
日が経つごとに記憶が薄れてしまうので早く書かねばー、というある種の強迫観念に駆られていますが、この忘れっぽさは年のせいか元々の地頭の拙さ(柔らかい表現)のせいなのかが悩ましいところです。

他の4人とはちょっと雰囲気の違う関係性(現実世界とかなり近い)だったのは、百合花が最初に始めた物語だったせいなんでしょうか。
百合花もこのルートではちょっと遠慮がちというか、シンデレラや赤ずきんルートで見られるはっちゃけた様子がほとんどなかった気がする。
「駒」である魔法使いまでもきちんと救おうという計画性の高さはさすが百合花嬢あざといな、という感ですが、逆に最初に彼に救いを与えることで「完璧に意のままになる駒」(魔法使い)を手の内に納めようとした、とも取れますね。やっぱりそういう風に見ていくと、猟師さんがちょいちょい口にしている「あいつは好きな男以外は駒としてしか見ていない」という言葉は的を得ているんだなー。
魔法使いも(その他の人格も)アリステアの一部ではあるけど、百合花にとって何より優先するのはアリステアという主人格な訳です。何がここまで彼女に割り切らせたのだろうと思うとコワイ。
白雪ルートで、白雪が覗き込んだ鏡にアリスのシルエットが映っていた時点で、「あー……」となんとなく想像は付いていましたが、ひとりずつの時間を繋ぎ合わせていくという手法はなかなか興味深かったです。見た目年齢的に白雪が次男っておかしいよねとか、赤ずきんとオオカミも幼馴染というには年が離れてるよねとか、進めながらプレイヤーが腑に落ちないと感じる部分も丁寧に拾っていくのもよかった。
まあ結局のところ、アリステアの元主治医がオブラートに包まずすべてを語ってくれることによって解離性同一性障害がネタバレされるのですが、魔法使いも百合花も実は最初から知っている事実なので、その辺りのことはスルーして進むのが実にシュール(笑)。
「誰も選べない」「全員が好き」と恥じることなく公言し、グレーテル君に「脅迫状が届いてほっとした。これで楽になれるんだって」と胸のうちを吐露されても罪悪感ひとつ感じない百合花の鬼畜のような感性が、ここでやっと正当化される訳ですね。だって彼らにとっては人格ひとつひとつが「個」であるけど、百合花にとっては5人とも「アリステア」というひとりの人間なんだもんね。
そういえばちょっと気になったのが、婚約者として同棲(?)している4人は全員百合花に好意的なんですが、白雪も部屋に会いに来てくれた時、にっこにこしてたよなーと。
おそらく現実世界では百合花と白雪は会ったことがないはずだけど、やっぱり白雪は鏡を通して百合花のことを見て好意を抱いていたのかな、あの様子だと。
それと魔法使いがグレーテルにはほとんど興味を持ってなさそうなのにも気になった。まあ過去を辿るならグレーテル君は除外されるのは当たり前なんだけど(百合花と再開後に生まれた人格だから)。まあ性格的にもこのふたりって気が合いそうにないしなぁ……。
なんていうか、この魔法使いルートとエピローグすべてを読んで感じたのは、魔法使いって実は「完璧な百合花の駒になろうとしてなりきれなかった人」のような気がしました。
自分に与えられた百合花の「分割された愛」に満足することが出来なかった。何故なら魔法使いはすべてを知っていて、それが自分が求める百合花ではないから。「分割された愛」(魔法使いルートのヒロイン)に気持ちが移ろい始める自分を感じていたんじゃないかな。だからこそ「僕が君を愛することはない」とはっきりとした拒絶の言葉を繰り返し口にしているのかなと。「誰よりも優秀で万能」と言われすべてを見通すことのできる立場にいる彼にとって、百合花の手駒でいることはきっとさぞやプライドを傷つけられたことでしょう。だけど駒であり続けることによって、自分は百合花の傍にいられるという葛藤。常に俯瞰的な態度を崩そうとしないのは、そういった精神的背景があるからかな、なんて妄想していました。
