日本人は他人と大きく異なるのを嫌う、それが意見だったり、ファッションだったり、学歴だったり、そのほか多くの物事に当てはまる。

それは偏見だといわれてしまえばお終いですが、日本社会にはそれを示すたくさんの事実が存在しています。

例えば、年齢。

18歳で大学に入学して22歳で卒業、そしてそれと同時に就職、ほとんどの大学生、または高校生はこんな流れに乗って時を過ごしていくんだろうなと考えていると思います。

そこに何も疑問を持たずに。別に18歳で大学に入学しなくても、高校卒業後に自分の進みたい道をある程度見定めて大学に行くのもありだと思うし、22歳で就職しなくても、卒業後に海外の大学院へ進学したいのならすればいい、事実、国は違いますが、アメリカ、ヨーロッパの学生は必ずしも高校をでてすぐに大学に通うわけでもなく、大学卒業後にすぐに就職するわけでもない。かと言って、その間の時間を無駄にすることなく他国を訪れてみたり、職務経験を通して自分に合っているだろう仕事の方向性を見定めたりしている。大学には異なる年齢の生徒がいるのは普通のことだし、いくつになっても学校での学びなおしを考えている人が多い。しかし、例えば日本人で30歳の人が大学に戻って学びなおしたいと思い、それを誰かに公言したとしよう、きっと多くの人の反応は”なんで今さら?”とか”もう遅いんじゃないん?”などだろう。こんな状況だから、何歳までに○○しなきゃという考えが生まれる、皆が大学に行くから、私も行く、皆が就職するから、俺も。その特に理由のない、訳も分からない枠組みの中で他人と違うことを恐れて佇んでいる。

このように日本という大きなコミュニティの中には明らかに人と人の間に同調圧力が存在する。自分はこう思うけど、皆はああ言ってるから、自分も皆に賛成しようとか、仮に大多数の意見に反対してしまえばそのグループには居られなくなる。皆、異なったものを受け入れ難いから。変化が怖いから。批判が恐ろしいから。だったら皆に同調した方が楽だよねといつまでも偽物の仮面を被り続ける。

自分の意見を堂々と言えて、且つ皆が互いにそれぞれ異なることを理解して、年齢に関係なく自分のやりたいことをやる、それが1番ストレスなく過ごせる環境なのに日本に住んでいるとなかなか難しい。

もっと自分の人生は自分で意識的にデザインしていく、そんな感覚を自分も含めて多くの人が持つことができたらなと思います。

そしたら、他人なんて関係なく自分のことにもっとフォーカスできるんじゃないかなと。

読んでいただいてありがとうございます。