お久しぶりです。
約1年ぶりに書く訳ですが、懐かしくなってブログを読み返しました。怖いです。昔の自分が怖いです。恥ずかしいです。意識の高さ露呈し過ぎです。
世界一周から帰ってきて1年経つ分けですが「世界一周どうでしたか?」と未だに聞かれます。社交辞令なのか本当に聞きたいのかわかりませんw
ってか1年経ってやっと、自分の旅のことを周りの人に話していなかったということに気がつきました。事件はたくさん話しましたが、精神的な部分は何一つ話していません。
事件を知りたい人がいたら、このブログを読み返すといいです。僕の話は売れ残った刺身みたいなもんなので、新鮮じゃないので聞いても面白くないと思います。なんなら、当時、必死に書いていた新鮮なままのブログを読んだ方がいいと思います。
オフレコな話は直接聞いてくだいさい。ってか学校とかで会った人が「くまさんブログ読みました!」とか言ってくれたら飛ぶ。
けどはずかしい。けどうれしいw
「どこの国がよかったですか?」とか100回は聞かれましたが、単純に気になる質問w
何度も言うようだけど僕は南米がすごく好きでした。特にボリビア、ペルーは最高。
みんなハッピー(に見える)だし、
シュールだし、
のんびりしてる。
標高が高いから、空が近くて本当に気持ちが良い。
治安が悪いとか言われてるけど、別に気をつけていれば大丈夫。とにっかく一回行ってほしいとこ!
短期旅行では味わえないけど、世界一周とか長期の一人旅とかだと、たくさんの友達ができます。どこのどいつが言ったかわからない名言にこんな言葉があります「一人旅は一人じゃない」すごくチープな名言だけども、身を以て体験しました。世界一周者はルートが似通っています。
例えばペルーだったら
リマ→ナスカ(地上絵あるとこ)→クスコ(マチュピチュ)→プーノ(チチカカ湖)
みたいな。そんで日本人が宿もだいたい一緒です。だから、ペルーの宿で出会った人とアルゼンチンで再会するみたいなこともあるわけです。
たくさんのケースがあるけど、僕はアルゼンチンの宿に忘れていった眼鏡をペルー、ボリビア、パラグアイ一緒に旅していたりょうさんが発見したらしく、それを大切に保管してくれてて最近、池袋で受け取りましたw(ちなみに予備の眼鏡があったのですが、チリに入国するとき、なぜか危険物だと見なされ没収されましたw)
あと、トルコのギョレメ
ここ
たまたま宿の部屋が一緒だった人が13年間、疎遠状態になっていた友達だったこと。これに関してはさっき書いたことと関係ないけど、つまりは世界は狭いってことですね。
なんかこれだけ聞くと世界一周とか旅って楽しいことづくしじゃんとか思うかもしれないけど、辛いことの方が多いと僕は感じました。宿は汚いないところがおおいし、なんでか知らないけど、おれの頭の同じサイズのカエルが風呂場にいるし、ゴキブリもいっぱいいるしですごく気分悪いし。腹壊すし。風邪引くし。しまいには胃腸炎と高山病併発して4、5日食ったもの全部はくしで最悪。
一番辛かったのは精神的な部分。僕は20歳の時に旅をしたんですが、まあ大学のサークルでいったら最上級生なわけで、日本にいたとしても楽しんでいた自信はだれよりもあります。大学時代一番楽しいときにいないというわけです。友達がFacebookに投稿する写真を見るたびに世界一周を恨んでいました。孤独とはこのことw
行くタイミングって大切。早ければ早い方がいいとか言われたけどそんなことないです。
このことで悩んでいるときある人から言われました。
「孤独は海外で一人でいることでしか実感できないんだよ。そして孤独を知ってる人間は強くなれるし、優しくもなれる。」
その人もNYにずっと住んでいて、僕と同じ悩みを抱えていたそうです。
負け犬の遠吠えに聞こえるかもしれませんが、当時の僕にとったら救いの言葉でしかなかったw
これも今となってはいい思いです。
辛いことがあったから楽しかったって思えます。つくづく人生はうまくできてるなとか思ってる。
押し付けがましく「行った方がいいよ!」とかは言いませんが、行って後悔は絶対しないし、良い思いでになります。僕も毎日思い出します。
最後に、
「休学して世界一周」なんて聞こえは良いけど、ただのニートです。お金も生み出さず、自国のGDPをさげ、ほっつき歩いているニートです。それは世界一周中に気がついたこと。けど旅にでる前はそんなこと思っていなかった。もっと夢と希望に満ちたことなんだとか感じていました。なんなら自分は”すごい”とか勘違いしていました。この世界一周が地元のTV番組の毎週のコンテンツにもなり、新聞にも取り上げられて、世界一周しているやつのなかでも自分はマイノリティーな存在ですごいやつなんだとか実際、思ってました。いわゆる”ハッピー野郎”
けど、旅に出てしまえばその人のバックグラウンドとかどうでもいいってことに気がついた。僕見たいな自惚れナルシストよりも、フラットになんも気にせずその場を楽しめる、旅を楽しんでいる人たちが輝いているように見えました。ってか実際そうでした。
そして皮肉なことに僕はそういう輝いている人たちとしか出会っていません。逆にそういう人たちに出会ったからこそ今この文章が書けてます。
twitterのフォロワーがいるとか、有名だとか、見栄の張り合いみたいなことがどれだけ無意味だったかよーくわかりました。世界一周して1年間経って考えた結果です。プライドが高い人ほど幸せのハードルって高くて、もっとフラットな目線で生きた方がずっと幸せ何だと思います。
人が一生懸命なにかをやっているのを批判して、見下して。自分は本当につまらない人間です。見下すのやめますw ハッピーな具体的な生き方を見つけたわけじゃありませんが、人を認めることのできない時点で、ハッピーではないことだけは理解しましたw
この文章を不特定多数の人に見られることでぼくがまともな人間になれると思って書きました。文字にして人にみてもらうことは自分をさらけ出すこと。じぶんにはあんまりそれができていないので、ブログはこれからかも不定期ですが続けていこうと思います。
では








