先日のブログで、兄貴(チェコ)とお姉さん(ドイツ)の3年間に渡るお付き合いに終止符が打たれた旨をご紹介しました。
その後、彼らは一進一退を繰り返しているようです。
お姉さんに一方的にちょん切られた純な兄貴のショックはいかほどかと思っていたのですが、当の本人はさして思い詰める様子もなく、今まで通り、アフター5は自身が主催するフットサルの大会に向けて練習に励んだり、プールに通ってはインストラクターのおねーちゃんにデレデレしたり、週末はカルロヴィ・ヴァリに帰り、ウインドサーフィンやカヌーに興じたりと余暇を思う存分エンジョイしています。
ところが、今週の火曜日、雷雨の中でのフットサルの練習後、びしょ濡れの荷物を整理していた兄貴は、財布の中にお姉さんの写真を発見します。
それまでお姉さんのことなんかスッカリ忘れていたのに、急に寂しくなった兄貴は、お姉さんに即電話。
電話に出たお姉さんが言うことには、「私のメールを見てくれたの?」。
3週間近くやり取りをしていなかった二人ですが、なんとお姉さんも同じタイミングで兄貴にPCメールを送っていたとのだと言います。
兄貴はミラクルミラクルとうれしそう。
お姉さんの新しい男探しもあまりうまくいっていないようですし、これはもしかすると、復縁もありえるかもしれません。
7月2日は二人の来日一周年。
坂◎くんは嫁さんと結託し、ここら辺で何かを仕掛けようと企んでいます。
さて、兄貴がどれほどお姉さんとの未来を真剣に考えていたのか、そのことがうかがえるエピソードを少しばかり。
ときは、いまから1カ月ほどさかのぼること、5月6日。
坂◎くんは5月8日のプラハ・フルマラソンへの最終エントリーのため、マラソン・エキスポを訪れたのですが、兄貴もヒョコヒョコ付いてきます。
なんでもおニューのランニング・シューズを買いたいとのこと。
たしかに、兄貴は合同走の際、何用だかわからないドタ靴で走っていましたから、ちょうどいいかもしれません。
エキスポでは、アディダスやナイキ、そして我らがアシックスやミズノといった名だたるスポーツ・ショップが軒を連ね、お客を呼び込むため、最新鋭の機械(各々のお客に合ったシューズを提案するために、お客の足の形状やランニングの際の筋肉の動きなどを計測する機械)を投入しています。
散々ウロウロした揚句、兄貴はミズノのシューズをお買い上げ。
これはなにも兄貴が日本ビイキだからでも、先の大震災に対するチャリティ精神を持ち合わせていたからでもなく、ただ単に、接客してくれたお姉ちゃんが美人だったから。
かくもチェコ人はシンプルにできています。
坂◎くんのプラハ・フル参戦から一週間が経過した5月14日夕刻、ついにおニューのミズノがデビューします。
兄貴は興奮のあまり、職場から物凄い勢いでメールをしてきます。
その中に、なにやら怪しげなライブの告知が。
どうやら、その日は朝から、フジ・ロック的お祭りが、ドゥジュバーン(お家から歩いて5分ほどのお池)の畔で開催されているとのこと。
19時からのトリを飾るのは、1986年、社会主義政権下に誕生したパンク・バンド、トゥシ・セストリ(三人姉妹)。
いつも兄貴がお部屋で爆音で流しているのが他ならぬ、このトゥシ・セストリ。
兄貴、一番のお気に入りです。
19時20分、兄貴が職場から帰還します。
このタイミングでトゥシ・セストリの演奏はすでに始まっています。
ところが兄貴は、なぜかチケット代(一日通し券で250コルナ=1000円弱)を払うのが惜しいらしく、《ランニングをしながら池の畔を迂回し、ドゥジュバーンの背後の裏山からライブを覗き込む》という突っ込みどころ満載な「作戦」を立てます。
おニューのミズノとともに、30分以上、裏山を這いずりまわるも、案の定、会場を覗くことはできず、見事に「作戦」は失敗します。
フツーなら、ここでそのまま会場に向かい、チケットを購入して入場します。
しかし、皆さんお気づきの通り、兄貴は生半可な男ではありません。
ライブが始まって一時間以上が経過しているにもかかわらず、お家に戻ってシャワーを浴びたいとのたまいます。
この男がどうやってこの珍道中にケリをつけるのか見てみたかったので、この提案を受け入れ、シャワーを浴びて出直してくると、もうすでに時計は20時半を回っています。
会場付近には、250コルナ=1000円のチケットが買えなかった、いかにも危なそうな連中がワンサとタムロしています。