まあ、普通に考えると相当な屈辱だよね。「私のすべてをあげる」と言われ、もっとも欲しい彼女の「心」が伴わない身体を与えられ、夢の中でも「分割された愛」を与えられる。魔法使いが求めているのは100%の百合花なのに、常に7分割された欠片しかもらえない訳です。そりゃアリステアを疎ましく思うのも無理ないよ。
ところでこの時「あ、このふたりって肉体関係あったんだ」と思わせておいてエピローグで「勘違い」としてますが、正直なところ言うと最後まで致していないだけである程度の接触はあったんだろうなと見てる。じゃなきゃアリステアが隣で寝ている百合花の姿を一目見ただけで勘違いするようなことはないだろうし、魔法使いも「身体を重ねた」というはっきりした表現は使わないと思うんだよなー。百合花も「誤解だ」という割にアリステアに何も言わんし。
ただまあ、魔法使いにとっては己の惨めさの証のような「分割された愛」ではあったけど、それに心癒されていたのも事実なんだよね。じゃなきゃずっと黒猫を連れて歩くわけがない。
「僕は君を愛さない」と百合花を拒む魔法使いに対し「それでもいい、傍に置いてくれれば」と愛を求めない彼女、という形で幕を閉じるわけですが、現実世界ではまったくの逆。ここでも「あべこべな世界」だった。
そうそう、百合花が魔法使いを屋敷に連れてきたり滞在させたりすると、他の4人がものすごく拒絶反応を示すのは、アリステアによって生み出された人格じゃない(=兄弟じゃない)からなのかなぁ。そう思うと、精神世界においても魔法使いは孤独だったんだなー。そりゃ存在を認めてくれた百合花に執着するよね。

「アリス」は交代人格ではなくて、アリステアのイマジナリーフレンドっぽいですね。
わかりやすく言っちゃうとちびっこがぬいぐるみに名前付けて話しかけるアレですが、彼の場合は鏡に映る自分に話しかけることによって「理想の自分像」を作り上げていったと。
私は原作である「鏡の国のアリス」を読んだことがないんですが、鏡を通り抜けて今までの物語のその後の世界で、逃げたアリス(白ウサギ)を追いかけるという図式はすごく興奮しました。
ラストだけあって、各エピソードのその後が垣間見れるのも嬉しい。シンデレラや赤ずきん、かぐやに対しては無知ゆえの暴言で場を混乱させたりしてるのに、グレーテル君にだけは妙に空気を読んでいる百合花には笑った。たぶん変なこといったら即監禁ルートまっしぐらであることを無意識のうちに察していたに違いない。でもそんな百合花の背景をさらりと読み取ってしまうグレーテル君はさすがだった。「分割された愛」を受け取って、彼は大人になったんだなぁと成長を感じる場面でした。
アリステア考察(もどき)はこれまでに散々やってしまったので書くこともあまりないんですが、アリステア目線の現実世界は、恐怖を覚えました。本当にビリー・ミリガンそのものだよなぁ……。
どこで見たのかは忘れてしまったけど、「自分が自分であるという認識は、自分という意識の連続(継続?)によるものである」みたいな言葉があったけど、アリステアにはそれがないわけです。気が付いたら時間が経過している、知らない人に親しげに話しかけられる、あるいは付いた覚えのない嘘(罪)を糾弾される。想像しただけで怖くてたまらないし、そりゃ自己の確立なんてできるわけがないよね。だって自分を自分たらしめるものが欠如しているんだから。
色んな記憶を手放し続けてきたアリステアが、唯一大切に抱え続けてきた記憶が百合花との思い出で、苦しみぬいた果てでようやく百合花と再開するけど、そこでハッピーエンドにはならなかった。何故ならそれは現実で、彼の物語は命が終わるまで続くから。
「生きることは苦しみの連続だ」とはまさによく言ったもので、百合花の両親に引き取られて生活の安寧を得ても、アリステアの心は波打ち続けた。かぐやルートと同様、生きるために与えられた環境に馴染む努力をする必要がなくなったせいで、自己を振り返る余裕が出来てしまったから。ほんと、生きることって苦しみの連続だよなぁ……と思わさせるを得ない。
