先日のブログで、兄貴(チェコ)とお姉さん(ドイツ)の3年間に渡るお付き合いに終止符が打たれた旨をご紹介しました。
その後、彼らは一進一退を繰り返しているようです。

お姉さんに一方的にちょん切られた純な兄貴のショックはいかほどかと思っていたのですが、当の本人はさして思い詰める様子もなく、今まで通り、アフター5は自身が主催するフットサルの大会に向けて練習に励んだり、プールに通ってはインストラクターのおねーちゃんにデレデレしたり、週末はカルロヴィ・ヴァリに帰り、ウインドサーフィンやカヌーに興じたりと余暇を思う存分エンジョイしています。

ところが、今週の火曜日、雷雨の中でのフットサルの練習後、びしょ濡れの荷物を整理していた兄貴は、財布の中にお姉さんの写真を発見します。
それまでお姉さんのことなんかスッカリ忘れていたのに、急に寂しくなった兄貴は、お姉さんに即電話。
電話に出たお姉さんが言うことには、「私のメールを見てくれたの?」。

3週間近くやり取りをしていなかった二人ですが、なんとお姉さんも同じタイミングで兄貴にPCメールを送っていたとのだと言います。
兄貴はミラクルミラクルとうれしそう。
お姉さんの新しい男探しもあまりうまくいっていないようですし、これはもしかすると、復縁もありえるかもしれません。
7月2日は二人の来日一周年。
坂◎くんは嫁さんと結託し、ここら辺で何かを仕掛けようと企んでいます。

さて、兄貴がどれほどお姉さんとの未来を真剣に考えていたのか、そのことがうかがえるエピソードを少しばかり。

ときは、いまから1カ月ほどさかのぼること、5月6日。
坂◎くんは5月8日のプラハ・フルマラソンへの最終エントリーのため、マラソン・エキスポを訪れたのですが、兄貴もヒョコヒョコ付いてきます。
なんでもおニューのランニング・シューズを買いたいとのこと。
たしかに、兄貴は合同走の際、何用だかわからないドタ靴で走っていましたから、ちょうどいいかもしれません。
エキスポでは、アディダスやナイキ、そして我らがアシックスやミズノといった名だたるスポーツ・ショップが軒を連ね、お客を呼び込むため、最新鋭の機械(各々のお客に合ったシューズを提案するために、お客の足の形状やランニングの際の筋肉の動きなどを計測する機械)を投入しています。
散々ウロウロした揚句、兄貴はミズノのシューズをお買い上げ。
これはなにも兄貴が日本ビイキだからでも、先の大震災に対するチャリティ精神を持ち合わせていたからでもなく、ただ単に、接客してくれたお姉ちゃんが美人だったから。
かくもチェコ人はシンプルにできています。

坂◎くんのプラハ・フル参戦から一週間が経過した5月14日夕刻、ついにおニューのミズノがデビューします。
兄貴は興奮のあまり、職場から物凄い勢いでメールをしてきます。
その中に、なにやら怪しげなライブの告知が。
どうやら、その日は朝から、フジ・ロック的お祭りが、ドゥジュバーン(お家から歩いて5分ほどのお池)の畔で開催されているとのこと。
19時からのトリを飾るのは、1986年、社会主義政権下に誕生したパンク・バンド、トゥシ・セストリ(三人姉妹)。
いつも兄貴がお部屋で爆音で流しているのが他ならぬ、このトゥシ・セストリ。
兄貴、一番のお気に入りです。

19時20分、兄貴が職場から帰還します。
このタイミングでトゥシ・セストリの演奏はすでに始まっています。
ところが兄貴は、なぜかチケット代(一日通し券で250コルナ=1000円弱)を払うのが惜しいらしく、《ランニングをしながら池の畔を迂回し、ドゥジュバーンの背後の裏山からライブを覗き込む》という突っ込みどころ満載な「作戦」を立てます。
おニューのミズノとともに、30分以上、裏山を這いずりまわるも、案の定、会場を覗くことはできず、見事に「作戦」は失敗します。

フツーなら、ここでそのまま会場に向かい、チケットを購入して入場します。
しかし、皆さんお気づきの通り、兄貴は生半可な男ではありません。
ライブが始まって一時間以上が経過しているにもかかわらず、お家に戻ってシャワーを浴びたいとのたまいます。
この男がどうやってこの珍道中にケリをつけるのか見てみたかったので、この提案を受け入れ、シャワーを浴びて出直してくると、もうすでに時計は20時半を回っています。

会場付近には、250コルナ=1000円のチケットが買えなかった、いかにも危なそうな連中がワンサとタムロしています。
兄貴はその中の比較的安全そうな二人組に話しかけ、交渉の末、一人からチケットを50コルナで買い叩きます。
なんでも彼ら、チケットを一枚しかゲットできず、困っていたのだと言います。
しかし、1000円のチケットも買えないなんて、切なすぎます。
そういえば、兄貴は以前、「街中のDQNはヤク中ではない。なぜなら彼らは薬を買うお金がないからだ」と言っていました。
そのときは「そんなバカな」と聞き流しましたが、この状況を見ると、この説はにわかに真実味を帯びてきます。

