お疲れ様です。
お仕事に、家事に、子育てに、自分のことにと、
皆さん色々とお疲れ様です。
ご無理なさらずに!
ですよ。
さて、思わせぶりに、この記事の最後に書いた、
【以前の私は不安症だった】
の一言。
この記事の最後
そうなんですよ。ホント、極度の心配性で、心配事が起こらないように念入りに準備をして、将来の計画をたてる人でした。念入りに準備をするので、周りは気がつかないです。
そう、心配性でした。
が正しいです。
それを拭うことになったきっかけは親友の自⚪︎と、我が子を失ったこと。これは、たったの2ヶ月の間に起こったことでした。いまだに思い出すと【自分に何ができたのか?】と動悸が激しくなる事柄です。
ピンクのカーテンは、生まれてくるであろう娘を思って準備し、ハワイで買った貝殻のタッセル
お部屋の空気が汚れないようにと買った、デロンギ。
まだ、買い替えられないのですよ。
もう、①と②のおねえちゃんは成人しているはずの年なのにね。
ただ、この2つの出来事は私を不安の鎖から一気に断ち切って自由にしてくれました。
【色々と考えて、準備しても、どうにもならないことがある。しかも、世の中にはそういうことのほうが多い。】
やっと、やっと、そこに気がついたアラサーの私。
そして、その時、どん底を、私という海の海底まで沈んで、海底で膝を抱えて、足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて。
足掻けば足掻くほど空気はなくなり、外に出られずに、自分の首を絞めるようで、3ヶ月新居のリビングで本当の意味で膝を抱え、体育座りをして過ごしたわけです。
【もっと、真剣に話を聞いていれば、まだ生きていた?】
【あの時、重い荷物持たなかったら、小走りしなかったら、出会えたの?】
答えは絶対に出ない世界をひたすらに過ごしたわけです。
少し、話がそれますが、
【ファンダム経済】【推し活】をテーマに書かれていますが、全てを読み終わる前に『あぁそうか』と納得したことがありまして。
子育てとか、仕事とか、指導者としてとか、一定の人数が私を相談相手として頼ってくれることがあります。かなりの人数です。
ママ友しかり、先輩しかり、後輩しかり、生徒しかり。
実は、私はそれを
【一定の距離をもって、なんなら、10M離れた大樹に腰掛けて】
眺めている感覚があります。
(心を許した人には違うんです。50センチ隣にいるんです。わかります?この感覚)
【なぜ、この人たちは私を頼るのだろう?】
という感覚です。
でも、朝井さんの紡ぐ言葉を通じて、やっとこさっとこ自分で自分を理解したのは、
【私に物語があるから】
なんですね。
朝井さんの小説の中にもでてくる、『物語』というWord。これが、ストンと腑に落ちたのです。
私には、空気がなくて、苦しくて胸を掻きむしるような半年近くを過ごしたのに、その経験は『他人にはドラマチックに映る』んだと、小説を読んで気付かされたというか。
指導者に復活して、心の底から不思議で不思議でたまらないのは、、、どうしても集団生活にはピラミッドが出現します。あえてどんなピラミッドかはここでは言及しません。でも、トップに君臨する子も、下の方にいる子も、話を聞くんですよ。話をしにくるんですよ。それが、自分には不思議で不思議でたまらなかった。でも、おそらく講義中の雑談で私の物語に共鳴したのでしょう。だから、くるのか。。。そうか。。。と。
その最たるものは全教科アヒル🦆ガーガーの子が、私のだけ最高成績なんです。私の何がヒットしたのか?敢えて聞いてません。
小説には、宗教のお話も絡みます。
そこも、繋がったんです。
お友達の多くが宗教を信じています。
なのに、誰1人私を誘わないんです。何度も、
『なんで、布教しようとしないの?』
【あんたは、まず、信じないし、自分で経験して乗り越えてるから】
と、どの宗教の子も言うんですよね。
しんどさを何かにすがって救われる人と、自力で抜けていく人とがいるから。と。あんたは、自力で抜けた。と。。。
なんだか、わかります。
酸素不足で、ハーハーいいながら、自分のなかで問答を繰り返したあの時代。誰かに縋っても、何かに縋っても、どうにもならないと、悟ったんでしょうね。
【自分を救うのは自分だ】
と。
そう言う意味で、①は私に近くて、②は白いと①が言い表すのもわかります。
②は、大森元貴という人物の作り出す楽曲に救われた。ミセスの3人に救われた。んだと思います。
母である私ではなく。私は実在して常に抱きしめてくれる人であった。
私は、実は、歌詞を読み込むことはしません。
考察も一切しません。
ただ、心地よいメロディを探すことに力を注ぐんです。自分が曲に乗って踊れるか?否か?だから、なんのジャンルでも聴くんです。心に響けば。なんでもウェルカムなんです。
今回ドームから、展覧会にと足を運んで思ったのは、アラフィフが非常に多いのは、そこなのか?ということ。苦しさと共鳴する歌詞が多いのか?
一種の宗教のような、崇拝に近いような、
そんな思いを抱えているのか?
映画と展覧会をみて思ったのは、これは芸能という世界に入れなかったとしたら、相当苦しかったのではないか?ということ。
全く接点のない、年齢も違う私ですが、あの人はグルングルンと考える人だと思います。
そして、聴く側もグルングルン考えている。
【考察をしたい人】
は、何かの救いを無意識に求めているのか?もしれないですね。わからないですけど。
私は、一度海底を経験しているから一切考察しないのかもしれないです。
つづく