866いつの時代も【悲しみの直前には常に熱狂があった】そして【熱狂の直後には常に後悔の結末が待っている】
🔵🔵🔵アメリカの哲学者・ジョージ・サンタヤナは【歴史を忘れた者は、それを繰り返す運命にある】と記したが、歴史を振り返ってみれば、【熱狂】の直ぐ後には深い悲しみと激しい後悔とが訪れることが分かる。
【熱狂】は、それ自体が不吉の前兆だと言える。
⚫⚫⚫映画やドラマでは嫌々『お国』に従わされている庶民が描かれるので勘違いしている人間も多いけれど、太平洋戦争も最初は、閉塞感を打破する素晴らしいモノとして歓迎され、【熱狂】に包まれていた。
⚫⚫⚫【熱狂】は、敵がいると一層盛り上がる。
鬼畜を倒すのだと戦争に熱狂した昭和の若者は日本を焼け野原にし、抵抗勢力を一掃するのだと小泉純一郎に熱狂した平成の若者は、日本に氷河期世代を生み出した。
🔵🔵🔵熱狂の結末なんて常にそんなモノだし、結末が分かるまでに百年も待つ訳ではなく、直ぐに答えが分かる話なので、【熱狂】の最中にある今わざわざ議論するのは少々馬鹿らしい気もしなくはない。
しかし、前提についての理解が間違ったままで憲法改正が自分の利益になると思い込んでいる、或いは、利益になんかならないことを理解しながら確信犯で『利益になる』と吹聴している改憲派が、ネットに酷いデマを流すことで【熱狂】を生み出しているようなので、デマについて整理し、デマを広めている人間についても考えたいので、普通選挙でナチスに投票してヒトラー政権を誕生させたヒトラー支持者の心理的特性についても考えてみたい。
🔵🔵🔵主なデマは3つある。
⚫⚫⚫1つ目は、【憲法を改正しないと、侵略されても反撃できない】と云うもの。
゙憲法9条=無抵抗゙だと、前提を勘違いしているから、゙改正反対=侵略者の手先・反日の変わり者゙と云う、全く見当違いな偏見や侮辱が生まれて来ることになる。
共産主義者でもなかったら改憲に反対する訳がある筈ないと思い込み、勝手に゙共産主義者゙のレッテルを貼ったりもする。
多分、砂川事件に対する最高裁の判例を知らないか、知っていてもワザと知らないフリをしているのだろう。
判例には、【憲法第九条はわが国が主権国として有する固有の自衛権を何ら否定してはいない】と明記され、今の憲法でも防衛戦争は認められていることが分かる筈だ。
防衛戦争どころか、先制攻撃についてさえ、「先制攻撃は憲法違反だ」と明言した違憲判決を下したことは一度も無く、司法は政治や国民に判断を委ねていると言える。
つまり、9条を無くしたい人間は、それ以上のことがやりたいのだと言ってよいだろう。
【やられたらやり返すで十分】と考えるか、それだけでは物足りないと考えるかが対立の座標軸であって、侵略者の手先だの共産主義者だのと云う座標軸を無理矢理持ち出すことは話の本質がズレている。
尤も、思考の座標軸が右・左しかない連中は、普段から総ての問題を右か左かの文脈に落とし込もうとする単純な思考しかしないから、反高市=媚中だの、中国と友好的な政策を取る=媚中だのと言い出す。他の国と友好的にやっても決して言わないのに。
9条を抑制的に解釈して来たのは寧ろ政府自民党の方だ。
「戦争を知っている世代が中核にいるうちは日本は安心だ。戦争を知らない世代がこの国の中核になった時が怖い」と語っていた田中角栄など軍隊経験者は相当本気で語っていたと思うけれど、最近の政権は、9条を貶め改憲の世論を盛り上げる為にワザと、そんな解釈を継承して来たんじゃないかと勘ぐってしまう。
⚫⚫⚫2つ目は、【憲法9条はタダの画餅でお題目に過ぎない】と云うもの。
画餅だと勘違いしているから、゙お題目を唱えているだけで命が守られるなら苦労は無い゙などと言い出す
アメリカからベトナム戦争への派兵要請を受けた田中角栄が、憲法9条を盾に拒絶した歴史を知らないのだろう。
9条が無い韓国は、アメリカに唯々諾々と従って5千人もの人間が戦死した。
韓国とは異なり、日本の自衛官がベトナム戦争に巻き込まれることも無く、自衛官が只の一人も命を落とさなかったのは憲法9条のお蔭である。
現実的な力を持っている憲法9条を単なる画餅の如く馬鹿にする人間は単純に道具の使い方を知らないだけで、直ぐ目の前に素晴らしいモノがあっても見逃してしまうタイプである。
⚫⚫⚫3つ目は、【国際環境が変わったから、現状に合った防衛をする為には憲法改正が必要だ】と云うもの。
『現行憲法の自主的改正』は、既に70年前の自民党結党以来の党是であり、環境変化に対応したものではない。
結党以来目標として公言している『日本らしい日本』と云うのは端的に言えば【個人<国家】で、【個人よりも国家が優先される】明治国家のことなのか。
