坂口恭平 著

 

本のブログを書くのは3か月ぶりだ。

今でも月に10冊ペースで読書はしているのだけど、この3か月間いい本に巡り合えなかった。

というより、自分の思考が狭くなってどの本も納得できなかった。

 

そこで久々に良かったのがこの本である。

 

著者は主として物書きであるが、建築、作陶、絵描き、音楽家、ギター製作、編み物や洋裁などモノを作ることをしてきた人だ。

表紙の猫の絵も著者が描いたものだ。

 

その人が初めて野菜作りを始めたことによって土に触れた。

それで今までのものつくりとはまるで違う人間の”根源”みたいなものに気づき、驚き、全身に幸福を感じ、それを何とか読者に伝えたいと苦闘しているのが本書である。

 

借りた畑に毎日通う農業日記の体裁をとっている。

畑を貸してくれた野菜作りの師匠である農家の“ヒダカさん”と野良ネコの”ノラジョーンズ”との心の交流が暖かい。

 

今まで土とは無縁の生活をしていた著者は、野菜作りの過程で自分自身の生命を取り戻す。

土に感謝するあまり食べてもしまう。

本の題名通り、自分が土になる感覚になる。

 

このような”気付き”があったのち、その影響をおおいに受けて、文章もパステル画もその他のものつくりも今までとは明らかに違う進化をみせる。

その気づき、変化は、なにか一種の”悟り”のようなものだが、それは言語では伝えられないものである。

しかし著者はそれを言葉で伝えようと必死になる。しかしたどり着けずもどかしい。

 

福島原発事故があって、東京から故郷の熊本に戻って様々な活動をしていた著者は、生前の石牟礼道子さん、渡辺京二さんに会っている。

石牟礼さんとは気が合って一緒に歌まで歌ったそうだ。

そして道子さんの”海底の修羅”という詩に節をつけて曲を作った。

 

石牟礼さんと同調する感受性を持った人なのだ。

羨ましいなあ。僕も石牟礼さんが生きているときに会ってみたかった。

 

素晴らしい感性の持ち主である著者を知れることができてよかった。今後の活動にも期待しています。

 

 

宝塚歌劇団雪組プレ百周年を見に東京に行ってきた。

雪組が来年100周年を迎えるというので、その前年祭。

 

雪組の歴代トップスターや雪組ゆかりのスターが大勢そろっての豪華なショー。

我が家は星組押しなのだが、それにしてもこれだけのスターがそろってくれるというので行かないわけにはいかなかった。

 

幕開きのミラーボールの美しさに、これぞ宝塚のだいご味と胸が震えた。

 

平みち、一路真輝、えまおゆう、和央ようか、安蘭けい、壮一帆、望海風斗さんらの錚々たる顔ぶれ。

未来優希さんや成瀬こうきさんの歌も久々に聞いて、うまいなーと思った。

 

神々しい美しさと気品で別格のオーラを放つ一路真輝さんを、生きてるうちに”生”で見れるなんて思いもしなかったので大興奮。

一路さんが登場すると舞台の雰囲気まで変わる、圧倒的存在感、本当のトップオブザトップだ。

待ちに待った一路エリザベートでは思わず号泣。

 

話は変わるが、ノバボサノバは暗記するほど見込んだ作品だが、それを再現してくれたのにも本当に感激。

特にノバボサの最後の曲では真琴つばささんや轟悠さんに負けないパフォーマンスと絶唱をしてくれた望海風斗さん。

観客もヒートアップ、一つの見せ場になった。

ピカいちの歌唱力を出し惜しみすることなく発揮してくれた。ブラボーの一言。

 

 

一路真輝さん、和央ようかさん、安蘭けいさんの3人でのトークも軽妙で楽しく、関西仕込みの突込みの安蘭けいさんがいい味を出していた。

 

何とも幸福感に満ち溢れた3時間だった。

 

隣に座っていた女性が誰のファンか知らないが、最初から泣きっぱなしで、拍手も手拍子も熱がこもっていて、こちらもうれしくなった。

 

2日経った今でも夢ごこちが続いている。

 

宝塚歌劇団の雪組の全国ツアー「愛するには短すぎる」に行ってきた。

 

このミュージカルの初演は、2006年星組のトップスター湖月わたるさんの退団公演で演じられたものだ。

その時はわたるさん押しの妻が一人で東京に見に行った。

 

