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大東亜戦争は自衛の為の戦争であった
1、パール判事の判決は、日本が認めたのは「東京裁判」でなくて、「諸判決」である。
2、パール判事の判決は、1928年の不戦条約(ケロック・ブリアン)に背いていないから
侵略戦争にはあたりませんと言っております。
理由―不戦というのは、侵略戦争をしないということであって、自衛戦争まで否定するも
のでない。自衛戦争とは、他国の軍隊が領海、領空、領土を超える侵略以外に、他国から
の重大な経済的脅威も侵略に相当する。この時、ABCD包囲網による経済封鎖をされた
ならば1000~1200万人の失業者が考えられる状況であった、ABCD包囲網に対する戦いも
「自衛」の範疇に入ると言っています。
3、パール判事の判決は、1922年のワシントン会議「9か国条約の抵触」についても、期
限のない条約は無効だと言っています。
理由―世界情勢が刻々と変化する中で期限があれば我慢も出来るが、それが無ければ
無効だと言っております。また、この中にはロシアは入っておりませんでした。
4、1951.5ダグラス・マッカサーの米上院の軍事外交合同委員会で2つの重大な発言で、
日本は侵略戦争でなく自衛戦争であったと言っています。
① 日本の戦争は自衛戦争であった。
② アメリカが過去100年に犯した最大の政治的過ちは、共産主義者が支那において勢
力を増大していくのを黙過してしまったことである。
5、東條英機首相も、日本は自衛の為の戦争をしたと言っています。
6、アメリカの外交官ジョージ・ケナンもマカッサーと同じ後悔を述べた。
7、大東亜戦争へと導いたドイツ ― ( 歴史家:鈴木壮一氏による )
1936年独からの依頼により日独防共協定が結ばれたが、1937,8第二次上海事変で独
軍事顧問団:ファルテンハウゼ中将による裏切りで日本兵41.000人死亡
独特使:スターマン個人により日本が米の弾除けにされた3国同盟(ナチスの陰謀:秘
密書簡G1000号:松岡洋右が「対米自動参戦条項取消」を最後賛成したので米とし
て信じがたい。(日本は気づいていない)より
8、ブレイクニー弁護士(アメリカ)
国際法で禁じられている原子爆弾を投下して、一般市民を殺した(広島32万人強、長
崎17万人強)連合国は、日本の責任を問う事が出来ない。むしろ、日本には報復の権
利があるとも言っている。
9、時系列での大東亜戦争からも日本は、侵略戦争ではなかったと言える。
1941.6 アメリカ軍備拡張(ゴーサイン)
1941.7 アメリカが日本を挑発 米によるフライングタイガース(オレンジ作
戦)での空爆挑発―支那兵に米軍が化けて(ルーズベルト承認)米陸軍
のヘンリー・アーノルド将軍の証言、他証言あり。
1941 アメリカの軍艦3艘 国際法に反して米駆逐艦が豊後水道迄来ていた
1941.11.20 日本側提案
1941.11.26 ハルノート提出(満州・中国・インドシナからの撤退条件)
コミンテルンの仕組んだもので戦争へと導かれた。
1941.12.8 真珠湾攻撃(山本五十六)―日本は負けるのを解っていて、先の子供
たちの事を考え開戦した。また、米からの短期決戦を強いられた。
大東亜共栄圏は、アジアの解放・・・日本の提案を欧米に否決された
白人優位思想に対する黄色人種の「植民地解放」「人種平等の実現」
を掲げ不平等条約の否定を目指す日本
1941 米は、日本軍の暗号解読に成功
真珠湾攻撃から65年後、秘密文書:米公文書館公開 ー西鋭夫先生 1944 秘密協定ハイドパーク協定―米:ルーズベルト英:チャーチル2首脳
で既に決めていた。
1945.2 米、ソ連、英3国による秘密会議(北海道、千島列島をソ連侵攻が可
能とする米の密約)
1945.3.10 東京大空襲―米空爆:被害者10万人以上(他地方都市でも空爆被害
者別途あり)
1945.5.17~8.2 ポツダム会談(チャーチル、トルーマン、スターリン)
