杉並里子事件はえん罪! 

     突然逮捕され起訴された女性は訴える

  「犯行は不可能」とする家族の証言は無視された

  写真1 自宅の地下に降りていく階段 この下でみゆきちゃんの遺体が発見された

 

◆杉並里子事件とは

 

 2010年8月24日の朝、杉並区内で里子として養育されていた渡邉みゆきちゃん(当時3歳)が自宅階段の下で死亡しているのが見つかった。

 里親の鈴池静(すずいけしずか)さんは、そのおよそ1年後の2011年8月20日、みゆきちゃんに暴行を加えて死亡させたとして傷害致死容疑で逮捕された。

 鈴池さんは同年9月9日に起訴され、翌2012年の6月から東京地裁での裁判員裁判が始まった。

 鈴池さんは「みゆきちゃんは階段(写真1)を踏み外して転落して死亡した。暴行はしていない」と無罪を主張したが、検察側は遺体の解剖結果などから転落ではなく暴行による傷害致死であり、発見前日の夜、自宅内で暴行を加える機会があったのは鈴池さんだけであると主張した。

 地裁の裁判長は、検察側の主張を全面的に認め、2012年7月13日懲役9年の有罪判決を言い渡した。鈴池さんは判決を不服として控訴・上告したが、最高裁判所は2014年2月18日に上告を棄却、有罪判決が確定した。

 鈴池さんは服役することになったが、服役中も「自分は無実」と訴え続け、再審=裁判のやり直し=を求める請求を提出した。

 2021年7月に満期出所してからも、えん罪を訴えて大学で特別講義などを行う。2023年8月に再審請求は退けられたが、現在、第2次再審請求のために活動を続けている。
 一方、この事件をめぐっては、みゆきちゃんの実母が2013年9月、鈴池さんに対して賠償を求める民事訴訟を起こし、鈴池さんはみゆきちゃんに暴力は振るっていないが里親としての管理責任を感じたとして4300万円を支払っている。

 

 

◆鈴池静さんのプロフィール

 

 鈴池静さんは、1968年2月2日東京生まれ。東京女子体育短大を卒業後、会社員として勤務、その後、声優「遊魚静(ゆなしずか)」としてシグマ・セブン、81プロデュース、ムーブマンに所属して活躍、劇団「遊魚たいむ」を主宰する傍ら、フリーの声優として司会業やナレーションなどで活躍していた。 

 早稲田大学政治経済学術院公共経営研究科博士課程を修了して公共経営学博士号を取得した。

◆鈴池静さんインタビュー 
 

 私たちは2023年5月16日(火)杉並区にある鈴池さんの自宅で、鈴池さんから当時の現場の状況や捜査時の出来事などを具体的に聞かせていただいた。


医師の報告がきっかけで虐待が疑われた
 当日の朝、階段下に倒れていたみゆきちゃんを救急車で搬送する際、同行した鈴池さんの夫に、救急隊員が「(階段の)何段目から転げ落ちましたか?」と質問した。転げ落ちた瞬間を誰も見ていないため、鈴池さんの夫は「わかりません」と答えたという。しかし警察が作成した救急隊員の取り調べ調書には「(鈴池さんの夫が)10段目から落ちたと言った」と記されていた。裁判の時にそれを知った鈴池さんは疑問に感じたという。
 また、みゆきちゃんが最初に搬送された国立成育医療研究センターの医師は「みゆきちゃんの耳に裂傷があった」と証言した。これも不思議なことだという。鈴池さん夫婦は、救急車内でみゆきちゃんの身体に目立った傷がなかったことを確認していたし、救急隊の記録にも、耳の裂傷のことは一言も触れられていなかった。しかし、この「裂傷があった」という報告が、警察が「虐待」を疑うきっかけとなった。

 

なぜかメディアが集まってきた
 鈴池さん夫婦はそのまま警察の車に乗せられ、それぞれ別の部屋で事情聴取を受けたという。鈴池さんは、手の爪のネイルなどが(暴行などをしたことによって)欠けていないかなど、念入りに写真を撮られた。もちろん、そうした痕跡やあざなどもなく、問題はないとして、自宅に帰ることが許された。