もう一枚のチケットを正規の値段で購入し、入場すると、中は大いに盛り上がっています。
景気づけに、ビールとソーセージをお腹に流し込み、いよいよ参戦。
兄貴が夜な夜な垂れ流してくれているおかげで、だいたいの曲は知っています。
客層は10代から40代くらいまでと比較的幅広く、男女比は8対2ほど。
ビールのドラム缶を担ぎあげているオッサンなど、いかにもチェコ人らしい、お茶目なノリ。
この手のスラヴ臭、坂◎くんは大好きです。
ちなみに兄貴は、このドラム缶親父を指して、「危ないね」とクールな評価をくだしていました。

22時、ライブ終了。
ベトナム人の屋台で焼きそばを購入し(60コルナで購入したのですが、なんと隣のお店では22コルナで売っていました)、立ちション親父たちの合間をすり抜けながら、家路につきます。
宴のあとの充実感と少しばかりの寂しさを噛みしめながら、兄貴と二人、ヴェレスラヴィーンの集落をゆっくりと歩きます。

すると、兄貴が一つのこぎれいなお家の前で立ち止まります。
どうやら、このお家は売りに出されているようです。
まだ前の住人が住んでいるのでしょう。窓から明かりがもれています。
兄貴はこのお家をカメラにおさめた後、再び歩き出しながら、「将来、ああいうお家に住みたいな」とつぶやきます。
「お金を貯めて、あのお家を買えばいいじゃん」と坂◎くんが返すと、兄貴はこう答えます。
「あのお家はムリだよ。だって、おれは将来、ドイツに住むんだから」。

ああ、兄貴はこんなにもお姉さんのことが好きなんだ。
宴のあとの寂しさとあいまって、涙がこみ上げてきます。
空には真ん丸なお月さま。

彼らが別れたのは、それから2週間後のことでした。
5月26日(木)、セルビア北部で、元セルビア人武装勢力の指導者ラトコ・ムラディッチが拘束されました。
先のボスニア・ヘレツェコビナ紛争において8000人を超えるボスニア人を虐殺した戦犯として国際手配されていた男で、彼の拘束がセルビアのEUへの加盟の条件となっていた模様。

この動きを受けて、ムラディッチを支持する急進派が5月29日(日)、ベオグラードにおいて大規模なデモを計画。
2008年2月のコソボ独立に際しても、十五万人規模の大規模なデモが決行され、アメリカ大使館の焼き打ちなど、かなり過激な抗議行動が展開されました。

実は坂◎くん、イ○ーくんと5月29日(日)から、セルビア、コソボ、モンテネグロ、ボスニア・ヘレツェコビナあたりを周遊する予定だったのですが、帰国後の資金繰りの算段がつかないことから、坂◎くんがあえなく断念したところへ、このニュース。

留学先での貧乏暮らしというのは美談としてはステキかもしれませんが、機動力の無さという点では致命的です。
今回にしても、坂◎くんがこの情報を掴んだのが5月28日(土)のお昼頃、このタイミングで29日(日)の午前中にプラハを発つ飛行機のチケットをとれば、29日(日)の夕刻にはベオグラードに入れたわけです。
このタイミングで見つかった一番安いチケットはオランダ経由で200ユーロ弱。
ジリ貧の坂◎家にはもはやこの金額を捻出する余力すら残されていませんでした。

ここはもう、イ○ーくんに託すしかありません。
一般人がこのタイミングでベオグラードに入るというのは、まさにミラクル。
彼は間違いなく、「何か」を持っています。

以下は彼のメールからの抜粋です。

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ベオグラード市内に入ったのは7時頃でしたので、流石にもう無いかと思いましたが、バス停から道が分からず彷徨うと、警官が列を作っており 、その前には数人がモニュメントに上がり何かを叫んでいました。
この程度かー、と思ったのですが、この時間にしては大勢の人が何処かに向かっている。
それに自分もついて行くと、国会議事堂につき、そこにはおそらく2000人は軽く超える大量の人や報道カメラ、そして国旗やムラディッチシを載せた旗、おそらく罵倒の言葉が書いてある大統領の写真や旗など。
そして中心にはセルビア急進派政党(?)の人や学者、有名人などが演説をしていました。
すごい人の数で、小さな僕ではあまり中心は見れませんでしたが、各地で雄叫びや野次などその熱気は凄いものでした。
こんな所に大きなバックを背負ったアジア人は奇異と好奇心の目でジロジロ見られましたが、特にこれと言って危険もなく、野外コンサートのノリで見に来る市民も多かったようです。
ただ待機機動隊の数は相当なもので、議事堂の横では2人の男が取り押さえられていたり、アメリカ大使館(ホテルのすぐそば)の警備も国会同様の数で、普段は体験出来ない緊張感も味わえました。

このような場面に出くわすのは、自分が世界を見ているという実感を起こさせますね。

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今回のデモは結果として、一部の「過激派」が一応、スタンスとして「怒ってみる」タイプの儀礼的デモに収束したようですが、しかし、成り行き次第では、先日、エジプトで起こったような「全国民的革命」へと発展しないとも限らなかったわけです(もちろん、セルビアの場合、問題となっているのが、「現体制を蝕む『悪』」などではなく、国際的権力を背景とした、ネーションへのエスニシティの配分である(敵が国家ではない)以上、エジプト型の「革命」は起こりようがない、すなわち、「『革命』を起こしたところで仕方がない」わけですが)。

