こんにちは、みなさまお元気ですか?
前回まで4回もの長きに渡って、水晶体再建術①~④のお話しを聞いていただき、ありがとうございました![]()
今回の入院で、かつてナースであった私はただの高齢者としての立場で、夜の消灯時間の前後や、朝5時半頃から朝の仕事が始まる忙しい時間帯など、(医療の進歩とは関係ない部分で)以前から変わらないナースの動き方を見たり、夜になると患者さんが陥りやすい言動などをつぶさに耳にしながら、ちょっとフクザツな心理状態の立ち位置にいたのでした![]()
お話し変わって~
むかしむかし、私が卒業した学校は、当時まだ武蔵野の面影が残っていた東京郊外の国立病院の敷地内にあり、高等看護学院の学生全員が寮生活でした![]()
入学は4月でしたが、この年度は(前年度まで9月入学だったのが、この年から4月入学に変更になったため)、2年分の受験生が全国から集まり、結構狭き門(笑)だったようです![]()
その頃は、まだ少人数制だったため、とても丁寧な指導を受けられたことに今でも感謝しています![]()
入学式の日、忘れられない出来事がありました![]()
式の開始時間が近づいたため、講堂に入った途端「動かないで
」と大きな声![]()
周りを見ると、先に入った人が、直立不動![]()
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他の人は何かを探している![]()
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何事か
と理解できないまま立っていたら「誰かがコンタクトレンズを落としてしまったらしい」との声が聞こえてきました![]()
しばらくして見つかったらしく、全員が動き出しましたが、
後で聞くところによると、九州から来た新入生が無くしたと分かりました![]()
後で親しくなったとき、その人は「あのときは本当に困った
だって見つけようにも私自身が目が見えないのだし、まわりはまだ知らない人ばかりだったし、本当に心細かった~
」と。
みんなであの場面を思いだして一緒に笑ったものです![]()
当時国立病院の敷地はとても広く、日本で最初にできたリハビリ学園の他に、テニスコートや野球のクランド、一角には素敵な日本庭園もありました![]()
さまざまな木々の中で、ひときわ目立っていた木があり、珍しい花をつけていました![]()
同級生誰もが、まだ名前も知らず初めて見た花でした![]()
その後、花の名前が「アメリカハナミズキ」と伝わって来ました。
秋には葉が紅葉して、これがまた美しい~![]()
後になり、一青窈さんの「ハナミズキ」の歌が流行ったとき、違った種類なのかな
と調べてみましたが、どうも同じ木のようでした![]()
今回の手術の後、目の方が少し落ち着き日常生活に戻ったある日、歴音さんのブログ
https://ameblo.jp/amanomiso/entry-12887411688.html
「桜の絆・花見好き(ハナミヅキ)桜うた5」の中に、日本からアメリカに桜を送ったお話しが出てきました。
1885年、作家であり写真家であるアメリカ人の女性が、日本の桜を見て歩いて、アメリカに桜を植えたいとの想いを抱き、その後も同じような想いを抱く人が現れ、日本からもアメリカに桜を送ろうと思いついた人、実現のために奔走した人々も~![]()
送った木が枯れてしまうなどのアクシデントがあっても、なおその後にも新たに送ったり、戦争の時代を経た後にも~![]()
あの有名な“ポトマック川河畔の桜![]()
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“のお話しの中には、アメリカから返礼としてハナミズキが送られてきたことも書かれていました![]()
私は歴音さんに、メッセージとしてブログの感想を送らせていただき、最後に次のような文を付け加えさせていただきました
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私の母校は、清瀬市にある国立病院の付属の看護学院ですが、入学した年に初めてハナミズキに出会い、春のお花も秋の紅葉も素晴らしいので大好きになりました。
その後結婚して群馬に住み、子育てをしていた40代の頃何気なく車でラジオを聴いていたところ、初めてアメリカからハナミズキが送られてきたときの話をしていました。
「東京の二カ所に分けられ、一カ所は植物園、もう一カ所が清瀬」ということでした。
あのお花が!と、とても驚き感動しました。
かなり経ってから、裏付けを探そうと試みたところ、植物園の方は出てきましたが清瀬の情報はありませんでした。(その後、あちらこちらに広がったようです)
考えてみれば、私が学生の頃には看護学院も少人数制だったのが、その後、1学年100人単位の大型規模大学校になったり、敷地内もだいぶ変化したので消えていった話なのかも知れません。
それにしても、あの時ちょうど車の中でラジオをつけていて、あの内容を聞けたことはラッキーだった!と今も思います(^_-)
昔のことで、もうどこにも残っていない小さな歴史と接点を持てたことを、フッと、歴音さんにはお話ししたくなったのでした。
その後、歴音さんから返信をいただきました![]()
そこには
「最近ナースと接する機会があり (中略)
ある意味、ナースは、生涯現役!
生きているあいだは、ずっとナース!」
♪♪あなたと目とナースが、百年続きますように~♪♪
とありました~![]()
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始めは、「百年なんて無理無理
」と笑って
しまった私でしたが、
しばらくしてから、「ステキなやり取りもできたし(笑)、たとえ百年は無理でも![]()
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ナースとしての感性や人間理解の基本にも通じる姿勢は、これからも大事にしながら、残された時間を生きて行きたい」とあらためて思ったのでした~![]()
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最後までお読みいただき、ありがとうございました。