 ところが自宅の近くに戻ってみると、付近の道路には、たくさんのメディアの記者やカメラマンたちが張り込んでいた。上空にはヘリコプターまで飛んでいた。警察は、鈴池さんの事情聴取では虐待を疑っているそぶりをみせていなかったのに、メディアに対しては「虐待の疑いがある」という情報をリークしていたのかもしれない。
 報道陣を避けながら自宅に入った鈴池さんはさらに衝撃を受けた。自分たちが不在の間に、警察は自宅の実況見分を始めていたのだ。鑑識の人が家の中を調べまわり、みゆきちゃんが発見された階段下付近の物も動かされていた。鈴池さんは「何やってるんですか?!」と聞いたが、警察官たちは、当然のことをやっているという態度だったそうだ。

 鈴池さん夫婦が警察にいる間、家には中学生の長女だけがいた。しかし書類上は、鈴池さん夫婦が帰宅してから実況見分が開始されたかのように記載されていたという。当時小学生だった次女は、その日、鈴池さん夫婦の承諾なしに警察に連れて行かれ事情を聴かれていた。

 その後も子どもへの事情聴取は、長時間にわたることがたびたびあった。

 鈴池さんはこうした警察の捜査のやり方、検察の証拠提出のやり方に不満をもっている。

 というのも、鈴池さんが所属する事務所や劇団員、教え子や大学の教授などあらゆる人に警察の取り調べがなされたが、鈴池さんによれば、自分のことをよく知っている人(好意的な証言をすると考えられる人)たちの証言はほとんど裁判に証拠として提出されることがなかったという。逆に自分とは疎遠な人たちが自分の性格などについて語っている証言ばかりが証拠として提出されたと感じたという。
 

◆犯行時刻とされた時間帯

 裁判では犯行が行われたとされる時間帯が争点の一つとなった。
 検察側が主張する犯行時間帯は午後5時半頃~10時45分頃の間である。その時間帯の暴行が原因で瀕死の状態になったみゆきちゃんが、翌日午前2時頃に死亡したというのが検察側のストーリーである。

 鈴池さんは、午後5時半頃かその少し前に、自宅と同じ敷地内にある実家を訪れ、ご両親とともにお酒を飲んでいたという。このことはご両親の証言とも一致している。そして検察側の主張では、この日次女が習い事から帰宅したのが午後8時前、長女が帰宅したのが午後11時頃、さらにご主人が帰宅したのが午前0時頃だったとされている。

 つまり、検察側のストーリーに従えば、鈴池さんがみゆきちゃんと自宅で2人だけになる可能性があるのは、実家でお酒を飲み終わって自宅に戻ってから、次女が帰宅する午後8時前までの時間帯である。

 検察は鈴池さんは午後7時頃には帰宅しており、次女の帰宅までの間に1時間くらいの時間があったとしている。

 

 ところが裁判で、宣誓の上で証言をした鈴池さんのお母さんは、あの日、鈴池さんが実家を出て自宅に戻ったのは「午後8時前だった」と述べた。

 

法廷でのお母さんの証言

「(鈴池さんが実家を出たのは)8時少し前だったと思います。私が、いつもみゆちゃんを8時には寝かせているというのを知っておりましたので、8時少し前に、もうそろそろ、みゆちゃん寝かせる時間じゃないのと娘に言った記憶があります。で、娘が、あっ本当だと、まあ今日はじゃあお風呂に入れないで寝かしちゃおうと言って立ち上がりました」

 

 そして鈴池さん自身も「祖父はいつも決まった時間に薬を飲み午後8時頃に就寝する習慣があったんですが、その日、実家からの帰り際、私が祖父に声をかけた時には祖父はすでにベッドにいたので、私が実家から帰ったのは午後8時前だったはず」と記憶している。

 また、結局裁判に提出されなかった次女の8月24日付調書によれば、次女は「午後7時40分ごろには帰宅した」と答えており、そうであれば犯行は不可能ということになる。

 ところが判決は、鈴池さんのお母さんの法廷での証言は、身内の証言であることや、警察の当初の取り調べに対して「鈴池さんは午後7時頃に帰宅した」と話していたことなどの理由をあげ「到底信用できない」として、お母さんの証言を採用しなかった。

 お母さんが当初、午後7時ごろに帰宅したと話していた理由について「当時は、週刊誌やワイドショーのバッシング報道が激しかった。もし警察に本当のことを話し、みゆきちゃんを1人にしてお酒を飲んでいたことが知られると、ますます静が犯人だと疑われると思った」と話している。ここにも報道の影響が表れていたのである。

 そして裁判所は、お母さんの証言を信用せず、検察の作ったストーリー通りに犯罪事実の認定をした。 

 