恐ろしいのは、一見何気ない祝祭的情熱に彩られた本デモが、民族間の憎悪に動機付けられているという点です。
ホロコーストを挙げるまでもなく、自己と他者を創り出す「差異」は、世界史上の様々な局面で人々を狂気へと駆り立ててきたわけですが、本デモはそれが決して過去の史実などではなく、現在もしっかり生きられてしまっていることを示しています。

イ○ーくんのメールやチェコ国内で入手可能なニュース・ソースなどから、このデモが秘る革命的モメントとその背後に渦巻く身の毛のよだつ情念に戦慄しながら、1989年の体制転換、93年の連邦解体を「無血」で乗り切り、各所で小さな「抵抗」を反復しつつも西側の秩序になし崩し的に組み込まれていくかに見えるチェコ共和国において、一人もだえ苦しむ坂◎くんでした。


追記:文中の「イ○ーくん」は、東京外国語大学チェコ語科在籍の伊藤真くん。
熱い情熱を胸に、世界各国を放浪しながら、己の「思想」を着実に育んでいる彼は、大学卒業後はジャーナリストの道も視野に入れているとのこと。
今回の経験が今後の彼のキャリアの中でどのように生きてくるのか、大変楽しみです☆
昨日、兄貴がエッセンから戻ってきて、3年間に渡るお姉さんとの付き合いが終わったことを告げました。

3年前、兄貴のドイツでの研修中に知り合い、一時は結婚をも視野に入れて愛を育んできた二人。
しかし、兄貴の職場はチェコ、お姉さんの職場はドイツ、将来のビジョンを描きにくかったのかもしれません。

昨年の夏、「次に日本に来るのは新婚旅行のときだね」などと言っていたことが懐かしく思い出されます。
彼らが揃って日本にやってくることはもうありません。

坂◎くんが涙で枕を濡らす傍らで、当の本人はピーヒャラピーヒャラ、鼻の下を伸ばして口笛を吹いています。
兄貴の中では、すでに決着がついていたのかもしれません。

もちろん、これからも双方と関係を続けていきたいと思っていますが、この二人でなければ作り出せない何かが永遠に失われてしまったことも事実です。

結婚してほしい、第三者にそう思わせるにたる、素晴らしいカップルでした。
5月8日のプラハ・フルマラソンのレースの詳細を記すつもりだったのですが、レース当日からだいぶん日があいてしまい、記憶が定かでなくなってしまったので、今後、この大会への参加を検討していらっしゃる方々のために、本大会のメリット、デメリットを箇条書きにしてみました。


☆★メリット★☆

①プラハの美しい街中を走り回ることができる。

②完走後にベッピンお姉ちゃんからメダルをもらえる。

③立ちションランナーがたくさんいるため、自分もまぎれて、いつでもどこでも用を足すことができる。
本番前、どのくらい水分を取るかは、多くのランナーを悩ますポイントです。
水分を取りすぎるともよおしやすくなるし、取らなかったら取らなかったで、脱水症状の危険が高まります。
ところが、本大会では、なんと走行中、いつでもどこでもオシッコができるため、このジレンマはたちどころに解消されます。


☆★デメリット★☆

①日頃、観光客を楽しませる石畳は、ランナーにとっては最大の敵。
ただでもヒザにくるフルマラソン。
多くのランナーはできるだけ石畳を避け、トラムの路面を走行するなどして、ヒザへのダメージを減らそうと試みますが、結果、トラムのレールに足を取られて、ひっくり返るランナーが続出。
プラハ・フルへの参戦を考えていらっしゃる方は、石畳対策が最重要課題となります。

②鳴り物がうるさい。
一人の世界でモクモクと走ることを好む修行僧的ランナーにとっては、本大会における、鳴り物を多用した悪乗り応援は、非常にストレスフルなものとなるでしょう。

③街中をグルグルするため、同じコースを何回も通る羽目になり、特に30キロを過ぎてからの魔の区間では、この点がランナーに重くのしかかります。
朦朧とした頭の中で、「あれ、この道、前も通らなかったっけ?」とデジャブ的恐怖に襲われます。

④ペース・メーカーが暴走する。
ご承知の通り、ペース・メーカーは日本人ではありません。チェコ人です。
38キロ地点から、突如、ラスト・スパートをするペース・メーカーを初めて見ました。
本大会では、ペース・メーカーが全くペースをメイクしてくれません。
この点を踏まえておかないと、残り3キロ強を残して、キロ4分30秒ペースで走り去るバルーンを茫然と見送る羽目になります。

こうやってみると、本大会は、フルを走りつつもネタを収集されたい方には、うってつけの大会であると言えそうです。
以上、参考になれば幸いです☆
本日、プラハ・フル、完走致しました。

タイムは4時間25分10秒。
冴えないタイムですが、一か月前までほとんど走り込めず、4月に入ってからの「付け焼刃」的な練習で、正直、走り切れると思っていなかったので、感無量です。
帰りのトラムの中で一人で泣いていました(笑)

4月は300キロ強走り込んだわけですが、この練習をコンスタントにできればサブフォー(4時間切り)、さらにはサト爺越えも夢ではない(我が父サト爺は57歳にしてフルを3時間30分前後で走る化け物です)と燃えております。

