素敵な手帳さん、初めまして、こんばんは。
わたくし、“ディズ”と申します。
気楽に、ディズって呼んでね?
実際に高校生、大学生の時に、クラスメイトから呼ばれていたあだ名よ。
変なあだ名でしょう?
高校のクラスに慣れるまで、学生時代はずっと地味で暗くて人見知りだったの。生まれ育った地域の小学校と中学校は自分にはとにかく合わなかった。特に男の子が苦手で苦手で(汗)
そうだなぁ・・・嫌な思い出しか浮かばないなぁ。。。
←これ、小学校から仲良くして貰ってる、よっちゃんっていう親友も言ってるのよ(笑?
私には5つ上の兄がいるの。
兄に、大学進学の意思が芽生えて、とある私立の高校に進学したわ。そこは兄の志望校では無かったけど、兄がとても明るくなって、高校生活を楽しんでた。先生も面白くて面倒見の良い先生が多いと、慕っている先生も多く居たみたい。
時の連鎖で、私にも進路を選ぶ時期が来た。男子は苦手だったけど、女子校には絶対に行きたく無かった。地元で、大学受験に力を入れている女子校が無かったから。それと、女子校に進学した先輩方が、私の憧れからは遠い見た目と行動で学校に遊びに来たのを見て、絶対あの人達のいる高校には行きたくないと思った。
※小学校5年生の時に宝塚歌劇団にどっぷりハマって、宝塚ジェンヌの様な美しい立ち居振る舞いと美しい装いに憧れていたわ。つまり、ジェンヌさんの様な美しく上品な雰囲気から、先輩達はかけ離れいたってことよ。失礼だけど、口が裂けても上品とは言えなかったわ。
兄が言った。
「俺んとこ国立大進学多いし、殆ど男だからお前みたいなブスでも、女ってだけで崇拝され重宝されるぞ。一応進学校だからチンピラはおらん。」って。
妹への進路アドバイスの方向が曲がってるけど、さすが家族。兄のクソアドバイスは私にヒットしたわ。
確かに兄が連れてくる友達に、私の苦手なイケイケ系オラオラ系の人は居なくて、みんな真面目そうで優しそうだった。
そして今となっては卒業校となった高校へ無事に入学した。ただ、男子恐怖症のままだったから、極力目立たないように、真面目に、大人しく・・・生活していたわ。所謂優等生ってヤツ。
大学受験に支障をきたさない様に、高校の修学旅行は1年生の時、入学して比較的すぐ行った。
“修学旅行”。
過去の嫌な記憶が蘇り、不安と恐怖で震えていたわ。。。あの地獄の班分け。。。
女子も男子も元気のいい子は苦手だったから、大人しい子と組めて心の安寧を得たわ。
修学旅行先はディズニーランド!当時はディズニーシーがまだ出来てなかった。
生まれて約16年間、ジブリで育ち、ディズニーの映画を見た事が無い私はチップアンドディールとかも初めて高校の時知ったのよ〜。。。
畳、ちゃぶ台、神棚、仏壇、押入れに敷布団の昭和の家庭に生まれ落ちたアタイ。
初めてのディズニー入門は、修学旅行のディズニーランド。ミッキーも、別に可愛いと思った事は無かった。ヤックルとかジジ、バロンの方が、可愛いし美しい。
でも私はディズニーランドに足を踏み入れてしまった・・・
気付いたら、ミッキーの耳付けてた。
気付いたら、ドナルドに全力で手を振った。
気付いたら、グーフィーにしがみついてた。
気付いたら、シンデレラに握手を申し出た。
気付いたら、両手にポップコーンケースやランチボックスやら、レストランやカフェで貰ったものぶら下げまくってた。
気付いたら、幼稚園児に紛れてパレードで歌い踊ってた。
自我が壊れた。
そしてその姿をクラスメイトに見られた。
私の姿はクラスメイトに衝撃を与えた。
翌日から、「ディズニーランドのディズ」と呼ばれる様になった。
私も振り切った。
私の意図ではないけれど、なんか、一度、素を見せたら、不思議と他人に存在を認められた様な感じがして、逆に素を出した方が、皆に話しかけられる様になった。
内容はなんであれ、私に興味を持ってくれるだけで、素直に嬉しかったの。
学生という社会生活10年目にして、ようやく力が抜けた。(特に元気な)男子恐怖症は完全に治っては無かったけど、壁は取れた。少なくとも男の先生に対する苦手意識は無くなった。そしてやっぱり、女子が少ない事もあって、特に女子が少ないクラスの男子生徒は先輩も同級生も向こうから挨拶してくれたり、気楽にお話してくれたりして、なんか自信が持てる様になって、嬉しかった。
私の人生で始めに大きな変化が訪れた日。
それをきっかけに、呼ばれる様になった愛称「ディズ」
私は変わった。
自他共に認める良い変化。
だからね、このあだ名、今でも気に入ってるの。
大人になった私も最近、振り切った事があったの。
自分の気持ちに正直に従って、自分自身と向き合うの。
大人の社会生活で忘れていた、心から求める事ってなんだろう?って。
子供の頃、大人から言われた事ない?
「人に迷惑をかけてはいけない」
「自分勝手な行動をしてはいけない」
逆に考えれば、子供の時は、自分を1番に大切に出来ていて、人の目なんて気にしなかったって事よね?
不思議と大人になって心が疲れちゃうと、真逆の事を言われる様になる。
「他人の目を気にするな」
「自分を大切にしなさい」って。
でも“新社会人”と呼ばれなくなる年代に入ると特に、社会という組織の中で育成されてきた大人の価値観を植え付けられ、それが大人の対応として正しいと信じてきて、ここにきて価値観を変えるって、すっごくエネルギーと勇気がいる事を最近心の病を伴って経験して学んだわ。心にも筋肉が必要で、何かを変えるには心の筋肉が要る。
高校や大学の時、何をして何を嬉しいとか、楽しいとか、思えてたのかな?お金も無かったし、趣味という趣味はピアノと読書くらい。
勿論、お給料とか、昇級とか、貢献とか、恋愛成就とか、社会人になってからしか味わえない喜びの深さもあるけど、何処かに“感情の喜び、楽しみ”を忘れてきた。
そしてやっぱり思うの。
自分の考えや経験を文章に起こすのは楽しい!
だから他の誰でも無い貴方に、忘れ物探しを手伝って欲しいの。
それはすぐに見つかるかも知れないし、ずっと見つからないかもしれない。
その間、私の秘密の心のお友達になって欲しいの。
眠くなってきたー
おやすみなさい。
今日はありがと。