追い求めてるうちに、不意に夢は現実するものだ。
太一は海草のゆれる穴の置くに、青い宝石の目を見た。
海底の砂にもりをさして場所を見失わないようにしてから、太一は銀色にゆれる水面にうかんでいった。
息を吸ってもどると、同じ場所に青い目がある。
ひとみは黒いしんじゅのようだった。
刃物のような刃が並んだ灰色のくとびるは、ふくらんでいて大きい。
魚がえらを動かすたび、水が動くのが分かった。
岩そのものが魚のようだった。
全体は見えないのだが、百五十キロはゆうにこえているだろう。
興奮しながら、太一は冷静だった。
これが自分の追い求めてきたまぼろしの魚、村一番のもぐり漁師だった父を破った瀬の主なのかもしれない。
太一は鼻ずらに向かってもりをつきだすのだが、
クエは動こうとしない。
そうしたままで時間が過ぎた。
太一は永遠にここにいられるような気さえした。
しかし、息が苦しくなって。またうかんでいく。
もう一度もどってきても、瀬の主は全く動こうとはせずに太一を見ていた。
おだやかな目だった。
この大魚は自分に殺されがっているのだと、太一は思ったほどだった。
切れまで限りなく魚を殺してきたのだが、こんな感情になったのは初めてだ。
この魚をとらなければ、本当の一人前の漁師にはなれないのだと、
太一は泣きそうになりながら思う。
水の中で太一はふっとほほえみ、口から銀のあぶくを出した。
もりの刃先を足のほうにどけ。クエに向かってもう一度笑顔を作った。
「おとう、ここにおわれたのですか。また会いに来ますから。」
こう思うことによって、太一瀬の主を殺さずに済んだのだ。
大魚はこの海の命だと思えた。
やがて太一は村の娘と結婚し、子供を4人育てた。
男と女2人ずつで、みんな元気でやさしい子供だった、
母はおだやかで満ち足りた、美しいおばあさんになった。
太一は村一番の漁師であり続けた。
千びきに一匹しか取らないのだから、
海の命は全く変わらない。
巨大なクエを岩の穴で見かけたのにもりを打たなかったことは、もちろん太一は生涯だれにも話さなかった。