プラハにいる間はそれほど走り込めないでしょうから、勝負は日本に戻ってから。
人生的にも勝負になりそうなので、あまり思い詰めない程度にテキトーに頑張って行こうと思います(笑)

レースの詳細に関しては、近日中にアップできればと思います☆
行ってしまいました!
コバケン×チェコ・フィルの最終日。
てっきり15日で終わりだと思っていたのですが、本日もお昼に公演があると知ると、いてもたってもいられなくなり、気付いたときにはクレジットカードの支払いが済んでいました(笑)

初日は二階席、本日は一階席、しかも一番前の列。
初日はああどうしようとドキドキしているうちに終わってしまったわけですが、本日は落ち着いて開演を迎えます。

それにしてもステージが近いことといったら、息をするのもはばかられるほどの距離です。
その気になれば、ヴィオラのオッチャンのピカピカのエナメル靴を舐められます(笑)

団員がステージ上に揃うと、初日とは違うオッチャンがなにやら前口上を述べ、いよいよ我らがコバケンの登場です。
初日と同じように、指揮台の下で満面の笑みでオケとお客にお辞儀をした後、ヒョイと指揮台に上がります。

前回の記事では素人の分際で偉そうにいろいろイチャモンをつけましたが、本日はそれらが全て解決していたばかりか、ちょっと信じられないような次元まで音楽が辿り着いていて、チェコ・フィルの底力、そしてコバケンとチェコ・フィルの相性の良さを改めて思い知らされました。

まずはベートーヴェンの第一番。
初日はぼやけていた第一楽章の第一主題の音形もクッキリと浮かび上がり(ちょっと合わせようとしすぎたというか、慎重すぎるきらいもありましたが)、初日に「大事件」が起こった箇所も何事もなく通過します。

この席ですと、弦のアンサンブルはその手触りを感じ取れるほど(たとえば、第二プルトあたりが夢中になりすぎたときにトップが音を抑え気味にフォローしたりといった、プレーヤー同士の細かなやり取りまで鮮明に感じ取れる)なのですが、金管、木管の音は頭の上を通り越していってしまうのか、どこか遠くで鳴っているといった風情です。

第四楽章の第一主題のチャーミングな歌い回しは右隣の仏頂面のオジサンの心をも揺り動かし、組んだ足の先がリズムに合わせてピクピク動きます。
左隣の百戦錬磨の風情を漂わせるオジイサンも楽しそうに身体を揺すります。

初日はなんだかもたついたまま終わってしまった感のある第四楽章でしたが、本日は抑え目のテンポでコバケンがチェコ・フィルに何をやらせたかったのかがはっきりわかる演奏となりました。
本当に狂おしいほど愛おしい、頬ずりをしたくなるようなベートーヴェンでした。

休憩に入り、漏れそうだったおトイレを済ませ、コントラバスの譜面を覗き込んで、ボーイング以外、何も書き込んでいないとか、破れたところがセロハンテープで貼ってあるとか、譜面の左上に変な番号が書いてあるとか、覗き見をしているうちに、一度目のチャイムが鳴り、席につきます。
左隣の百戦錬磨は連れのオバアチャンと顔を突き合わせて、我らがコバケンのプロフィールを熱心に熟読しています。
開演前は固かった右隣の仏頂面夫婦も楽しそう。
後ろのオバアチャンたちは相変わらず間の抜けた調子でヘラヘラ世間話をしています。

いよいよ後半、第七番です。
これでコバケン×チェコ・フィルも今年は聞き納め。
坂◎くん、今年の九月下旬には一旦、プラハを撤退しなければならないので、次にいつこの組み合わせを聞けるかわかりません。
心残りのないようにと高見盛よろしく気合いを注入します。

初日は切れのなかった第一楽章のリズム動機も、本日はまさに地に突き刺さるような抜群の切れ味を見せ、そのあまりの威力に第一楽章が終わったときには口から泡を吹きました。
初日は正直、退屈で何度かウトウトしてしまった第二楽章も、あの何とも言えない崇高さが適度な均衡の中に切々と謳われるにつけ、左の百戦錬磨から怪しい吐息が漏れます。 

終始、暗中模索気味だった初日に対して、本日はオケがコバケンの棒に食いつきまくり、もっともっとと催促します。
第三楽章はこの席ですと金管打楽器があまり聞こえないので、それほどの感慨もないまま無難に通り過ぎ(ティンパニが強打を見事に決めた際、コバケンがお馴染みのOKサインを出していました)、いよいよ最終第四楽章。
初日と同様、滋味深い煌きに満ちた響きでホールが満たされます。

コバケンはコーダにかかっても慌てず騒がず、アッチェランドをかけずに、じっくりじっくり音楽を進めます。
低弦の反復音形を煽る仕草は初日と同じ。
全てのアインザッツを明確に丁寧に指示していきます。

チェロの首席のオッチャンの顔がグラビア女優よろしく官能的に歪みます。
第二ヴァイオリンのトップは興奮のあまりお顔が真っ赤っか。
隣で激しさを増す百選蓮魔の吐息。
諸々の想いが交錯し、場内の興奮が頂点に高まったその瞬間、高々と突き上げられたコバケンの右手とともに、それまで貯めこまれていた全てのエネルギーが最後の和音でさく裂しました。

