「嘘だよねぇ・・・マスター」
マーメードは陛下とともに万が一の事を考えてちゃんとした、しかも王族専門の医者と相談をしに席を出て行った。
ケイドはベッドで上半身だけ起こしているマスターにすがりつくように倒れこんだ。
「ねぇねぇ、嘘だって言ってよマスタぁ」
「いや、ほんと。真剣にマジ誰って感じ」
肩をすくめて、マスターはちらっとジェイクの方を見た。
「・・・なーんか、そこの・・・ジェイクだっけ? あんたの顔は覚えてる気もするんだよなぁ・・・」
「それってぇ、記憶なくす前に何かジェイクちゃんとしてたからじゃないのぉ?」
ユナの一言で全員の視線がジェイクへと注がれる。
「本当かい? ジェイク」
「あらん、ハズレちゃったぁ?」
「―――にしても、どうやったら君の記憶は戻るんだい、マスター・・・」
「俺に聞くなよ」
すがるケイドを睨み、マスターは小窓から外を眺めた。
何故か小窓は割れていて、部屋の中にガラスの破片が散らばっている。
「気晴らしに皆で散歩でも行こうか・・・」
マスターにつられて外を眺めていたケイドが提案する。
ユナは即座にやったー! と両手を上げて喜び、ジェイクは軽く手を上げて、仕方ないと言いながら部屋を出た。
「さ、マスター。行こう」
「行こう行こう!」
手を差し伸べるケイドとユナ、部屋のドアに背をもたれて微笑しているジェイク。
マスターは二人の手を取りながら立ち上がり、こんな仲間もアリかな、と思う。
城の形は全体的に“コ”の字になっており、中央から外へ開けた場所が一般的に中庭と呼ばれている。城の周りを囲うように少し深く大きな川があり、普段は流れもそれほど速くはなく、水はいつも澄み切っている。
「初めて来たわん、こんなところぉ」
左右を森で囲まれた道を四人はてくてくと歩く。
「階級的に四天王までだよ、ここを通れるのはね」
ケイドは顔だけ向いて、後ろを歩くユナに教える。
マスターはとりあえずいつも付けていると言われた赤いマントだけ羽織り、ケイドのあとを付いていった。
ユナはマスターの腕と自分の腕を絡ませて何故か彼女気取りで歩いている。
「・・・俺、前にここに来た?」
「そうだね。二ヶ月前くらいになるのかな・・・うん」
立ち止まり、ケイドは肺いっぱい森の空気を吸い込んだ。
「あの日は、僕たち四天王のひとり、ルウェズ先輩の葬儀があったんだ」
「・・・葬儀か」
頭の中で誰かの顔が一瞬だけ過ぎったがまったくわからず仕舞いだった。
人が横四列くらいしか歩けないくらいの道幅が、突然開けた。
マスターは薄暗い森からいきなりの強烈な光量に目の奥を刺激されて思わず顔を腕で覆った。
「着いたよ」
ケイドの声を隣で聞きながら、マスターはゆっくりと目を開ける。
「ここはどういうわけか、一年中たくさんの花が咲いてる。枯れる事がないんだって庭師が言っていたよ」
微笑してケイドは肩をすくめる。
「すっごーい!」
きゃー、とユナは目の前に広がる花たちに駆け寄った。
「ジェイクちゃんも来てみなよぅ」
「つれないんだからん」
むすっとした顔で断られ、ユナもその顔を真似て言う。
「・・・・・・ここ・・・」
色とりどりの花が咲き乱れ、風に花びらが舞う。
そして、その中に、いくつもの墓標。
「王家の墓。通称、クロススノウ」
「?」
ケイドの言葉に三人は首をかしげ、彼の方を見た。
「なにぃ? それ」
「この場所にだけ雪が降るときがある。雪と墓標が接触したとき、死者は一度だけ、その姿を現実にさせる・・・伝説だけど、ここは本当に不思議な場所さ」
「お化け? アタシ苦手ぇん」
「おまえのその言葉遣いの方がおれはイヤだな」
「ジェイクちゃんったらひっどぉーい!」
ユナは懐に隠し持っていた短剣をジェイクの顔めがけてなげつける。
