Mです。
だいぶ長い休憩になってしまいました。
場所替えして最初の散文です。

 AIの実力がめきめきと上がってきていて、ビジネス上でも役に立つツールに定席を締めていると思えるこのごろ。ヒトの補助役を、十分以上に果たしていると感じる。むしろ、下手な助っ人を頼むより高信頼、高効率だったりして・・・

 とはいえ、あまたある情報を網羅しているクラウド環境からピックアップした回答は、迅速かつ明解にできあがっているように見えるものの、時として、とんでもない的外れを犯していることも散見。どこまで行っても、補助はあくまでアシストであり、アシスト式自転車がペダルをこがない限りは走れないように、ヒトが目的を示して動かし、結果を判断して採用することが肝要なことは、明白な事実だ。情報源をAIに頼って踊らされてはならない、とキチンと頭にたたき込んでおかなくてはいけない。

 だがしかし、明らかにヒトの解析よりも優れている結果を迅速に出してくる分野もあると感じる。
 そのひとつが、天気予報、ではないだろうか。
 いまや、気象に関する情報が、スマホのSNSで交わされるお天気状況もAIの情報としてピックアップされているはずだ。そうなると、広域気象情報ではなくて、本当にみんなが欲しい自分のいる場所、あるいはこれから訪問する場所のお天気が、AI提供で迅速かつ正確に手に入ることになる。気象庁のネット開示によるアメダス情報よりずっとわかりやすいし便利だろう。まさに、お手軽天気現況、天気予想になるに違いない。

 気象庁発表、が最も権威のある内容だった時代は、既に過去のものだ。少なくとも、お天気情報としては。地震情報はまったく別だからね。

 日本という国は狭いながらも山岳地帯の割合が多く、気象観測の面から見ると山岳地との位置関係によって天候の変化が大きく、特殊な気象現象も起こる。たとえば梅雨末期などに日本海に発生した前線に向かって南から吹き込む空気が中部山岳南で雨を降らせ、水分を失った高温の空気がその山を超えて北陸・新潟地方に熱風となって吹き下ろすフェーン現象は、その一例。そのような気象条件の際には、中央山岳の南と北では、場所によってさまざまな気象現象が起こっているはずだ。ただ、全体としてみると南側で雨、北側で熱風、と大雑把に言われてしまうが、山岳地帯の地形も様々なので、南も北もより狭い範囲で見れば異なった気象現象が現れていてもおかしくないと思う。
 いやむしろ、そのとらえ方さえ「今は昔」、だろう。
 一般的には・・・と前置きされる定型の気象情報も、昔ならば素直にうなずくしかなかったのだろうが、観測機器がネットに繋がりネット利用が著しく進化した現在では、ヒトはより身近な情報を必要としている。つまり、関東地方では・・・ ではなくて、
東京墨田区では・・・くらいに狭めた情報が欲しいとき、スマホで天気予報を検索すれば、あと15分ほどで雨になる、といった細かな予報情報が判ってしまう時代になっている。

 気象庁の予報は、スーパーコンピューター富岳も使っているとのことだが、そのデータ源は、全国およそ1300箇所のアメダス観測地にある。アメダス観測所のうち、約840か所では、降水量に加えて、風向・風速、気温、湿度も観測しており、豪雪地帯では積雪の深さも観測しているとのこと。それら情報を集積して解析した結果が、だんだん視聴率の低下が進むTV天気予報番組。新聞社のHPでも、その情報を元に予報記事を出している。

(参考)気象庁観測システムの全体像
 https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/jma-guidebook/chapter3.pdf

 旧い人間に属しているMは、いまでも気象情報をTVで見ることに違和感はないし、そこそこ楽しんで見ている。土日のNHKに出演している気象予報士の南おじさんは、見ているだけでほんわかしてくるおやじさんで、過去の気象統計でいまを説明するコーナーも面白い。とはいえ、そういう情報はうんちくとしては面白いが、”今”を考えるときには不要。忙しく動き回る人々には無用なのである。

 西の山の中どおらに雲がかかっているんで、明日は雨だなぁ、とか語る地元の古老が貴重だった時代はもう”いにしえ”である。明日の地区運動会の仕出しを頼まれている弁当屋さんは、古老にたずねるのではなくスマホで「ここの明日の天気」を検索するに違いない。安全確実には、メガデータが集積しているクラウド環境の方がずっと有効だから。

  今はどうか知らないが、そのうち、スマホの運営組織がスマホに装備されていくだろう各種の情報収集端末(温度、湿度、高度など)から得られる情報をブラインド収集して情報として各種予報事業に提供する、という仕組みが出来るだろう。スマホユーザーは、知らないうちに情報収集者になっていて、陰で社会貢献している,なんてことになりそう。
自身もその恩恵にあずかれるのだから、拒否は起こらないだろう。

 はてさて、あと10年経ったとき、TVの天気予報コーナーは存続しているのだろうか? そのとき存命である自分を祈る。