やや食い気味の拍手。
ブラヴォーの掛け声。
コバケンが初日と同様、一人一人と固く握手を交わしている中、右隣の仏頂面の目配せに促される形で立ち上がります。
見回すと、場内全体がスタンディングオベーション。
左隣の百戦錬磨も満面の笑みでコバケン×チェコ・フィルを祝福します。

ステージ上で交わされる満足げな視線の交換は、コバケンがチェコ・フィルからどれだけの信頼を勝ち得ているのか、その証です。
演奏中、随所でセクシーに顔を歪めていたチェロのオッチャンは、きっとコバケンに恋をしています。

初日はそそくさと会場を後にしてしまったのですが、本日は満足げに感想を語らい合う人々の中に身を置き、会場の雰囲気をじっくりと噛みしめます。
今日はお昼の公演だったため、お外は光が満ちています。
左手には我らが哲学部が、右手にはプラハ城が初春の陽の光を浴びて眩しく輝いています。

夢見心地でマロストランスカーからメトロ、トラムと乗り継いで我が家に辿り着くと、今日はお休みだった兄貴がかけていたチェコ・パンクの爆音で一気に夢から覚めた坂◎くんでした☆
12日の夜、またしてもカオスと化した原稿とのにらめっこに頭がおかしくなった坂◎くん、突然、そういえば、我らがコバケン(小林研一郎)がチェコ・フィルを振るのって4月じゃなかったっけと思い出し、ネットで調べてみると、なんとコバケンの出演は14日、15日とのこと。
泡を食って空席状況を照会していみると15日は満席でしたが、14日は正面二階の席が一席だけ空いています。
本来ならば嫁さんに確認すべきでしたが、日本はその時点で朝の5時過ぎ、彼女が起きるのを待っているうちにこの一席が売れてしまったら一生後悔しても後悔しきれないということで、事後報告による叱責を覚悟の上でチケットを取ってしまいました。
しかし、本当にミラクルとはあったものです。
なぜ、あのときあのタイミングで突然、コバケンを思い出したのか、今でもそのミラクルが信じられません。

コバケンこと小林研一郎は日本を代表する指揮者の一人。
「炎のコバケン」なる異名の通り、指揮台の上で飛び跳ねまくる情熱的な指揮ぶりで、日本および中東欧の観客を魅了し続けています(チェコ・フィルには客演常任指揮者として度々客演)。
坂◎くんもその一人。
彼のハートフルかつ謙虚で誠実なキャラクターを考えれば、「西」よりも「東」(中東欧)で人気があるというのもうなずけます。
王として君臨するのではなく、あくまでピエロとして、それぞれのオケが秘めている潜在能力を自在に引き出します。
14日の演奏においても、まさにそうした彼の姿勢が徹底されていました。

曲目はベートーヴェンの交響曲第一番と第七番(後者はコバケンの十八番)。

午後19時半、定刻になり、拍手の中で団員がステージ上に揃ったところで、一人の恰幅のいいオジサンが、「日本が未曾有の大災害に苦しむ中、こうして日本の指揮者を迎えられた幸運に感謝したい」とスラヴ人特有の、変に深刻ぶらない軽やかな口調で述べた後、いよいよ我らがコバケンがステージ後方のドアから満面の笑みで飛び出してきます。
オケを称え、指揮台の下からオケと客席に深々とお辞儀をした後、譜面台のない指揮台に静かに飛び乗ります。
オケ、客席、全ての空気が一つになったそのときに、コバケンのタクトが一直線に振り下ろされました。

まずは弦のピッチカートを伴った木管の和音の美しさに打ち抜かれます。
その後の弦と木管の掛け合いも見事。
「こりゃいい演奏になりそうだ」と居住まいを正したところで、第一主題に突入します。

ところが、高弦によって奏されるモチーフの輪郭がいまひとつ浮かび上がってきません。
コバケンの棒とオケのリズムが微妙にズレているのか、はたまた第一ヴァイオリンの後ろの方のプルトがややもたついているのか、この重要な音形が全く決まりません。

ホール内に不穏な空気が漂う中、ついに決定的な事件が勃発します。
展開部終盤、再現部に入る直前で木管、おそらくファゴットかオーボエあたり(スコアが手元にないのでわからない)が完全に落ちました(吹くべき箇所で吹かないこと)。
アマチュア・オケならいざ知らず、プロのオケ、しかもチェコ・フィルのような名門オケでこんなことが起きるなんて事件も事件、大事件です。
凍りついたホールの空気を一掃したのが、直後の低弦部の強奏でした。
チェロ、コントラバスが思い切りよく切り込み、見事に再現部を導きます。
普段はヘラヘラしていても、幾多の修羅場を切り抜けてきたスラヴ魂が垣間見えた瞬間でした。

しかし、やはりこの「事件」が響いたのか、たとえば第四楽章などは若々しい推進力が命の楽章ですが、指揮者もオケも合わせることに懸命になるあまり、全く音楽が流れません。
音楽は終始停滞し、もたつき気味。
ときおり響き渡る金管打楽器群の美しい強奏に救われる形で第一番が終了。

拍手の中、まだ前半が終わっただけにもかかわらず、コバケンは各セクションのトップと一人ずつ、固く握手を交わしていきます。
木管、金管セクションではトップと握手を交わした後、全員を立たせ、その健闘を称えます。
「大事件」の張本人は一体どんな気持ちだったのでしょうか。
日本人でしたら「屈辱」でしょうが、果たして。。。
コバケンの心遣いに胸が熱くなります。