兄貴はその中の比較的安全そうな二人組に話しかけ、交渉の末、一人からチケットを50コルナで買い叩きます。
なんでも彼ら、チケットを一枚しかゲットできず、困っていたのだと言います。
しかし、1000円のチケットも買えないなんて、切なすぎます。
そういえば、兄貴は以前、「街中のDQNはヤク中ではない。なぜなら彼らは薬を買うお金がないからだ」と言っていました。
そのときは「そんなバカな」と聞き流しましたが、この状況を見ると、この説はにわかに真実味を帯びてきます。
もう一枚のチケットを正規の値段で購入し、入場すると、中は大いに盛り上がっています。
景気づけに、ビールとソーセージをお腹に流し込み、いよいよ参戦。
兄貴が夜な夜な垂れ流してくれているおかげで、だいたいの曲は知っています。
客層は10代から40代くらいまでと比較的幅広く、男女比は8対2ほど。
ビールのドラム缶を担ぎあげているオッサンなど、いかにもチェコ人らしい、お茶目なノリ。
この手のスラヴ臭、坂◎くんは大好きです。
ちなみに兄貴は、このドラム缶親父を指して、「危ないね」とクールな評価をくだしていました。
22時、ライブ終了。
ベトナム人の屋台で焼きそばを購入し(60コルナで購入したのですが、なんと隣のお店では22コルナで売っていました)、立ちション親父たちの合間をすり抜けながら、家路につきます。
宴のあとの充実感と少しばかりの寂しさを噛みしめながら、兄貴と二人、ヴェレスラヴィーンの集落をゆっくりと歩きます。
すると、兄貴が一つのこぎれいなお家の前で立ち止まります。
どうやら、このお家は売りに出されているようです。
まだ前の住人が住んでいるのでしょう。窓から明かりがもれています。
兄貴はこのお家をカメラにおさめた後、再び歩き出しながら、「将来、ああいうお家に住みたいな」とつぶやきます。
「お金を貯めて、あのお家を買えばいいじゃん」と坂◎くんが返すと、兄貴はこう答えます。
「あのお家はムリだよ。だって、おれは将来、ドイツに住むんだから」。
ああ、兄貴はこんなにもお姉さんのことが好きなんだ。
宴のあとの寂しさとあいまって、涙がこみ上げてきます。
空には真ん丸なお月さま。
彼らが別れたのは、それから2週間後のことでした。
その後、彼らは一進一退を繰り返しているようです。
お姉さんに一方的にちょん切られた純な兄貴のショックはいかほどかと思っていたのですが、当の本人はさして思い詰める様子もなく、今まで通り、アフター5は自身が主催するフットサルの大会に向けて練習に励んだり、プールに通ってはインストラクターのおねーちゃんにデレデレしたり、週末はカルロヴィ・ヴァリに帰り、ウインドサーフィンやカヌーに興じたりと余暇を思う存分エンジョイしています。
ところが、今週の火曜日、雷雨の中でのフットサルの練習後、びしょ濡れの荷物を整理していた兄貴は、財布の中にお姉さんの写真を発見します。
それまでお姉さんのことなんかスッカリ忘れていたのに、急に寂しくなった兄貴は、お姉さんに即電話。
電話に出たお姉さんが言うことには、「私のメールを見てくれたの?」。
3週間近くやり取りをしていなかった二人ですが、なんとお姉さんも同じタイミングで兄貴にPCメールを送っていたとのだと言います。
兄貴はミラクルミラクルとうれしそう。
お姉さんの新しい男探しもあまりうまくいっていないようですし、これはもしかすると、復縁もありえるかもしれません。
7月2日は二人の来日一周年。
坂◎くんは嫁さんと結託し、ここら辺で何かを仕掛けようと企んでいます。
さて、兄貴がどれほどお姉さんとの未来を真剣に考えていたのか、そのことがうかがえるエピソードを少しばかり。
ときは、いまから1カ月ほどさかのぼること、5月6日。
坂◎くんは5月8日のプラハ・フルマラソンへの最終エントリーのため、マラソン・エキスポを訪れたのですが、兄貴もヒョコヒョコ付いてきます。
なんでもおニューのランニング・シューズを買いたいとのこと。
たしかに、兄貴は合同走の際、何用だかわからないドタ靴で走っていましたから、ちょうどいいかもしれません。
エキスポでは、アディダスやナイキ、そして我らがアシックスやミズノといった名だたるスポーツ・ショップが軒を連ね、お客を呼び込むため、最新鋭の機械(各々のお客に合ったシューズを提案するために、お客の足の形状やランニングの際の筋肉の動きなどを計測する機械)を投入しています。