隣で眠る百合花を見て、嘔吐しながら鏡に映った自分に声を荒げるシーンは涙なしには見れませんでした。アリステアの気持ちを考えたらねぇ……。自分の身体で、自分じゃないヤツが自分の好きな子に触れてるんだもの。苦しいなんてものじゃないよね。もう言葉にならない。また松岡氏の演技がすごくて……うわぁぁぁってこっちも悶絶した。
それでもアリステアは自分の人生に絶望せず、「他の人格と話す」ための道を選ぶのだから、この人は物静かに見えてその実、芯の強い人だよなぁと思った。やっぱりそういうところが百合花とそっくり。好きな人のためには自分を省みないというところがこのふたりは似たもの同士だよね。
ところで現実の解離性同一性障害だと、分かれた人格をそのままにしていると(深く眠らせて表に出てこないよう制御する)、本来持っていた才能が失われていくらしいですが、きっとアリステアも人格が分離していなかったら、ガラス細工の技術やお菓子作りの才能に秀でていたのかもしれないな、と思うと、人格たちが融合あるいは消失しなかったことは喜ばしいけど、複雑な気も若干感じたりしますね。アリステアはかつて自分の1パーツに過ぎなかった彼らの「個」を尊重し、自らが持っていた可能性を手放したのだと考えると、そういうところもまた彼の自己犠牲の強さを感じてしまうよなー。自分を救済するために作られた百合花のために、大切な記憶(アリス)を分割してしまうところなんて、まさにだよね。
でもきっと、他の人格を手放して凡庸な少年になってしまったアリステアを、百合花は懸命に支えていってくれるであろうし、アリステアもまた百合花に相応しい男性になるべく努力していくんだろうな。
お似合いすぎて魔法使いの入る余地なんてそれこそないよね。まあそりゃ絶望しても仕方ないよね。横恋慕キャラ大贔屓の私にしては、今回魔法使いはピンとこなかったんですけど、それでも「なんだ……結局両想いなんじゃないか」の下りは胸が痛んだ。
タイトルの「大正」は「大正デモクラシー」にかけてで、大正とはまったく関係なかったね!
とはいえ、ただの民主主義を現す言葉として用いられているのではなく、「初めて(アリステアの中で)行われた民主的な行い」という意味なのかなと思いました。はっきりとその言葉そのものを用いないところがまた憎い演出だなぁ。タイトル・内容ともに細部にまでこだわり尽くされた作品だった。
色々と複雑な思いもあり、安易にキャラ萌えしてウハウハできるように内容じゃないので、手放しに「大好きだ!」と言っていいのかどうか悩む作品ではあるのですが、こうやって感想を書くと賛美の言葉しか出てこない辺りが私の本音なのかなーという気もします。
まあ「死神と少女」のときは、すごいなーーーー……と感服しつつも、個人的な好みで言うと嫌悪も混じるような複雑な気持ちだったのを思い返せば、対称アリスはかなり好意的に受け取っていると思う。自分の中で。
まあ書き出してしまうと本当にきりがなくて、アレもコレもなってしまうのですけど、非常に楽しんでプレイすることのできるゲームでした。
最後の百合花目線の物語を読み終えると、「これはまぎれもない乙女ゲームだ」と断言できるのですが、これを乙女ゲーがやりたい!って人に勧めるのは……正直難しい……かな?
嫌というほど現実を突きつけられるこの物語は、とても秀逸なんですけどね。扱いが難しい。
そういえば我慢できずにチラリと感想ブログを見に行ったんですが、pc版とvitaだと結構表現が違ってる?ぽいですね。
そういう話を聞くとpc版もやりたくなってしまうよ~~~。
(未だに蝶毒もpc版買うか悩んでいるし……orz)
vitaに固執せずにpcゲームも解禁すべきなのかなぁ。しかしpcめんどいんだよな……。