1945.8.9 広島原爆投下32万人犠牲(チャーチル、ルーズベルト約束)
米:トルーマン大統領の指示
1945.8.9 長崎原爆投下17万人犠牲(チャーチル、ルーズベルト約束)
米:トルーマン大統領の指示
10、【大東亜戦争開戦の詔勅】 下記動画参照
原文と現代文の両方を示したいところですが、長文なので、口語訳の抄だけを以下に載
せます。
【昭和天皇と皇后陛下のお姿】
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【大東亜戦争開戦の詔勅】

私はここに、米国及び英国に対して宣戦を布告する。
私の陸海軍将兵は、全力を奮って交戦に従事し、
私のすべての政府関係者はつとめに励んで職務に身をささげ、
私の国民はおのおのその本分をつくし、
一億の心をひとつにして国家の総力を挙げ、
この戦争の目的を達成するために手ちがいのないようにせよ。
そもそも、東アジアの安定を確保して、世界の平和に寄与する事は、
大いなる明治天皇と、その偉大さを受け継がれた大正天皇が構想
されたことで、私が常に心がけている事である。
そして、各国との交流を篤くし、万国の共栄の喜びをともにする
ことは、帝国の外交の要としているところである。
今や、不幸にして、米英両国と争いを開始するにいたった。
まことにやむをえない事態となった。このような事態は、私の本意
ではない。
残念なことに(内乱状態にある)中国は、以前より我が帝国の真意を理解せず、みだりに闘争を起こし、東アジアの平和を乱し、ついに帝国に武器をとらせる事態にいたらしめ、もう四年以上経過している。
さいわいに国民政府は南京政府に新たに変わった。帝国はこの政府と、善隣の誼(よしみ)を結び、ともに提携するようになったが、重慶に残存する蒋介石一味は、米英の庇護を当てにし、兄弟である南京政府と、いまだに相互のせめぎあう姿勢を改めない。
米英両国は、残存する蒋介石政権を支援し、東アジアの混乱を助長し、平和の美名にかくれて、東洋を征服する非道な野望をたくましくしている。
それだけでなく、くみする国々を誘い、帝国の周辺において、軍備を増強し、わが国に挑戦し、更に帝国の平和的通商にあらゆる妨害を与へ、ついには意図的に経済断行をして、帝国の生存に重大なる脅威を加えている。
私は政府に事態を平和の裡(うち)に解決させようとし、長い間、忍耐してきたが、米英は、少しも互いに譲り合う精神がなく、むやみに事態の解決を遅らせようとし、その間にもますます、経済上・軍事上の脅威を増大し続け、それによって我が国を屈服させようとしている(ABCD包囲網)。
このような事態がこのまま続けば、東アジアの安定に関して我が帝国がはらってきた積年の努力は、ことごとく水の泡となり、帝国の存立も、まさに危機に瀕することになる。
ことここに至っては、我が帝国は今や、自存と自衛の為に、決然と立ち上り、一切の障害を破砕する以外にない。
御名御璽
昭和16年12月8日
11、【1946.1.19降伏文書ポツダム宣言の受託】 ― 早稲田大学教授の有馬哲夫氏による
「四、日本が誤った計算により自国を滅亡の淵に追い込んだ軍国主義的助言者の支配
を受け続けるか、それとも理性の道を歩むかを選ぶべき時が到来したのだ」
「日本国民を欺いて世界征服乗り出す過ちを犯させた勢力を永久に除去する。無責
任な軍国主義が世界から駆逐されるまで平和と安全と正義の新秩序も現れ得ないか
らからである」
① ポツダム宣言文には、「日本の戦争は間違いである」と解釈できる部分はない。
② 戦争責任は、自国を滅亡に追い込んだ軍国主義的助言者・過ちを犯させた勢力・無責
任な軍国主義であって、日本国民・日本政府(皇室を含む)には無条件降伏を求めてい ない。

【和訳: 1951.5ダグラス・マッカサーの米上院の軍事外交合同委員会での発言】
