第455回「情報過多」

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買い物で服屋などをプラプラする。
冬服のコートやニットが並ぶ。
一件のみならず、二件三件と見て回ると頭が若干クラクラしてくる。

探そうと思えば、何百、いや何千という服屋がある。
そこに並ぶ品物は数知れず。
自分に似合うかどうかなんてフィッティングしていたら、それだけで人生が終わってしまいそうだ。

ふと、近年の情報時代を想う。
PCの普及により、情報は"探すもの"から、"選びとるもの"に変わった。
「あれを買いなさい、これを買いなさい」とひっきりなしにやってくる広告や宣伝。
新しいものが発売され、消えては生まれの大行進。

ネット社会はありがたいが、必要ないものまで降り注いでくる。
傘をさして歩かなければ、情報の雨にずぶ濡れになってしまう。
ほっておけば、雨は身を沈めるほどの水溜りになり、溺れ死んでしまうのがオチだ。

いつからか、選ぶ楽しみは、選ぶ苦しみに変わった。
「もう情報はいらない」と、みんな心のどこかで叫んでいる。
静寂の悲鳴が聞こえてくる。
今、僕らの最大のストレスは多すぎる情報かもしれない。
本棚におさまらず、山積みになった本のよう
精査が追いつかず、身動きできずにいる。

手に入ることはありがたい。
しかし、手に入らないからこそ生まれる幸せもある。
知らないからこそ持てる憧れがある。
しかし、嘆いていても止まらないのが時代の流れ。
今はただ、目を塞ぎ、耳を塞ぐことしか、このストレスを避けることはできない。

「♪いらないものが多すぎる」と歌っていたのはTHE BLUE HEARTS。
僕の足元の水溜りは、気づけばもう胸の高さにまで迫ろうとしている。