その後私も、何度もDVDで見せられているので、ストーリー、せりふ、音楽はよく知っている。

胸に残る素敵な名曲ばかりが詰まっている演目だ。

 

今回 何度目かの再演であるが、雪組トップの彩風さんは角度によっては湖月さんに少し面影が似ていて親近感が持てた。

歌も充分うまい。

 

もちろん2番手の朝美絢さんも安蘭けいさん級に歌が素晴らしかった。

 

娘役の夢白さんも白羽ゆりさんをほうふつとさせる演技と歌いっぷり。

何だかいろいろと初演と似ていた。

 

湖月わたるさんの退団公演で思い出がたくさん詰まっている演目に、また妻は隣で涙していた。

 

後半のレヴューでは、彩風さんはほとんど出ずっぱりで、よく着替えが間に合うなと思うほどだった。

大車輪の活躍で、雪組を引っ張っていた。

 

トップばかりに視線が集まる中でも、わきにいる全員が手抜きをせず自分なりの全力を尽くす姿に感動を覚えた。

 

次から次へとテンポのいい曲が続き、休みなしの1時間で宝塚を堪能した。

やはりショーが無くては満足できない。

 

今回の席は前から2列目で迫力ある舞台が見れてとても満足だった。

 

地方公演ではジェンヌさんたちの客席降りがあるが、今回も降りてきてくれて、ジェンヌさんが走るたびにとてもいい香りがした。

自分の近くに降りてきて目を合わせて笑ってくれると、その人が贔屓になったりする。

 

 

でもやっぱり、東京で観たいな。

数日前にアルツハイマー病新薬の使用を厚生省専門部会が認めるというニュースがあったことから、科学根拠という概念について考えた。

 

一般に科学的根拠と言われているものは現在その学会での主流派の考えに過ぎないことが多々ある。

新しい発見があり、過去や現在の科学的根拠が揺らぐことはごく普通にある。

科学的根拠には寿命がある。

 

アルツハイマー病は1906年に報告され100年以上経過した。

アルツハイマー型認知症の新薬は本当に十分効くのか。

アミロイドβが本当の原因か。

100年後もそう言えるのか?

 

科学技術は時代による流行(はやり)廃りもある。

複雑系も一時華やかだったが廃れた。

 

核融合も50年経ってしまったが当時は物凄く期待されていたが、今では少しの予算しかついていない。

ほぼ実現不可能だろう。

IPS細胞もどうなることやら、10年以上経つけれど目を見張る成果はでていないように思う。

 

そこで、今日にでも行われる放射能汚染水の海洋放出である。

トリチウムは取り除くのが難しいから薄めて海洋放出しても何ら問題ないというのが”科学的根拠”をもとに導かれた結論だという。

 

この根拠は何年の寿命があるだろう。

実際”トリチウムを除去する方法”でネット検索をかけると、すぐに3つ見つかった。

東京理科大、近畿大学などですでに実証されている。

 

問題はコストだろうけれど、やっていくうちにコストは下がるものなので、やるかどうかは本気度の問題と言える。

本当に問題を解決したいと思っているのであれば軽々に放出せずにトライすべきだろう。

 

この問題の場合、トリチウム除去技術があるのにそれを採用しないで、海に放出するほうが現実的だということである。

政治的に決めたことなのに、科学的根拠をもちだして説得力があるように見せかけている。

科学的根拠に基づいて安全というならば、処理水は他国に迷惑をかけずとも国内で日本国土で利用して、なんとかできるはずである。

 

 

皮肉なことに一方でトリチウムは有用な物質で、燃料電池、触媒、新素材、医療技術などでの応用が期待されてもいる。

取り出したトリチウムを有効利用することは可能なのである。

 

結局、科学はいろいろ発見してきたが、それを実用化して安全に使いこなすには人類は未熟すぎるということだ。

 

今後もこの傾向は変わらない。

 

坂本龍一 著

 

2014年最初に中咽頭がんになってから2023年大腸がんの転移で亡くなるまで9年間の、生活、交流、仕事を綴った自伝である。

ありのままを素直に語っていて、心に静かに染み渡る。

 

科学者や芸術家は急にひらめいたことを”降りてきた”と表現する。

アスリートはそれと違って”ゾーンに入る”という体験をする(いわば心身一如の状態か)。

 