休憩を迎え、名門チェコ・フィルとしてはあるまじき「大事件」に、もしかしてお客が怒って帰っちゃうんじゃないかと心配した坂◎くんでしたが、むしろ遅れてきた客を取り込んで、後半のプログラムが始まる前には満席となりました。
会場は和やかな雰囲気に包まれています。
もしかすると、坂◎くんが事件だ事件だと勝手に大騒ぎしていただけで、チェコ人的には何の事件でもなかったのかもしれません(笑)

後半は、日本でも「のだめ効果」で有名なベートーヴェンの第七番。
第一楽章は際限なく反復される悪名高いリズム動機がポイントですが、やはりこのリズムが決まりません。
坂◎くんが愛聴するノイマンとのドヴォルザークの交響曲全集では、小気味のよいリズム感を披露するチェコ・フィルですが、コバケンと彼らのリズム感が合わないのか、はたまたチェコ・フィルのレベルが落ちたのか、ただ単に坂◎くんの耳がおかしいだけなのか。

しかし、リズム動機の切れの悪さを除けば、非の打ちどころのない素晴らしい演奏でした。
印象的なホルンの強奏やティンパニの思い切りのよい強打、トランペットの美しいハーモニー、そして何よりチェコ・フィル伝統の弦楽器群の官能的な響きが、地に足のついたコバケンの棒と相まって、ホールを黄金色に染め上げます。

第二楽章こそ、この楽章が秘めている霊的な何かが顕現することはありませんでしたが、第三楽章の抜けの良さ、そして第四楽章の滋味深い煌きは筆舌に尽くしがたいものがあります。
それにしても第三楽章のティンパニ、恰好よすぎです(笑)
第四楽章の終盤、最後のクライマックスを形成する低弦の反復音形を煽るコバケンのジェスチャーを見て、ついに坂◎くんの涙腺が崩壊しました。

終演後、ロビーで感想を語らい合う満足げな人々の間を抜け、まだ少し肌寒い表の空気を吸い込みながら、マロストランスカーまで歩きます。
黄金色に輝くプラハ城を見上げながら、こちらに来てから溜まっていた様々な感情が一遍に押し寄せてきて、目頭が熱くなります。

今年で三十路を迎えた自分がなぜここにいるのか、ここで何をしなければならないのか、その意味を再確認できた意義深い夜となりました☆


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ニコニコにアップされていたコバケンの動画を二つほど。
オケは日フィル、曲目はコバケンの十八番、ベルリーズの幻想交響曲から第四、第五楽章です。
コバケン×日フィルの怪演を音量マックスでお楽しみください。



ご無沙汰しております。
原稿がようやく最終段階に入りました。
もはや満身創痍です(笑)

兄貴(マルティン)がお姉さん(ヴィプケイ)のいたぶりに耐えきれず、ついに女遊びをしだした模様。
二日連続で家に帰らない日があったので、もしやと思い、「女のところか?」と聞いたところ、「うんにゃ、友達のところだ」と否定していたものの、やはり二日連続は怪しすぎます。
先日も国勢調査でまわってきたベッピン姉ちゃんの胸元をしきりに覗き込み、「中でビールでも飲んでいけ」と必死に誘っていました。
もちろん、「それでは少し…」などとなるわけはないのですが、兄貴の異性に対する欲望の素直さに改めて感心しました。
最近、もじゃ(リハルトのこと。髪の毛がもじゃもじゃなので、もじゃ)の彼女がブルノから週末に上京し、滞在することが多いのですが、兄貴は彼女とも仲良くなろうと頑張りすぎるあまり警戒され、最近はほぼシカト状態。
ちなみに、もじゃはこのところずっと風邪気味な上に、大切な試験を目前に控えている(管制官の訓練中。定期的に試験があり、この試験に落ちるとその段階で「さようなら」とのこと)にも関わらず、訓練の合間を縫って彼女のためにせっせと買い出しに行き、ご飯を作りと一生懸命。
彼女が来る前には水回りをピカピカに磨きあげます。
兄貴に足りないのは、まさにこうした奉仕の精神。
兄貴がお姉さんを落とし切れないのは、チェコ人とドイツ人の違いでもなんでもなくて、お姉さんに対する〈情熱=奉仕の精神〉の絶対的な不足でしょう。
そこで先日、「俺も嫁さんを落とすのに3年間、毎日休まず奉仕を続けた。女性を落とすには奉仕だよ」と進言したのですが、どうやらお調子者の兄貴の胸には響かなかったようです(笑)

さて、3月下旬、プラハ・ハーフに登録しようとしたところ、登録が締めきられており、あえなく断念。
昨年、ケンが大会数日前に登録していたので、今年も大丈夫だろうとたかをくくっていたのですが、今年はなんと3月16日に締めきられていたとのこと。
あまりに切なかったので、勢いでプラハ・フルに申し込んでしまいました。
大会参加費がバカにならないお値段なので、嫁さんの手前、何があっても絶対に出場しなければいけないとプレッシャーに怯える日々です。
あまりのプレッシャーに最近はカットできる用事は全てカットし、週に3回、1回24キロずつ走り込む羽目に。