いつか隙を見て日本を明治国家に逆戻りさせてやろうと考えているのか。
もしそうであれば、゙外国の脅威゙は、野心を実行する為の口実として、寧ろ゙渡りに船゙だろう。
改憲派に最も力を与えているのは中国だと云うことになる。
中国の指導者は大昔から大体そうだけれど、【孫子】を熟読し、殊に【戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり】を好んでいる習近平ならば、改憲派が煽っているような武力戦略は採らない可能性が高い。
見方によっては、互いに戦って見せることで共に己の存在価値を生み出している出来レースとも言える。
🔵🔵🔵【国家権力を縛る為に戦後の憲法はある】と云う命題を『単なる学説に過ぎない』と切り捨てるネトウヨを見掛けた。
個人より国家を優先する明治国家の憲法に戻したいネトウヨには、【素晴らしい権威・権力に従いたい】傾向があるから、【国家権力を縛るなんてトンデモナイ話】なのだろう。
今の憲法は【個人の尊厳】を究極の最重要課題と考え、『個人の尊厳を守ると云う目的を果たす為には、その手段として、先ず国家権力を縛らなくてはならない』との思想に基づいて作られている。
日本国憲法の三大原理と呼ばれるモノも総ては、【個人の尊厳】を守る為にある。
そんな今の憲法を守ろうとしている人々とネトウヨとは、個人と国家と何方を優先するかの出発点が正反対なのだから話が合うことは決して無い。
また、世の中には右・左の二種類しかいないと考える視点に立てば、゙従いたい゙傾向が無く、国家よりも個人が大事と考える人間は全員共産主義者と云うことになるから、共産主義者が国家権力を縛りたがっていると云う結論にもなる。
⚫⚫⚫権力者を縛る為に存在する【今の憲法】を権力者が変えたがる、これは、『お婆さん、お願いです。どうか、この縄を解いて下さい。』と、ウソ泣きで涙ながらに訴える『カチカチ山』の悪ダヌキのようなモノだ。
権威や権力が大好きなタイプにとっては、それも不幸ではないのかもしれないけれど、縄を解いてあげたら最後、お婆さんと同じように悪ダヌキに殴り殺されてしまう。
🔵🔵🔵今回の総選挙で改憲派が多数を占めたからと言って、参議院も国民投票もあるから、直ちに改憲される訳ではないと甘く考えている有権者も多い。
しかし、管理庫に厳重に管理された拳銃と、国民投票なる安全装置が掛けられているとはいえ、剥き出しで為政者の手に握られた拳銃とでは、危険性は全く違うことを理解しなくてはならない。
⚫⚫⚫また、9条が無くなっても直ぐに徴兵制に移行する訳でもあるまいと高を括っている人もいる。
職業選択の自由だの苦役の禁止だの、個人の権利に関する規定は沢山あるのだから、徴兵制なんか有り得ないと云う。
でも、今の憲法の下でも個人の権利は無制限に認められている訳ではない。
公共の福祉によって制約を受ける。
もし、高市早苗が望むように『自衛隊』・・・・・自衛隊なる呼称はヤメて国防軍だか何だかにすると云う話もある・・・・・が憲法に明記されると、国防が新たな【公共の福祉】になるから、【憲法を根拠に徴兵制を実施すること】も可能になる。
生まれた時から今の憲法に守られて生きて来たボクらは、心の何処かで【個人の尊厳が守られるなんて当たり前】と思い込んでいるのかもしれない。
過去の歴史を振り返れば決して当たり前ではないし、現代でも世界を見渡せば間違いだと直ぐに理解出来る筈なのに。
今まで当たり前と思っていたことを一瞬で奪うのが国家権力なのだと云うことが分かっていない。
『私の大好きな早苗ちゃんが、そんなことをする訳が無い』と信用している。
高市早苗が平気でウソを吐いたり、開き直ったりする姿を何度見せられても、見たくないものだから見えない。
反対に、施政方針演説を聞いて涙が止まらなかったなどと感激している。
やはり、ヒトラーの演説技法って、今でも有効なんだな。
完全に真似している。
大体、積極財政って借金を増やすって話だろう。
若い世代や子供を持つ世代が拍手喝采するような政策とは思えないのだが、『積極』と云う言葉にポジティブなイメージを感じるのか嬉しそうにしている。
🔵🔵🔵更に、改憲派の先頭に立って旗を振っている人間の人間性も問題だ。
改憲派の高市早苗を独裁者と呼ぶ人間に対して、高市支持者は、独裁者は選挙なんかしないと反論している。
【ヒトラー政権が普通選挙で誕生した】と云う世界史の知識が無いのだろう。
⚫⚫⚫先ずは高市早苗本人よりも、支持者を分析した方が有益かもしれない。
以前面白い実験をした人がいた。
沢山の人がいる公園で仕掛け人がフザケ始める。何か変なヤツがいるぞと人々は怪訝な顔をして距離を取り、それでお仕舞い。