坂本さんは”戦場のメリークリスマス”の時、そのメロディは30秒ほどでひらめいたという。

また50代後半、ピアノ演奏中に急に”ゾーンに入り”一切雑念が消えて気づけば2時間経過していたそうだ。

この”ゾーンに入る”経験の後は、明らかにピアノ演奏の質が変わったと周囲に言われたそうだ。

 

坂本さんはこの2つとも経験した。どんどん音楽性が深まっていったのだろう。

 

とても幅広い人間関係も、坂本さんの音楽性に影響を及ぼしていると思う。

 

芸術関係者以外では、浅田彰さん、中沢新一さん、柄谷行人さん、吉本隆明さん、福岡伸一さん、斎藤幸平さん(若きマルクス研究者)など名だたる知識人、科学者との交流も密であったことが知れる。

 

また彼の脱原発や環境保護の活動は、付け焼き刃ではない。

長年続けてきたものと知った。

 

東日本大震災のあと、「いまだから読みたい本ー3.11後の日本」という本を出している。

坂本さんは大災害のあとにどんな本を薦めたのかとても興味が沸く。

幸い近くの図書館にあるようなので、借りに行こう。

 

亡くなる数年間の愛読書10冊も紹介されていた。

その中に私の愛読書も一冊あった。

同じ本を読んでいる人にはとても親近感が湧くものです。一冊でもかぶっていてうれしかった。

 

これからまた書籍化される予定の本があるようなので、期待して待っています。

小沢 昭一

聞き手 神崎宣武

 

本論に入る前に、聞き手の神崎さんは民俗学者であり、師匠は宮本常一だらしい。

 

その宮本常一さんは、誰とでもすぐ打ち解けられるキャラの民俗学者で、突然訪れた農家に民泊させてもらって話を聞くというスタイルで、本音を聞き出す名人だった。

「忘れられた日本人」という名著がある。

 

宮本さんは渋沢敬三の食客で、定職は無く、在野の研究者だった。

つまり道楽で民俗学をやっていた。

 

同じく道楽で研究していた人と言えば、”知の巨人”南方熊楠(家業を継いだ弟からの仕送りだけで生活、研究した)。

それと今朝ドラでやっている牧野富太郎も、ほぼ実家からの送金で生活、研究しているのでそうだろう。

 

ということで枕が長くなってしまったが。

 

小沢昭一と言えば、”小沢昭一の小沢昭一的こころ”というラジオ番組でなじみがあるが、本業は映画俳優、舞台俳優である。

そして大道芸の研究、俳句、歌手など多彩な活躍をした人である。

 

小沢さんは、大道芸について本を何冊か書いている。

大道芸人に付いて回って全国を旅して「日本の放浪芸」という本を書いた。

 

その際の放浪芸人との付き合い方が、師匠である宮本常一に相通じるものを小沢さんが持っていたので、神崎さんは軽い嫉妬を覚えつつ聞き役を願い出た次第だそうだ。

神崎さんは民俗学者でありがなら、すぐに人の懐に入り込めるタイプではなかったということだ。

 

本題にやっと入るが、多彩な小沢さんは、いただく仕事は全て引き受けたので、図らずも俳優業以外にもいろんな仕事をしてきたのだが、それらは本業の俳優業を含めて全て”道楽”だったと回顧している。

 

若かりし当時は、毎日必死なのでそんなことは思わなかったのだが、今80歳を越えて振り返るとやはり自分の人生そのものが”道楽”だったのだと言わざるを得ないと述懐している。

 

小沢さんのこの考えに影響を与えたのが、夏目漱石の「道楽と職業」という小文だそうだ。

そこで夏目漱石は、職業は人のためにするが、道楽は自己本位でするもので、科学者、哲学者、芸術家(芸人もふくまれる)などが該当すると言っている。

自分の小説家という仕事も道楽だとはっきり言っている。

 

これに小沢さんが”我が意を得たり”と納得して、堂々と自分の人生は道楽だと言い張っているのだ。

 

私事で恐縮なのだが、11年のサラリーマン生活を経て、独立してからは本当に忙しく休みもなく必死で仕事に打ち込んでいたのだが、30年経ってセミリタイアした今となっては、”道楽”で好き勝手やっていたなと自分も思わざるを得ない。

これが本心である。

 

反田恭平さんのピアノリサイタルに行ってきた。

生で聞くのは2回目。

 

プログラム前半はスクリャービンとラフマニノフ、後半はショパンのバラード1番から4番まで全部という垂涎もの。

前半は聞いたことがある曲が1曲だけだったが、それでもただそこにいて音楽に浸っているだけで充分幸せだった。

 

