。
母は常に私が完璧であることを望んだ。
完璧じゃないと例の行為がやってきた。
夏休み、ストレスで自家中毒になった。
そのときに『勉強ができないじゃない。』って言われたのを今でも覚えている。


母にとって気にくわないことをすると例の行為がやってきた。
抵抗すると余計酷くさせられた。
失敗するのが死ぬほど怖かった。
おかげで今でも失敗が死ぬほど怖くなってしまった。
変に完璧主義になってしまた。


私はそんな母でも大好きであった。
ものすごく怒った後、必ず優しく謝ってきたのだ。優しいときはとことん優しかった。ごめんね、っていってハグもされた。優しい母が大好きだったから、例の行為をされても、頑張って愛されようとしてきた。
今思うとDVの加害者みたいだな、って思う。


まだまだされたことがあったけど、とりあえずここまで。まとめられない。
とにかく怖かったけど、好きだった、けど怖かった昔の話。