母なる地球のブログ

母なる地球のブログ

つたない文章力の私のブログに訪れてくださって、
本当にありがとうございます。
今のところは2001年~2002年までの回想1~と
現在感じたことなどを混ぜながら書いています。
はじめてのブログなので、
勉強しながら徐々にやっていきたいと思っています。

Amebaでブログを始めよう!
 

やっとのことでガソリンを入れられ、緊張感から開放されてから20分程車を走らせていると,なんとなく寂しげでがらんとしている交差点の信号で止まった。なんとそこには私がサンタクルーズから遥々目指してきた場所、「Lower Lake」と書かれた看板が信号機からぶら下がっていた!不安の中約5時間かけて何の情報もない未知の土地にやっとたどり着いたのだ。しかし、問題はその交差点をどちらの方向に進んでいいのかわからない。ただ「Lower Lake」と書かれている信号機の看板があるだけで、その他はただがらんとした景色があるだけだった。とりあえずそのままその交差点を通過して、すぐ左側にあるガソリンスタンドで車を停めてみた。降りてみて周りを見渡しても、どこの景色も殺風景な感じがして判断ができなかったので、ガソリンスタンドのストアーに入り、そこででダウンタウンはどちらの方向か聞いてみた。

 

何故「ダウンタウン」なのかというと、ほとんど面識のない人を頼りに、直接電話で話もできていないまま、「いつどこで会おう」という約束もない状態で、ただ来てしまった、というか来るしかなかったので、全く知らない土地だったのでとりあえず「ダウンタウンにいけば何とかなる」と考えていたからである。

 

教えてくれた方向に車で交差点から曲がってすぐに「これがダウンタウン?」というようなところがあった。通常ダウンタウンはほぼ各市に一つずつあり、日本でいう「駅前」のようなところで、店やレストランが並んでそれなりに賑わっているようなところなのだが、私が遥々目指してやってきたそこには ピザパーラー、小さなお土産やさん、埃だらけのジャンクとしかいえないようなものがショーウインドウからごちゃごちゃになって見えるアンティークショップ、コーヒーショップに小さな小さな郵便局が一件づつあるだけで、歩いている人などは誰もいなかった。しかも道路の反対側の背の低い建物には「テナント募集」の看板があるが、そこには一軒も店が入っていない。

 

とにかく公衆電話を探して遥々訪ねてきたブルースに電話をしてみたが、やはり彼は留守のままだった。ここまで来たのに・・・会えない。どうしよう。彼の名刺は持っていたが、そこにはもちろん家の住所など書いていないので、彼の家など探しようがない・・・と思ったが、そこの公衆電話には電話帳が付いていたので、とりあえず彼の名前で探してみたら・・・何とあった。小さな小さな田舎町だからこそ探せたような感じだ。

 

住所を見てみると彼の家はこのすぐ近くのようだ。番地はというと、そこの小さな郵便局あたりになっているが、その周りには人が住む家がない。しかしその郵便局の横には細い車一台分くらいの幅の私道があった。そこにはゲートなどなく公道、私道の区別は何もついていないのだが、なぜそこを〝私道と思ったのかというと、誰もが何気なく歩いていけるような路地ではなく、なんとなく入りづらい雰囲気がしたからだった。そこはかなり奥まであるように見えた。郵便局の反対側は空き地になっているが、空き地と私道の境目には木が植わっているので広々とした感じではまったくなく、逆にその私道は細くて暗いイメージがした。

 

それでもなんとかブルースの家を探したかったので勇気をだしてそこを入っていった。郵便局を過ぎるとその裏には木造りのペンキの塗っていない今にも壊れそうな2階建ての家があった。上から声が聞こえたので見上げてみると、なんとそこのおんぼろのバルコニーに男の人と女の人がニ人座っていた。彼らからするとこんな所に見慣れないアジア人の女一人が何をしているんだ?と思っていたに違いない。私はその人たちに「ブルースの家を探しているんですが」と訪ねてみた。男の人は突き当たりにある これまたおんぼろのトレーラーハウスを指差して、「あそこだよ。」と以外にも親切な口調で’答えてくれた。

 

 

地図を書いてくれた私にとってのラッキーパーソンは、自分は最初の目印の「フラミンゴ ホテル」まで行くからそこまで後ろをついてくるといいよ、と言ってくれた。それにはとても助かった。というのも、後をついていってわかったが、私達が立っているその場所からハイウェイに乗るまでが、何も知らない私にとってはとてもややこしくて、私ひとりだったら完全に迷っていたところだった。彼はフラミンゴの目印の交差点のところで、私に「ここで右折」とわかるように右手を伸ばしてから手を振り、彼は直進していった。

それから5分位大きな道を走っていたが、急に道が一車線のくねくねとした登り坂になり、それからはずーっとくねくねの上ったり下ったりの繰り返しで、ガソリンの不安をかかえながら慣れない山道を約1時間緊張しながら走り続けた。その間に一軒ガソリンスタンドがあるのだが、その時の私はなんと緊張のあまりかどうかわからないが見落としていた。くねくね山道が終わったとたん、視界が開き、55マイル(88キロ)道路となり、道路の先がかなり遠くまで見えるようになった。車は直線で走りやすいが、それよりも何よりもガソリンが殆ど空に近くなっていて、いつガス欠になるか気が気ではなかった。そこは周りには殆ど家などのない自然がいっぱいのハイウェイだった。私の85年のカマロ様は非常に燃費が悪い。たしか1リッターで4キロも走らなかったと思う。ガソリンのインジゲーターの針は殆ど一番右端の線にくっつきそうで、赤く光った小さな一つ目が私を脅かしている。私はその時、その小さな一つ目がこれにもなく強い視線に感じ、冷や汗を掻いていたに違いない。

そんな中、だんだんと小さなダウンタウンにさしかかり、待望のガソリンスタンドを見つけたときの歓喜、安堵感、開放感、幸福感は理解していただけると思う。

 

サンフランシスコから一時間ほど走ってやっと途中の目標であるサンタローサと書いてある標識が見えた。ガイドブックの大雑把な地図はサンタローサまではハイウェイで一本だったのでそれほど問題はなかったが、そこからロウワーレイクまでは、知らない人が見たらどう考えてもたどり着けないような地図だった。だから、最初からサンタローサに着いたら誰かに聞く、というつもりでいた。

サンタローサ市に入ってから幾つか降り口があったが、とりあえず人がたくさんいそうなダウンタウンで降りることにした。しかし、降りてみるとそこは立体駐車場とフリーウェイに挟まれたところでそこには通行人などまったくいなかったが、何とか車に乗り込む人を見つけてロウワーレイクまでの道順を尋ねた。その人は笑顔でめんどくさそうな素振りも見せず、私のノートに丁寧に地図を書いてくれた。

実はそれから7年後、今から2年前に私はサンタローサの住民となった。その時に書いてもらった地図を見てみると、今私の住んでいるすぐ近くが書かれている。そして今では見慣れた道を、9年前の私は希望と不安を抱えてドキドキしながら初めてこの道を通ったなんて、なんとなく不思議な気持ちになる。ここに住んでいるから言えるが、いきなり「ロウワーレイクまでの行き方を教えて欲しい」といわれても、答えられる人はそれほどいないと思う。サンタローサからロウワーレイクまで車で1時間以上かかって山越えをしなければいけないし、しかもロウワーレイクは何もない田舎町(一応〝市″なのだが)なので、わざわざそこに行く人など殆どいないのである。あの時最初に聞いた人が道順を知っている人だったのはとてもラッキーだったと思う。