後半のショパンのバラードの4曲は、昔から聴き込んだ1番以外も、どれも身を入れて聞いた。

 

超絶技巧に裏打ちされた高い芸術性。

ショパンコンクールの時よりも明らかに表現力が増し音楽の完成度を感じた。

コンクールではなく自分のリサイタルなのだから、当然かもしれないが。

 

特に1番の緊張をはらんだ終盤でそこから一気にスピードを上げ歓喜のフィナーレが素晴らしかった。

映像を見ている気になった。

 

1番はホロヴィッツで数えきれないほど聞いてきており、あの臭い芝居がかった(神ががかったともいう)ホロヴィッツ節を超える演奏は、もはや誰もできないだろうと長年信じていたのに、反田さんの演奏はしなやかでかつ力強くそして急変するテンポなど素晴らしかった。

妻はまた隣で涙を流していた。炎のコバケン以来である。

 

演奏技術の更なる向上とより高みを目指す芸術的表現力の両輪で、これからもますますスケールの大きいピアニストに成長していくのだろう。

期待しています。

 

佐藤 智恵 著

 

ハーバード大学で、主に日本史について教えている10人の教授へのインタビューである。

 

一地方大卒の私は、地域社会に貢献することが本大学の役割であると教わった気がするが、ハーバード大学ではアメリカのためでなく、世界に貢献できる人間になるよう教育研究がおこなわれているという。

 

スケールのでかい話だ。

18歳で入学してきた青年に世界を担えるだけの人物になりなさい、それが大学人たるものの役割ですよということだ。

 

私なんかはそんな視点を持ったことが無いので、いつまでも国際感覚が養われないまま60過ぎになってしまった。

若いうちから、世界の中の日本という意識を持っていれば自ずと今とは違う見識になったのかもしれないが。

 

例えば、ヨーロッパから見て今の日本はどう見えているか。

アジア諸国から、はたまたブラジル人だとどうなのか、少しは想像することができるのではないか。

いやいや、島国はどうやったって視野は狭くなるのではないか。

そんなことを考えてしまう一冊だった。

 

 

ハーバード大学で日本史はとても人気があるようだ。

 

源氏物語は受けが悪いが忠臣蔵には熱狂するし、日本では人気の坂本龍馬や西郷隆盛の評価は低く、大久保利通、木戸孝允の評価が高い。

日本人が知らない意外な日本が満載である。

 

またアジアで唯一ヨーロッパ列強の植民地支配を免れた日本が、アジア最初の植民地支配国となったことも興味深い。

 

昨今の日本の1人当たりGDPはどんどん下がり、半導体などの先端技術も世界に後れを取り、非正規雇用が多く賃金もあがらず、高齢化する一方で、日本人は自信を失い特に若い人には希望の見えない社会になっていると思われがちだ。

 

でもハーバード大学の教授たちから見ると、相変わらず日本は文化(特に仏教を規範とする文化)、経済、そして政治についても世界に大きく貢献していると評価が高い。

 

世界基準から見るとまだまだ日本は捨てたものではないらしいし、今後さらに貢献できる下地があるという。

自分を実態以上に卑下しすぎるのも良くない。

詳しくは本書を見てください。

 

この本で特に感心したのはノーベル賞経済学者のアマルティア・セン氏がインドでの学生時代、聖徳太子の憲法17条を学んだ話である。

 

インド発祥の仏教が、中国を経て日本に伝わり、聖徳太子の憲法17条となった。

そのうち2条では「篤く三宝を敬え、三宝とは仏、法、僧なり」とし、17条では「それ事は独り断むべからず、必ず衆と宜しく論ふべし」となっている。

 

それは、国の基本は仏教でいく、物事を決めるときは独断でなく、みんなでよく話し合ってから決めようという内容だ。

いまでいう民主的な考え方の萌芽がこの17条にあると、いたく感心して日本に興味を持ち始めたのだという。

 

これは聖徳太子の先見性の話なのだが、私はこんなことまで教えているインドの教育にこそ恐れいった。

のちのちインドも経済大国になっていくのだろう。

平成の時代、女性はどう山を登ったか

 

柏 澄子 著

 

 

本題に入る前に、少し寄り道。

 

数年前、湊かなえさんの小説「山女日記」がテレビドラマ化されて、工藤夕貴さん主演で放送されていた。

 

