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【語り継ぐ桶川飛行学校】 (3)機体整備に明け暮れた青春

 ■航空兵と“お菓子の交流”ささやかな楽しみ

 桶川飛行学校には兵舎のほかに、守衛所と弾薬庫、そして車庫が残っている。今は壁の一部が朽ち果てた車庫には、飛行機のエンジンを始動させる始動車や、機体を運ぶトラックなどが保管されていた。

 「田んぼなどに飛行機が落ちたら整備員たちがトラックでそこに行ってね。機体を乗せて学校までよく運んだものです」。懐かしそうにほほ笑むのは、北本市在住で昭和19年4月から桶川飛行学校で整備員として働いた増田昭雄さん(85)。終戦間際には、空襲に備えて飛行機を森や寺に隠したり、上空からの発見を防ぐために燃料の入ったドラム缶に草をかける作業も行った。花形の航空兵だけでなく、機体の整備に明け暮れた整備員たちも、青春をこの学校にささげていた。

 ◆素手で故障探し

 隊員の入れ代わりが激しい航空兵とは別に、飛行学校には地元から就職した職員や整備員らが勤務していた。整備員には飛行機の整備班、燃料の補給班、格納庫内の雑務を受け持つ庫内班などの担当があった。

 整備員の朝は早く、格納庫に翼が折り重なるようにきっちりと収納された飛行機を引っ張り出して滑走路手前に並べ、機体の点検や試運転を済ませる。

 「地上試運転異常なし」

 教官に伝えると、航空兵らの訓練が始まる。

 14歳で就職した増田さんは、3カ月の学科訓練を受けた後、整備班に編入された。「教科書なんてないから教官が黒板に書くことを全部写して説明を聞く。短期間で飛行機の構造を覚えなくちゃいけないから、必死で頭に詰め込みました」

 整備の実践も苦労の連続だった。訓練を終えた機体は、漏れた油で真っ黒になる。翌日の訓練までに掃除しなくてはならないが、べとべとの油はなかなか落ちない。「そんな時はガソリンを洗い油に入れてかき混ぜて拭き取るしかない。ガソリンは高価だったから、上官にばれないようにやったんですよ」と増田さん。

 試運転でエンジンに異常があれば、熱くなった星形エンジンの気筒の間に腕を突っ込み、調子を探った。「素手で触れば1カ所だけ冷たいところがある。そこに異常があるんだなと分かるんです」。腕には年中やけどの跡があった。

 ◆愛機の音

 担当の飛行機には、自然と愛着が湧いた。滑走路脇の待機所で訓練を見ていても、エンジン音で自分の飛行機がどこを飛んでいるか把握できる。エンジン音は一機一機違うのだ。「とにかく操縦士が無事に機体と共に帰ってこられるように」と願いながら整備に当たっていたという。

 航空兵との交流もあった。当時、将校として優遇されていた航空兵の中には、操縦席内のポケットにお菓子を忍ばせ、「ポケットに入っているからな。よく整備しといてくれよ」と整備員に耳打ちする人もいた。「あのころはチョコレートやクッキーなんてめったに食べられなかった。そんなことしてくれたら入念に整備しちゃうよね」。増田さんのささやかな楽しみだったという。

 ◆変貌した訓練

 そんな日常が終わったのは、戦況がいよいよ厳しくなった20年2月。本校の熊谷陸軍飛行学校が第52航空師団の一部に改編され、…続きはリンク先でお読みください。


産経ニュース記事より引用
産経ニュース 2015.5.15 07:10更新

産経ニュース記事リンク


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