散々ウロウロした揚句、兄貴はミズノのシューズをお買い上げ。
これはなにも兄貴が日本ビイキだからでも、先の大震災に対するチャリティ精神を持ち合わせていたからでもなく、ただ単に、接客してくれたお姉ちゃんが美人だったから。
かくもチェコ人はシンプルにできています。
坂◎くんのプラハ・フル参戦から一週間が経過した5月14日夕刻、ついにおニューのミズノがデビューします。
兄貴は興奮のあまり、職場から物凄い勢いでメールをしてきます。
その中に、なにやら怪しげなライブの告知が。
どうやら、その日は朝から、フジ・ロック的お祭りが、ドゥジュバーン(お家から歩いて5分ほどのお池)の畔で開催されているとのこと。
19時からのトリを飾るのは、1986年、社会主義政権下に誕生したパンク・バンド、トゥシ・セストリ(三人姉妹)。
いつも兄貴がお部屋で爆音で流しているのが他ならぬ、このトゥシ・セストリ。
兄貴、一番のお気に入りです。
19時20分、兄貴が職場から帰還します。
このタイミングでトゥシ・セストリの演奏はすでに始まっています。
ところが兄貴は、なぜかチケット代(一日通し券で250コルナ=1000円弱)を払うのが惜しいらしく、《ランニングをしながら池の畔を迂回し、ドゥジュバーンの背後の裏山からライブを覗き込む》という突っ込みどころ満載な「作戦」を立てます。
おニューのミズノとともに、30分以上、裏山を這いずりまわるも、案の定、会場を覗くことはできず、見事に「作戦」は失敗します。
フツーなら、ここでそのまま会場に向かい、チケットを購入して入場します。
しかし、皆さんお気づきの通り、兄貴は生半可な男ではありません。
ライブが始まって一時間以上が経過しているにもかかわらず、お家に戻ってシャワーを浴びたいとのたまいます。
この男がどうやってこの珍道中にケリをつけるのか見てみたかったので、この提案を受け入れ、シャワーを浴びて出直してくると、もうすでに時計は20時半を回っています。
会場付近には、250コルナ=1000円のチケットが買えなかった、いかにも危なそうな連中がワンサとタムロしています。
兄貴はその中の比較的安全そうな二人組に話しかけ、交渉の末、一人からチケットを50コルナで買い叩きます。
なんでも彼ら、チケットを一枚しかゲットできず、困っていたのだと言います。
しかし、1000円のチケットも買えないなんて、切なすぎます。
そういえば、兄貴は以前、「街中のDQNはヤク中ではない。なぜなら彼らは薬を買うお金がないからだ」と言っていました。
そのときは「そんなバカな」と聞き流しましたが、この状況を見ると、この説はにわかに真実味を帯びてきます。
もう一枚のチケットを正規の値段で購入し、入場すると、中は大いに盛り上がっています。
景気づけに、ビールとソーセージをお腹に流し込み、いよいよ参戦。
兄貴が夜な夜な垂れ流してくれているおかげで、だいたいの曲は知っています。
客層は10代から40代くらいまでと比較的幅広く、男女比は8対2ほど。
ビールのドラム缶を担ぎあげているオッサンなど、いかにもチェコ人らしい、お茶目なノリ。
この手のスラヴ臭、坂◎くんは大好きです。
ちなみに兄貴は、このドラム缶親父を指して、「危ないね」とクールな評価をくだしていました。
22時、ライブ終了。
ベトナム人の屋台で焼きそばを購入し(60コルナで購入したのですが、なんと隣のお店では22コルナで売っていました)、立ちション親父たちの合間をすり抜けながら、家路につきます。
宴のあとの充実感と少しばかりの寂しさを噛みしめながら、兄貴と二人、ヴェレスラヴィーンの集落をゆっくりと歩きます。
すると、兄貴が一つのこぎれいなお家の前で立ち止まります。
どうやら、このお家は売りに出されているようです。
まだ前の住人が住んでいるのでしょう。窓から明かりがもれています。
兄貴はこのお家をカメラにおさめた後、再び歩き出しながら、「将来、ああいうお家に住みたいな」とつぶやきます。
「お金を貯めて、あのお家を買えばいいじゃん」と坂◎くんが返すと、兄貴はこう答えます。
「あのお家はムリだよ。だって、おれは将来、ドイツに住むんだから」。
ああ、兄貴はこんなにもお姉さんのことが好きなんだ。
宴のあとの寂しさとあいまって、涙がこみ上げてきます。
空には真ん丸なお月さま。
彼らが別れたのは、それから2週間後のことでした。