山岳ガイド役の工藤さんは、癖の強いわがままで訳アリの依頼者を、何とかなだめすかしながら、時には危険を臨機応変に回避しながら安全な登山をやりきり、結局は依頼者の信頼を得るというのがだいたい毎回のお決まりだった。

 

工藤夕貴さんも可愛く、かぶっているカラフルな帽子もうちにあるのに似て親近感がもてたし、ストーリーも面白く楽しく観た。

女性の山岳ガイドはこまかな気配りができて、不測の事態にも決して無理せず慎重に判断するので、初心者にはとてもよいと思った。

 

ということで、本書は有名な女性登山家や、山小屋経営や山岳ガイドなど山に関わる色々な仕事をしている女性の物語である。

著者も相当の実力ある登山家であり、著名な登山家と親交が深く山岳ガイドでもあるので、例えば岩壁を登る際の諸道具の使い方などの説明が非常に詳しい。

 

トップバッターは山野井妙子さん。

岩壁を登る人。

夫婦でNHKのテレビに出ていたから知っている。

 

手と足の指が第一関節から凍傷により失っていたのに、また挑戦して今度はほとんどの指を根元から失った。

それでもなお挑戦を止めないでいる。

信じられない強固な意志。

 

 

田部井淳子さんはエベレスト女性初登頂で有名な方。

最も日本人に知られている登山家である。

70歳を超えて腹膜ガンにかかったが、”病気にはなったけど病人にはならない”といって、最後までスケジュールに穴をあけることなく山にも登り続けた。

 

物凄い精神力、鉄人だ。

 

私なんかは病気になれば病人になり切ってしまい、周囲に甘えてしまう。

とてもこんなふうには生きられない。

 

 

オリンピックで銅メダルを取ったスポーツクライミングの野口啓代さんも登場している。

野口さんはこの10年日本のスポーツクライミング界を牽引してきた立役者だ。

本物の岩登りのための練習台としてボルダリングなどのスポーツクライミングは始まったのだろうけれど、今では本当の岩登りの経験が全然ない人がボルダリングを競技としてやっている。

 

本物の岩登りには死の危険があるが、室内でやるボルダリングにはそこまでの危険はない。

 

時代は移り変わっていくが、著者は本物の登山が人に与えてくれるものを大事にしていきたいと結んでいる。

 

私は学生時代に片手に数えるほどの登山の経験しかないが、山に興味のある人にはおすすめです。

 

秋田県の由緒ある芝居小屋”康楽館”で、歌舞伎がかかっていたので行ってきた。

 

尾上松緑が座頭で、演目は鬼一法眼三略巻「菊畑」と新古演劇十種の内「土蜘」の二つ。

イヤホンガイドを聴きながらなので、難しい内容もとてもよく理解できた。

 

今年初めて東京の歌舞伎座で見た時と違って、小屋が小さい(400席くらい)。

役者のまばたきひとつ、目くばせ、表情の変化が手に取るように見えるし、囃子方の演奏の迫力も直に伝わってくる。

 

歌舞伎座の大きな劇場では、どこか遠くで舞台をやってるなという冷めた感じをもったのだが、ここではすぐ近くなので一体感、身内感がある。

 

この距離だと江戸時代の芝居小屋で、贔屓の役者に熱を入れ上げていた大店のお嬢様の気持ちがわかる気がする。

”推し”の役者の芸の成長ぶりを見るのも一つの楽しみであったに違いない。

 

ということで、東京で歌舞伎を見た時は、あまり印象に残るものはなかったが、一転して今回はどの役者も精進怠りなく、懸命に演技していて好感がもてた。

 

坂東新悟さんの女形は、声が通り高音が美しく、指の先まで美しいしぐさに感心した。

 

中村梅枝さんは女形でなじみがあったが、今回は美しい男役といった感じだったが、やはり指先まで美しく、みなさん鍛錬を怠っていないのだなと思った。

 

特に坂東亀蔵さんが素晴らしい声と演技で、今後大きな役もこなせそうに見えた。

 

松緑さんはさすが座長、目力とスター性で観客を引き付けていた。

 

中村萬太郎さんは残念ながら、坂東亀蔵さんとのwキャストだったので、今回は坂東亀蔵さんの回だった。

しかし、短い時間ではあったが土蜘での演技では、よく通る声で台詞回しも上手で期待が持てた。

 

年若い尾上左近さんには今後に期待したい。

 

毎年この小屋には歌舞伎が来るので、また来年もいこう。