★距離:24キロ
★タイム:156分
☆場所:ディヴォカー・シャールカ(B12221)
☆天気:晴れ
☆気温:ぼかぽか

コースはまずはお家を出発して住宅街を抜け、ドゥジュバーン(池)の畔へ。
お池に沿って1.5kmほど走ると、ディヴォカー・シャールカ(岩山)にぶつかります。
岩山を横目に急坂を這い登ると、岩山の迂回コース。
600mほど走ると、最も大外の迂回コースの入り口です。
この地点で3km。
ここからひたすら静かな林の中を3kmほどひた走り、ディヴォカー・シャールカ北辺の住宅街の手前で6km地点。
ここから先程の3km地点まで折り返し、この区間を都合3回ほど往復し、3km地点(迂回コースの入り口)からお家まで走り切ると24km。

冬の間、ほとんど走り込めなかったため、全くタイムが上がってきません。
キロ6分30秒前後のチンタラ・ペースのため、走行中に余計なことを考えてしまって、精神衛生上よくありません。
本日も気が付くと、呼吸に合わせて、「30歳、無職、30歳、無職…」と掛け声をかけていて、ゾッとしました。

4月も半ばを迎え、ディヴォカー・シャールカは新緑に染まり始めています。
まったくもって、美しすぎます。
最近は夕方に走ることが多いからか、しばしばシカさんと遭遇します。
軽やかに道路を渡った後、路上に這いつくばらんばかりにヘロヘロしている坂◎くんを不思議そうに振り返ります。
シカさんのように軽やかに走れたら、どんなに素晴らしいでしょう。

というわけで、当面は24km走を続け、様子を見ながら30km、36kmを絡めていこうと思います。
足が全くできていない状況で走り込んでいるので、本番まで足が持つか心配ですが、こればっかりはフタを開けてみないとわかりません。

残り一カ月弱、頑張ります☆
大地震が東北地方を襲い、深刻な被害が出ている中、プラハでは相変わらずコントのような日常が進行しています。

先日、ヤンが留学先のザーランド(ドイツ西部の街)から戻ってきました。
あろうことか、ラファエラちゃん(ドイツ)と別れてしまったとのこと。
まるでディズニーの世界から飛び出してきたような、チャーミングなカップルだったのに、とっても残念です。
別れた理由を聞いてみると、お互いにナーバスになりやすく、ストレスがかかる状況になると、シズモジェネシス的に互いのテンションが高まっていき、最終的には破裂してしまったとのこと。
落ち込んでいるのかと思いきや、意外にサバサバしていて、なんともう新しいドイツ女と「いい感じ」になっているとのこと。
真面目なラファエラちゃんに対して、新しい女の子は「テイクイットイージーで楽チンだ」と笑っていました。

これに対して、我らがマルティンは相変わらずヴィプケイ(ドイツ)との関係にお悩み中。
ヤン×ラファエラと同じく、チェコ人とドイツ人のカップルですが、こちらは圧倒的な主従関係にもだえ苦しんでいます。
ドイツ女の攻撃はなかなかに激烈で、「チェコ人には私の高尚な悩みはわからないでしょ」てな具合に兄貴に迫るものですから、兄貴はすっかりしょげてしまって、「ぼくらチェコ人はジョークとかプラクティカルな話しかしないから、ドイツ人の高尚な悩みがわからないんだ」と頭を抱えています。
坂◎くんからすると、理屈っぽいドイツ人より、チェコ人の方がよっぽど高尚で哲学的だと思うのですが、どうやらドイツとチェコの間の歴史的な力関係が彼らのプライベートにも影を落としているようです。

チェコ人とドイツ人の違いと言って象徴的なのが、今回の福島での原発事故に対する論調の違いです。
兄貴によると、ドイツの新聞の多くが「技術力の高い日本ですら、あのような大惨事になってしまった」と論じているとのことですが(兄貴はドイツ語ができます)、これに対して、チェコの新聞は「技術力が高い日本だから、問題はないだろう」と、同じ前提を共有していても、正反対の結論に達しています。
常に「完璧」な状況を追求し得たドイツ人と、「完璧」とは程遠い環境の中でノラリクラリと生き延びてきたチェコ人の世界観の違いが如実に表れています。

しかし、チェコ人がガイジンとの恋愛で常に劣位に立たされているわけではないというのは、ルイス(スペイン)×エヴァ(チェコ)を見れば一目瞭然。
こちらはチェコ法務省に勤めるエリート官僚エヴァに、ガレシアが生んだ愛らしき無職男ルイスが寄生しているという図式。
ルイスがいつエヴァにちょん切られてしまうのか、傍から見ているとヒヤヒヤものなのですが、当の本人はどこ吹く風。
「もしエヴァに追い出されたらどうするの?」と聞くと、「ウクライナに行こうかな。あ、でもウクライナは国がガタガタだから、ドイツにしようかな」とのこと。
なんという強心臓。
我々がこの愛すべき小男に学ぶべきことは多そうです。

というわけで、本日の1人走の記録。
現在、ケン(アイルランド)との合同走を含めて週3のペースで走り込んでいますが、絶対的な走り込み不足に、もはや「手遅れ」というのが正直なところです。
そんなわけで、今朝、ケンに「今回のハーフは記録が出なそうだから、辞退しようかな」とメールしたところ、「なにがなんでも絶対に出てくれ」と強い返事が返ってきました。
これはなにもケンが坂◎くんのことを愛しているからでもなんでもなく、ちょっとした訳があるのですが、この辺りの事情は次回のブログで明らかにできればと思います。