別の公園でも同様の行為を取ってみるが、今度は仕掛け人が他にも数人いて、一人ずつ適当な時間間隔を開けて参加してゆく。すると、仕掛け人以外の一般の人々までも笑顔になり、手拍子したり真似したりして参加してくる。
本人がやっている行為自体は全く同じでも、周りの人間が『承認欲求の強いヤツが、訳の分からないイチャモンを付けて横暴している』と見られるか『キレキレのリーダーシップを発揮している』と見られるかも似たようなモノだ。
独裁者本人よりも、本当に怖いのは独裁者を信奉する周りの人間。周りの人間の反応次第で、最初の行為の社会的意義も全く変わってくる。
渦中にいる人間には気付きにくいけれど、横暴なヤツと見られるかリーダーシップがあるヤツと見られるかの差なんて案外殆ど変わらない。
支持者のタイプが支持される側の在り方を決めている。
話題になったMV『逃げて参ります』の製作者が、高市支持者は【弱い人間】と主張して支持者に反発されていたけれど、同様の分析を、社会心理学者エーリッヒ・フロムが、『自由からの逃走』の中で行っている。
ヒトラーを支持した大衆のタイプと、その心理的特性についての分析。
ヒトラーを支持したのは中産階級の人たち。中産階級の人たちの特徴は、【スネ夫】即ち、権威主義的なパーソナリティ。自分より強い相手には服従するが弱い相手には偉そうな態度で攻撃する性格類型。
彼らは、自分の先行き不安や自信の無い弱さの裏返しとして、【服従性&攻撃性】の二つの特徴を持つ。
強そうな人間を探して、その言葉を信じ安心を得ようとする【服従性】の傾向。
他人を攻撃したい【攻撃性】の衝動が強いが、自分に自信が無いので、攻撃しても赦されると思われる理由を持った人間を探している。
例えば、他人の不道徳な要素を目敏く見つけ、これを正当な理由として攻撃する。
不倫している人間ならば叩いても反撃して来ないから、これを攻撃対象に選ぶ。
『首相支持者が多数派なのだから、少数派のクセに逆らうな。嫌なら日本から出て行け』と攻撃する投稿を見ていると、高市支持者にもヒトラー支持者と同様な【服従性&攻撃性】を感じる。
⚫⚫⚫リウマチ患者なのに、リウマチ患者には厳禁の筈のタバコが大好きだと云う事実が指摘された時も、高市支持者たちの【服従性&攻撃性】が見られた。
違法献金やウソや、高市早苗を非難するべき点は沢山あるのに、支持者には見えておらずスッカリ心酔し服従しているから、『タバコ以外には非難する要素が無い素晴らしい人物だからだ。』と、却って心酔を深める材料になる。
また、民間組織でさえ、喫煙者は自己管理できない人間と見做されて管理職になれない組織もあるくらいなのに、『タバコくらい個人の自由だ。』とか激昂して攻撃する。
自分自身さえ律することが出来ないような人間が、国民を律しようとしているなどふざけているとは考えない。
⚫⚫⚫高市早苗が支持されたのは他人を非難しないからだと云う分析がある。
非難されるような悪いことをやっている側が、゙人物゙に人気があれば赦されて支持され、あまつさえ、悪いことに対して怒り非難している側がイジメているかのように言われて嫌われる。
行為の内容よりも人物次第で判断を変えてくる小学校のイジメみたいなモノだ。
特に高市を批判している人間が女性の場合に、『同性の嫉妬だ。やっかみが酷い』などと決め付け、貶めているのを見る時に強く感じる。
非難はしなかったとしても、献金問題などでの開き直りも散々やって来たし、世の中に名前が知られ始めた頃の経歴詐称に始まり、今も尚、消費税減税が悲願だったなどとウソを吐いている。。
非難は駄目だがウソならば構わないのだろうか。
悪口さえ言わなければ、ウソ吐きを【素晴らしい権威・権力】の体現者として崇め従いたいのだろうか。
悪口を言う権力者とウソ吐きの権力者と、野放しにした時に怖いのはどちらだろうか。
選挙投票日当日の新聞広告は、高市早苗を象徴している。
『この新聞広告は政治活動であって選挙運動ではないから、公職選挙法に違反していない』と云うのが、高市早苗が弄している詭弁だ。
やっていることは同じなのに呼び方さえ変えれば許容されるなどと詭弁を弄する人間に、世の中が心酔している理由が分からない。
🔵🔵🔵キチンと法律や歴史を学んだ上で諸々の判断をするならば仕方ない。
しかし、一見【毅然としている】ように見えるリーダーに、見当違いに心酔して、海外からまで゙推し活選挙゙などと揶揄される投票行動を取るような有権者であるとしたら、安全装置となるべき国民投票とやらも心許ない。
今の憲法に防衛上の不都合は無く、反対に、防衛を口実に憲法改正された場合の不利益は計り知れ無い。