◆揺さぶられっ子症候群の見直しによって相次ぐ無罪判決

 

揺さぶられっ子症候群とは
 揺さぶられっ子症候群とは、SBS/AHT=Shaken Baby Syndrome / Abusive Head Trauma in Infants and Childrenとも呼ばれ、赤ちゃんを激しく揺さぶることで、表面的な外傷はないものの、赤ちゃんの脳に重度の損傷が生じた状態をいう。

  1970年代から医学的にその存在が知られるようになり、その知見が日本に入ってきた1990年頃から、日本の警察は、従来は事故と考えられていたようなケースに対しても揺さぶられっ子症候群を疑って捜査し、結果的に養育者(両親や祖父母)が逮捕・起訴されるという事件が増えた。

 当時は、子どもの身体所見で

 ①硬膜下血腫=頭蓋骨の内側にある硬膜内で出血がある

 ②眼底出血(網膜出血)=網膜の血管が破れて出血している

 ③脳浮腫=頭部外傷などによって脳の組織が腫れている

 という3つの徴候があれば、医学的に揺さぶられっ子症候群(SBS/AHT)と診断していいと考えられていた。そのため、たとえ養育者が「虐待していない」と否定しても、上記の3徴候があるからという理由だけで揺さぶられっ子症候群との診断が行われ、有罪判決が出るというケースが多かった。

 ところがその後の研究で、上記の3徴候だけでは揺さぶりがあったかどうかわからない、内因性の別の病気や、比較的低い場所からの転落でも同様の徴候が起こり得るということが指摘され、このような揺さぶられっ子症候群に対する「見直し」の流れによって、日本でも1審で有罪になった事件が2審で逆転無罪になったり、最初から無罪判決が出るというケースが増えてきている。

 

日本弁護士連合会報告書にみる無罪判決の傾向

 こうした動きに注目した日弁連刑事弁護センターは、2023年3月「SBS/AHTが疑われた事案における相次ぐ無罪判決を踏まえた報告書」をまとめた。

 それによるとSBS/AHTによる障害や死亡が認定されて被告人が起訴された事件では有罪判決が続いていたが、2014年ごろから、被告人の犯人性を否定したり、別の理由による死亡を認定して無罪とする判決が出始め、特に2019年以降は、顕著に無罪判決が出る傾向があることがわかった。

 表1と図1は、日弁連刑事弁護センターが把握している揺さぶられっ子症候群が疑われた事案の判決の動向であるが、無罪判決が2019年には3件、2020年には6件、2021年には3件(うち1件は最高裁判決)、2022年は1件出ている。日本の刑事裁判においては、起訴された事件の無罪率が0.1%と言われているなかで、揺さぶられっ子症候群が関わっている事件の無罪率はまさに異常な高さであるといえる。

 

表1 日弁連刑事弁護センターが把握しているSBS/AHT事案の一覧
   (否認・自白事件)に係る判決=赤字は無罪判決

 図1 上記表1をグラフにしたもの(2019年以降は無罪判決が出る傾向が顕著)
 

 もちろん杉並里子事件は、揺さぶられっ子症候群であるかどうかが直接争われたものではないが、

・被告人である鈴池さんが暴行の事実を否定し

・犯行に使われたとされる凶器は見つかっておらず

・犯行動機も立証されていない中で

・みゆきちゃんの身体の傷の状況から暴行が行われたと推定している

という点では、かつて出された多くの揺さぶられっ子症候群の有罪判決と似ている面がある。

 そして判決が、みゆきちゃんの死因を「急性脳浮腫」であるとしているにもかかわらず、検察側から開示された証拠の中に、最初に搬送された国立成育医療研究センターで撮影されたとされる、みゆきちゃんの頭部CTの画像が存在しないことは、大きな疑問である。一部の証拠が、裁判に提出されず隠されているのかもしれない。
 以上のことから、私たちは、もし杉並里子事件の裁判(1審判決が2012年7月)が、もっと後の時期(例えば2019年以降)に行われていたならば、みゆきちゃんが階段から転落して死亡したという鈴池さん側の主張が、もっと注意深く検討されたのではないかと考える。

 

◆再審への動き

 

 鈴池さんはいま第2次再審請求に向けて、喜田村洋一弁護士を中心に準備を進めている。有罪判決の認定を覆すため、階段落下の再検証や、医師の意見書作成などを予定しているという。

 私達ゼミ生としては再審無罪に向けて、これからも鈴池さんを応援していきたい。