「日本は絹産業以外には、固有の天然資源はほとんど何もないのです。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い。錫(すず)が無い、ゴムが無い。それら一切のものがアジアの海域には存在していたのです。もし、これらの原料の供給を断ち切られたら、1000万から1200万の失業者が発生するであろうことを日本人は恐れていた。したがって、彼らは戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです」
マカッサーは実際に朝鮮戦争を戦って、ロシア(ソ連)、共産主義の脅威(明治維新以来ずっと日本が恐れていたもの)をやっと悟った。マッカーサーは日本が戦争をせざるを得なかった理由をやっと理解できたのである。
東條英機は宣誓供述書で「断じて日本は侵略戦争をしたのではない。自衛戦争をしたのである」「国家自衛のために起つという事がただ一つ残された途であった」と語ったが、それはこのマッカーサーの米議会証言録と重なるもので、最終的に東條とマッカーサーは同じ見解を披露したことになる。
アメリカは日本の勢力を支那大陸、満州、朝鮮から駆逐したことで自分たちの目標を達成したかに見える。しかしその結果アメリカは過去半世紀にこの地域で日本が直面し、対処してきた問題と責任を日本に代わって引き受けなくてはならなくなっただけだ、と述べたアメリカ外交官ジョージ・ケナンと同じ後悔を述べたわけである。
(ジョージ・ケナンーアメリカの「ソ連封じ込め」政策立案者)
フィリピンで日本に完敗したダグラス・マカッサーは、日本に恨みを持ち、復讐心に燃えていた。後に日本が原爆を落とされて負けて、マッカーサーがやってきたとき、彼はその恨みを晴らすべく、「日本は悪いものだ」と信じきって東京裁判をやらせ、自分たちの意向を反映させた日本国憲法をつくらせて日本を骨抜きにした。
ところが朝鮮戦争が起こって事態は一変する。そのとき彼は初めて東京裁判で弁護側が言ったことがすべて本当だったのだと気づく。そして満州にも支那に対しても、日本がやったようにやらなければならないという結論に達する。しかし当時の大統領・トルーマンは、ソ連と戦争になることを恐れて、マッカーサーを解任してアメリカに戻した。その後、アメリカはマッカーサーが予言したように朝鮮半島で負け始め、なんとか38度線まで押し返したところで戦争は終結する。そしてアメリカに帰国したマッカーサーは上院の軍事外交合同委員会という最も公式の場で、日本が間違っていたのではなく、自分たちが間違っていたことを語ったのである。
【大東亜戦争の結論】
マッカーサーは、東京裁判が誤りだったと発言しています。
また、自衛の為の戦争だったとも言っています。
日本は、国際法を守り平和を守ろうと努めた国だと言えます。
以上のことから、大東亜戦争は自衛の為の戦争だと言えます。
【戦後のマスコミ各社の対応】
しかし、呆れたことにこれほど重大な証言を報じた日本の大新聞は当時も今も皆無である。NHK、民放などのテレビ局も完璧に無視している。
何を恐れているのだろうか。
報道するとまずいことになると考えていることだけは事実だろう。アメリカに対する気兼ねか、それとも支那に対する気兼ねか?
【参考になる動画です】
海外の反応 「資源も何もない日本、祖国防衛がどれほど熾烈だったのか」この一枚の画像が、静かに激戦を今に物語 、世界は言葉を失う。【海外の日本評価機構】 https://youtu.be/ts-Og-at_2I
【KSM】大東亜戦争 開戦の詔書(口語訳)(米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書) 歴史の真実はここに書いてあります。https://www.youtube.com/watch?v=MtRIYtucTRU
https://www.youtube.com/watch?v=Zc0pkJ1rwng
大東亜戦争開戦の詔書
(口語訳) 歴史の真実はここに書いてあります。
大東亜戦争は、欧米列強の植民地政策に対し、人種差別撤廃を主張する日本が、東亜諸国の植民地支配からの脱皮と独立、そして繁栄のために、これを拒否しようとする勢力を相手に戦った、戦争です。
