着ぐるみクマの巣 -2ページ目

記憶 思い出 メモリー

このブログを立ち上げる以前には、書きたいことがいろいろ頭を巡っていたのだが、
立ち上げてしまうと、具体的にあったものが頭の中に沈んでしまった。
何かモヤモヤしたものが、頭の隅っこのほうで蠢いてはいるのだが。
ブログを立ち上げたことで、溜まっていたストレスが解消してしまったのだろうか。
はたまた、単なる年齢から来る記憶力の衰えなのだろうか。
またそのうち思い出すこともあるだろうし、追々書いていこうと思う。



昨日、ある知り合いの芝居を観に行ってきた。
5年ほど前に、とある芝居で共演したことがきっかけで知り合ったのだが、
その後、その知り合いは芝居に出ることもなく、以来、ほとんど会うこともなかった。
去年、久しぶりに芝居をやるということを聞きつけ、観に行ってきたのだが、
そこには、自分の持っていたイメージとは違う人間が立っていたのだ。


知り合った頃、その知り合いは、若く、やたら元気で、
身体全体からそのパワーのようなものが溢れていたように思う。
正直いうと、その頃の自分は、その知り合いに、恋をしていたのだ。
結局、片思いだった。
いいところまで行きつつも、告白することもできず、いつしか何かと気まずくなり、
公演終了後は、何かわだかまりを持ったまま疎遠になってしまった。


思い出は、記憶の中で美化されるという。
会わない間に、相手を美化してしまっていたのだろうか。
今思うに、勝手に、その知り合いのイメージを成長させていたように思う。
あの頃はああだったのだから、会わない間に、
もっと大きくなっている、良くなっている、成長している、筈だと。
世間一般的にはそれを、美化する、というのかもしれない。


去年久しぶりに会った知り合いは、何となく、みすぼらしく見えた。
舞台衣装のせいなのか、役柄のせいなのか、5年という年月のせいなのか。
瑞々しい、もしくは甘酸っぱいものを期待していた自分は、

何かを失くしたような気がしたのだ。


そして、昨日。
また何かを期待して、芝居を観に行った。
一年近くぶりに再会した知り合いは、やはり去年と同じく、

頭の中のものとは違うイメージで立っていた。
だが、去年ほどの落胆は無かった。


納得というか、中途半端に留まっていたものが、すっ、と落ちた感じだった。
幻想を壊されたというのではない。
自分の中の幻想のほうが間違っていたんだなと、何となく感じたのだ。

熱意 やる気 モチベーション

芝居をやり始めて、もうかなりになる。
大学生の頃から数えると、20年近く。
先日、所属している劇団の公演があったのだが、
しばらく芝居を休もうかと考えている。
この頃、何となく芝居が楽しいと思えなくなってきているようなのだ。

旗揚げの頃とは違い、芝居はどんどん大掛かりになってきている。
最初の頃は、気の合う知り合い同士が「取り敢えず、一本、芝居をやってみよう」という感じで集まったものが、
「作るからにはいい物を作ろう」
「お客さんが楽しんでもらえるものにしよう」
「もっとたくさんのお客に観ててもらおう」
「お客さんに忘れられないよう、コンスタントに公演を打とう」
どんどんスケールが大きくなってきている。

制作関連はまだ自前でやっているが、舞台装置・照明・音響関連は、専門のスタッフに任せるようになった。
演技の上手い役者にも客演してもらうようにもなった。
固定のお客さんもついてもらえるようになってきた。

ただ何だろう、何となく、劇団内での個人の温度差が大きくなってきているようでもある。
芝居に対する熱意の差、ともいうのだろう。
個人的な芝居の資質もあるのだろうし、それぞれの家庭の事情もあるだろう。

自分は、今、芝居以外に定職についている。
家庭もあり、最近、子供も産まれた。
自分個人の都合で、動くことの出来る範囲が以前より狭くなってきている。
出来る範囲で出来るだけのことをやろうと思っているし、まだまだ十分対応できると思うのだが、
何か気持ちが乗れないのだ。

怠け心といわれればそうなのだろう。
でも何か違うような気もする。


このまま書き続けるとまだま長くなりそうなので、取り敢えず一度筆を置く。
時間を見て、また筆を取りたいと思う。


いい訳めいているが、
持てる気持ち大きくしていくのは悪いことではないと思う。
いいことなのだろう。
ただ、旗揚げの頃が懐かしい、というものも、またどこかにあるのだ。

はじまり

ブログに興味を持ってはいたが、なかなか手をつける勇気が起きなかった。
きっかけは、いくらでもあったのではあるが・・・・。
周囲には、かなりの人間がブログをやっており、それを読むことは習慣になりつつある。
胸の内に溜まっているものを吐露するには、ちょうどいいのかもしれない。
手書きの日記を書くには、キーボード操作に慣れ過ぎてしまったことでもあるし。
自宅でパソコンに向かって書くには、家人に憚られることも多々あるだろうし。