近所のイタリアンレストランでワインを飲んで食事しました。
ここは炭火で焼きたてのpizzaをサーブしてくれるので
いろいろな味が楽しめます。
いっぱい喧嘩もしたけど
お互いを思いやれる夫婦でいたい
という気持ちは同じです。
これからもよろしくね
(その1)からお読みになれば芭蕉の道筋がわかります。
奥の細道紀行(その1)~中尊寺・金色堂・毛越寺へ
青葉城ではいつもの武将(笑)が出迎えてくれます。
お父様お母様に感謝いたします。
素敵な旅をありがとうございました。
芭蕉は平泉で大きく感銘を受けその想いを残しながら旅立ちました。
「なるごの湯より尿前の関にかゝりて、出羽の国に越んとす。此路旅人稀なる所なれば、
関守にあやしめられて、漸として関をこす。」(おくのほそ道)
義経一行が通った道です。
秀衡は、平泉から義経を此処まで来て出迎えたということです。
それだけ、義経のことを愛おしく思っていたのかもしれませんね。
その後訪れる過酷な運命の前のほんの一時の安らぎだったことでしょう。
芭蕉は、義経の気持ちを思い
「夏草や 兵どもが 夢の跡」
と歌に残したのでしょう・・。
封人の宿へ
「小黒崎・みづの小島を経て、鳴子の湯より尿前の関にかかりて、
出羽の国に越えんとす。この路旅人まれなる所なれば、
関守に怪しめられて、やうやうとして関をこす。
大山を登って日すでに暮れければ、封人の家を見かけて宿りを求む。」(おくの細道)
道端の1件の家を見つけて宿にすることができました。
国境を守る封人の家です。
「蚤虱馬の尿する枕もと」
と歌います。
「私の‘奥の細道’の旅は芭蕉の家の、深川から、終焉の地、岐阜県の大垣まで
全行程を徒歩で歩き繋いで約6年掛かりました。
約2000km以上の旅でした。」
20年近く交流のある方で、私の尊敬している方です。
今年で70歳を迎えるそうです。