★距離:12.0km
★タイム:66:--
☆場所:ディヴォカー・シャールカ
☆天気:晴れ
☆気温:ポカポカ

最近、ノッポのケンにつられてストライドを伸ばしてしまう悪いクセがついていたので、本日は腰の上下動をできるだけ抑えるよう注意しながら走ります。

前半は相変わらずのノロノロ・ペース、泣きべそをかきながらエッチラオッチラしていたのですが、折り返し地点を過ぎたあたりで、突然、ありし日の感覚が蘇ってきます。
脚に力がみなぎり、呼吸は落ち着き、意識がスッと遠のきます。
久しくなかった感覚です。
得体のしれない「気持ちよさ」だけが己が己であることを支えているような、そんな感覚。

残念ながら圧倒的なスタミナ不足で、この快感は5分かそこらで消えてしまいましたが、自分が走り続けていることの原点を思い出せた、そんなランニングとなりました☆
高慢ちきなチェコのオバサンに対して、チェコのオジサンはサービス精神が旺盛です。
スキあらば笑わしてやろうと待ち構えています。

先日も坂◎くんが外出先から戻ってくると、エレベーター前に先客がいます。
ミリタリーな上着をまとった恰幅のいいゴリラ、じゃなかったオジサンです。
挨拶を交わすと突然、大げさな仕草で靴ヒモをほどき始めます。
こちらが不思議そうに眺めていると、「今のうちにほどいておけば、お家に入ったらすぐに脱げるのだ」と言ってニヤリとします(チェコでは玄関で靴を脱ぎます)。
エレベーターが降りてきて扉が開くと、今度は大きな声で「危険だ」と叫び、中に誰もいないことを確認すると、「どうぞ」と坂◎くんを招き入れます。
このオジサンが2階の住人であることは覚えていたので、こちらが2階のボタンを押そうとすると、それをうやうやしく制し、2階と8階(坂◎くんの階)のボタンを押し、最敬礼。
エレベーターが2階に到着すると、「おやすみなさい」と上機嫌で降りてゆきました。
まるでゴルゴ13のようなオジサンですが、エレベーター内を警戒していながら、その前に靴ヒモをほどいてしまっている辺り、さすがです。

チェコにはこういうキャラのたったステキなオジサンがたくさんいます。
みんな少しシャイで、決しておしつけがましくなく、淡々と生きています。
日本男児に魅力を感じないそこのあなた、チェコの男はいかがですか?
ただし、気分のムラにはご用心。

というわけで、朝走の記録を。

☆距離:11km
☆タイム:61:02(05:33/km)
★コース:ディヴォカー・シャールカ
★天気:晴れ

本日は1人走。
ケンくんとの合同走と違って、走りながら下手っぴな英語をしゃべらなくていいため、結構タイムが出るだろうと期待していたのですが、終わってみれば上のタイム。
トホホのホ。

本日のスタート地点は自宅前(ナードラジー・ヴェレスラヴィーン)。
ここからお池の畔に出るまでは、静かな住宅街を走ります。
かれこれ一週間以上走っていなかったので、この時点では調子がいいのか悪いのかわかりません。
お池の周回路に入ると、細かなアップダウンがあり、この時点で「ああだめだ」と悟ります(笑)

4月頭のプラハ・ハーフ、5月のフルを目前に控え、お池の周りには精鋭たちが集い始めています。
といっても、2キロ走って1人とすれ違う程度ですから、たかが知れています。
昨今のランニング・ブームの影響で、皇居外周では「ランニング渋滞」なるものが発生しているとのこと。
誰もいない林の中をひた走るなどという感覚は、日本では得難い感覚です。
ランナー冥利に尽きるとはまさにこのこと。
少なくとも東京近郊で、こんなに気持ち良く走れる場所を坂◎くんは知りません。

さて、本日は新しいコースを開発しようとしたのが裏目に出て、しばし荒野の中を彷徨います。
残雪に足を取られながらケモノ道を進むこと数分、ようやく見覚えのあるお散歩道に出てきたときにはフラフラです。

楚々とした小川の畔をひた走ること数分、前方から颯爽と走ってきたイケメン・ランナーと挨拶を交わすと、再び元気が湧いてきます。
「この調子で最後まで突っ走るぞ」と気合いを入れるも、今度は前方から二頭のお馬さんがパッカパカ。
馬上には二人の女性警察官。
訓練中の犬が逃げ出したため、1人が追いかけ、1人が小さな橋の上で立ち往生。
おかげで、馬の後ろをすり抜けなければならない事態に。
「馬の後ろに立つと蹴っ飛ばされる」という話を思い出し、なるべく距離を取りつつ、そーっと背後を突破しようとすると、馬が脚をモジモジします。
幸い蹴り上げられることはなく、チェコでお馬に蹴られてあえなく入院という、切ない事態は避けられました。
そんなこんなで最後までペースがつかめないまま、集落につながる壁のような坂道でヘロヘロし、アパート前で時計を見やると、60分を越えています。

フルはもちろん、ハーフの辞退も考え始めた坂◎くんでした☆