「―――――っ危ないだろうがっ!」
「ケイド、雪なんて降るのか・・・?」
そんな二人は無視して、マスターはひとつの墓標の前に立ち、後ろに何をするでもなく、ただぼっとしているケイドに尋ねる。
「建国以来、この国に雪が降ったっていう観測はないけどね」
苦笑して、ケイドもマスターの隣に並んで立つ。
「この墓、気になったのかい?」
「・・・なんとなく・・・呼ばれた気がしたんだ」
「そっか」
一番上まで止めていた戦闘服のジッパーを胸の辺りまで下ろして、その場に片膝をついて胸の前で聖印を切る。
「僕らは、陛下を守り生きていく。絶対に死んじゃいけない。・・・みんな、約束してほしい!」
ケイドは振り返って口論していたジェイクとユナ、そして隣に立つマスターの顔を見て、力強く言った。
「あたりまえだ。誰が死ぬものか」
「アタシもジェイクと同意見だわ。信じてちょうだいケイド」
「・・・・・・・・・俺は・・・わからない」
その言葉に三人は少なからず驚き、マスターは三人の視線を集めた。
「俺は、本当に強いのか、わからない。サートゥの暗部が襲ってきた時だって無力だった・・・だからルウェズ・・・先輩・・・・・・・・・を―――」
言葉が口を突いて次々と出てくる。
マスターは自分自身、わからないながらも辻褄があっていると確信していた言葉。
「死なせた・・・」
「マスター! 記憶が・・・?」
肩を揺さぶってくるケイドの顔を見ながら、マスターはふと思案顔になる。
「・・・養成所時代、おまえ頭ハゲたよな」
「――――ちゃんと思い出してるじゃないか」
こめかみに指を立てられてぐりぐりされる。
「っぎゃーっ!!」
「ケイドちゃん、マスターちゃんがかわいそうだわん」
いやん、とマスターに抱きついてケイドから離す。
あまりの痛さにマスターはうずくまり、目に涙すら浮かべている。
「歯の治療より痛い・・・」
そんな事をいいつつも、どさくさにまぎれてベタベタしているユナを引っぺがし、しばらくしてジェイクに歩み寄る。
「・・・ジェイク、どうしてもおまえにされたことが思い出せない・・・そのせいで記憶なくしてた気がするんだが・・・」
「おれは何もしてない。それこそ記憶違いなのではないか?」
無愛想に言われ、マスターは首をひねるが、どうしても思い出せないので、仲間の言葉を信じることにした。
「マスターちゃん、本当に記憶戻ったの?」
「ああ」
「じゃあ無くしてたときの事は覚えてる?」
「・・・いや・・・なんとなくしか・・・」
それも記憶の一部なのだが、どうしても頭の中に霧がかかっている感じで失っていたときのものは思い出せない気がした。
と、ユナはマスターの顔を両手ではさみ、真剣なまなざしでこう言った。
「アタシの純潔を奪ったことは・・・?」
「―――――っ!?!?」
突拍子もない事を言い出した、とジェイクは顔をそむけ、ケイドは間抜けな声を出してそんな事あったかな、と考える。
当のマスターといえば、目を白黒させて、卒倒しかけていた。
「なんて、冗談に決まってるじゃないん」
うふ、と硬直したマスターの頬に軽く口付けてユナはさっきジェイクに投げつけたナイフを地面から拾い上げる。
「――――ッユナ!」
「いやぁん、そんなに怒らなくてもいいじゃないん」
マスターの放つ拳を軽々と避けながらユナはジェイクを盾にする。
「お、おいっ」
焦るジェイクの腹につい一発右フックを決めてしまうマスター。
その場に青ざめたまま倒れこむ。
「あらん、ごめんなっさぁい」
マスターは自分の右手を見てしばし呆然としている。
「・・・何やってるんだか・・・」
はぁ、とケイドは頭に手を当てて大きくため息をついた。



