いまは、娘とイナズマイレブンGOに、かなりはまっています。

元旦には、映画まで行ってきました。これが、ほんとに熱い話で、完全に子供に戻って観ています。

今日は遅番の仕事から帰ってきて、ユーチューブで動画を検索していました。世界の終わり、などを聴いて、ふとイナズマイレブンGOの主題歌を聞いてみようかと思い検索。

ほう、こんな人たちが歌っているのか。

あらためて、こんな熱い歌(大人の感覚でいえば、ばかばかしい理想論)を歌う大人を見て、感動した。こうやって、子供に夢を与えているのか。

コドモニユメヲアタエル

よく耳にするフレーズ。自分が親になって、大人になって、世間にすれてから考えてみると、それはすごい事だな。汚れた世間を体験してもなお、子供に伝えようとする気持ち。それを受け止めて、まっすぐな子供。

すごい可能性を感じる。

なにか自分の進むべきを感じたのだった。と、書いている自分は酔っ払っているのだけれどね。
数年前に亡くなった、おじいちゃんから言われた言葉が、時折思いだされる。

おじいちゃんから怒られた記憶はなく、いつでも黙って見守ってくれていた気がする。特別仲が良い訳でもなく、大人になってからも、真剣な話をする事もなかった。

7年前の27歳の秋、東京から地元に帰ってきた自分。決して、良い形で戻ってきた訳ではなかった。

久しぶりにおじいちゃん、おばあちゃんの家に行き、くつろいでいると、縁側のおじいちゃんが
「勝つ時もあれば、負ける時もある。人生そういうものや」
とぼそっと言った。その時は、適当に相槌を打って、話は終わったような気がする。

だけど、ずっとその言葉がひかかっていた。

それから、おばあちゃんが亡くなり、後を追うようにおじいちゃんも亡くなった。ふらふらとしていた、孫がやっと地元に戻ってきて安心したのかもしれない。祖父母に育てられた自分だったが、母親の影響で祖父母を避けていた。今思うと、どうしてもっと優しくできなかったのか悔やまれる。

勝つときもあれば、負けるときもある。

勝負に執着し、負けにこだわる自分。勝つ時もあれば、負ける時もある。そう考えると、何だか心が穏やかになる。勝負にこだわっても、仕方ないじゃないか、と。おじいちゃん、やっとその意味がわかりました。ありがとう。

両親から、万が一にはお墓を頼むと言われている。あまり真剣に考えてなかったけど、この人たちのおかげで、自分はいる。親になり、考え方は180度変わった。お墓守っていきますね。
6歳の娘と一緒にアニメを観る事が、多いです。

ポケモン、バンガード、仮面ライダー、ゴーカイジャー、プリキュア、イナズマイレブン、ナルトと数え上げれば、きりがないほど、観ています。

思うに、結構、面白いです。自分は根が単純なのか、ど根性、愛、友情などがストレートに表現される、低年齢向けのアニメに感動する事が、多いのです。

ほとんど、娘と同じ感情で観ています。

職場でも、20歳前半の後輩と仲良くつるんでいます。普通は、距離を置くのに、そこが良いところと、ある人に言われましたが、よくわかりません。普通に楽しいです。

と、何が言いたいのか、わかりませんが、まあ、自分の心は子供なんでしょうね。
以前にも書きましたが、職場で、あるチームのリーダーをしています。先日、月例のミーティングをしました。

メンバーの成績が上がるように、色々と言っているのですが、思ったよりも成果が上がらない。変わらない。少し、方向を変えてみる事にしました。

本で読んだでもない、誰かに聞いたでもない、自分のオリジナルの発想なので、実行するには勇気がいったのですが、結果的には成功だったと思っています。まだ、結果につながっていませんが、きっと意識の変化はあったと思うのです。

その方法。メンバーは、自分を入れて7人。1人に対して、6人が順番にその人の良いところを言っていきます。1人目が終われば、次。そうやって、全員が全員に対して、良いところを言っていくのです。

はじめは恥ずかしがっていたのですが、だんだんと真剣な話に。

「落ち着いて仕事する事を教えてもらいました」
「もし起業するなら、右腕にしたいと思うくらい、周りに気が付く」
「自分のコンプレックスを克服している姿、尊敬しています」
「感情面をコントロールできれば、大物になると思っています」

などなど、たくさんの話が出て、この人にはこんな面があるのだという発見もありました。自分には

「仕事に取り組む姿勢が高くて、尊敬している」
「他の人が気付かない、細かい点まで気付く」
「人生の大切な事を、沢山教えてもらった」
「頼りになるリーダー」
など、聞いていて恥ずかしいくらいの褒め言葉をもらいました。

と言っても、褒める事が前提なので、褒められて当然なのですが、悪い気はしません(笑)。
心理学で、「ジョハリの窓」ってあります。他人から、自分の気付かない部分を聞く事で、他人も
自分も知らない第4の窓が開きます。

自分でやっておきながら、起きた出来事の把握ができていません。自分の想像以上の効果があったと思うのです。

もともと、なぜか献身的な思考をする自分なので、純粋にメンバーを成長させたい気持ちが強いです。もっと、仕事のスキルを上げる事で、その人の人生が良くなって欲しいと願っています。思うに、自分はこんなリーダーが欲しかったなあ。まあ、そういうリーダーには、ほとんど巡り合っていないが、自分は目指そう。







帰り道、ふと思いました。

自分は、いつも過去が基準になっているよな。

過去の自分の良いところばかりを、思い返しては、今の認めたくない自分を誤魔化している。今はこんなんでも、昔は、こうだったんだぞ。

冷静に考えれば、すごく意味がない、後ろ向きな考え方。だけど、無意識にやっている。

今の自分の姿を認める事ができず、新しい自分に変わる事に臆病になる。

過去の自分は、自分想像のなかで美化される。どれだけ、過去が良かったとしても、そこに何の意味があるのだろうか。過去の自分に近づくのではなく、未来の自分を作る。

卑下するのでもなく、自信過剰になるでもなく、冷静に自分を観る。

新しい自分を作ろうと考えたのは、もう何年ぶりだろうか。

よく耳にする言葉。人生、いつでもやり直せる。

過去に決別。そうしようと思えたのは、きっと自信がついたからだ。