家族のカタチ near my future.

家族のカタチ near my future.

コロナ禍で社交不安症になってしまった大学生息子と
、空港パートを一度追い出され、転職した私。再雇用で別航空会社で働くも人手不足で長時間勤務。
そんな私たちを、忍耐はち切れそうになんとか我慢する旦那とあきれた義母。
そんな家族の夢を探してさまよい続ける日記


3月から時短で仕事復帰。2月中、私の場合車で一時間かかる実家に介護のために行っていたのがいいリハビリになつたかな。

母は認知が進み、グループホーム。父が一人暮らしなので毎週戻ります。
ただ、91歳の父がかなりまだらにぼけまして。私が病気だと言うことが認識できない。

3/2から仕事行きます、と会社に行った矢先、3/1夕方電話がなる。何だとおもったら「○○市救急隊員です」ナンジヤー!

経緯は、父は電動自転車で何度か転び、自転車を私の夫に上げたまではよかった。「あの、勝ち気な父が自ら自転車はもう危ないと認知した!」と思った。なので、週一私たちが父をつれて母のグループホームに会いに行く帰りに買い物しようね。といったにも関わらず、行きやがった
2階くらい転んで二回目の転倒で激しく血が出た。いぬの散歩中のかたか親切に救急車をよんでいただいたにも関わらず家に帰ると救急車をタクシーが割りにし、しかし傷をみた隊員さんが病院行かないとダメですよーと説得、仕方なく家族に電話、弟にしかられ隊員さんがやっと病院に連絡ここまで2時間。

結局骨はおれてないけど骨の方まで避けていて5針縫う。

私も弟も隊員さんに平謝り。

夜実家に戻りみんなでお弁当食べ、「傷が開いちゃうから布団は強いたまま、洗濯はしないで。あと二階に上がっちゃダメだよ」等々注意したのだが心配で月曜は休みました。行ってみたら、すべて破ってた父。ええ、傷がまた開いてましたよ。

歩いて5分のセブンはいいけど、
週に一度かならず私が行くから買い物はそのとき!

はぁ、次の日から時短勤務しましたが、木曜とうとう熱を出した私でした。

土日がね、通院と父の世話があるので正直休みがありません。
父は何度行っても私を病気だと認識しません。


私の方は航空会社なので、アメリカの大統領のお陰で、とんでもなく忙しいです。

左全摘で再建があったからか、ズーーーーーット左指先までしびれた状態。

人間なれるものですね。
痛みにもしびれにも。

人生詰んでるな。



うーん


トップを20cm横に切ったんですが、

痛いんです。


25日診察あるので、痛み止めを変えていただこうかな。

オペから二週間。再建したとこと、切ったとこが痛いんです。


なかなか体力どころか、

キスも治らない。家で療養すればいいのは分かってるのだけど、

職場復帰や、実家の介護。

なかなかはーど、、



散歩中の春。30分歩いて、貧血になった。



とにかく体力がない。


二週間の入院


不味いーと思っていた食事も慣れ。

本もほとんど読み終え、

看護師達の愚痴を聞いてあげ、

ドラクエ10の三人娘もかなりレベルが上がり、


途中で窓の内狭い部屋に移され、

やさくれてた私に土曜日

形成外科の先生が夕方

「ごめんねーもうちょっとようすみさせて」と、わざわざ謝りにきてくれ(笑)


月曜日、諦めた先生によりドレーン抜いてくれて。


無事に退院しました。


看護師に見送られ(笑)

帰ってきたのですが、ぼーつとしています。


さて、退院して2日目。また少しあるいてきます。

車の運転は、明日にしよう。

One by oneで。



.......

とはいえ、退院した私に父から電話が

退院したなら手伝えと。


ええ、頑張りますが、まだ、私の実家まで一人で運転は無理なので、旦那と行きます。


はぁ。